青音レコは友人でも恋人でも従僕でもないしまして憧憬も抱かない

22曲目 青音レコの製造元はサプライズ好き

「よいしょっと」


 匙究実は俺の前に事務机を挟んで座った。


 手には先日奢ってくれた炭酸飲料と同種類のものが二本。片方を手渡されて、封を切らずに組んだ手の中で底の側面を包む。


 ここはファミリーレストランTamitatuのバックルームで、休憩時間にあたる。もっともロボット工学の権威によって魔改造された猫型配膳ロボットのおかげで、休憩時間と勤務時間の違いはフロアにいるかどうかだけになってしまっているけど。


「わざわざ話がある、だなんて珍しいね。前置きをせずとも暇な時間だらけで話そうと思えばいつだって話せただろうに」


「フロアじゃ話しにくいことだからな。客がいることもあるけど、ロボットたちの前じゃ気まずい」


「あれらに心なんかないぜぃ。まぁ可也君に心はあるわけで、気になるっていうんだから私は気にしないけど」


 彼ら……、じゃなかったあれらは命令に従うだけの金属と基盤の塊ということは分かっていても、生みの親を目の前で言及し、事と次第によっては責め立てなければならない話題を堂々持ち出すのは憚られた。


 アンドロイドと生活しているせいだろうか、不要なモラルが身についてしまったらしい。


「ロボットとアンドロイドに違いってあるのか?」


 レコに一度質問した内容。彼女は二つの差異は人型であるかどうか、とした。


 匙はちっとも躊躇うことなく答える。


「人工知能を積んでいるかどうかだね」


「人工知能……ああ、AIか」


 Artificial Intelligence、略してAI。


 人工知能という呼び方よりもAIという略称の方が聞き馴染みがある。俺が理系大学生で英語の論文を読みふけっているから、ではなくやれ創作AIやれ質疑応答AI、アルファベット二文字で表されることの方がはるかに多いからである。


「あくまで私独自の世界観になるから一般論だと思わないでほしいけどねぃ。表面的にでも中身を人に似せると自然とガワも人っぽくなるのさ」


 匙は自分の、封を切ったジュースの飲み口に唇を付ける。


 浮かび上がった証拠はただの思い違いで、彼女は全くの無関係である為に、すがるように次の言葉を吐く。


「匙の研究内容はロボット開発がメインだったよな。それはまたアンドロイド開発とは違うのか?」


「大違いさ!というか、私の研究内容がロボット開発とかいう大雑把な括りなのも心外だけどね。まぁ君の頭脳では理解できないだろうからスルーして……先にも言ったけど人工知能の有無でロボットとアンドロイドは分かれる。アンドロイドの開発は、人工知能の開発を意味するんだよ」


 ほっ、と俺は安堵の溜息をついた。『浮かび上がった証拠はただの思い違いで、彼女は全くの無関係だったのだ』。


「私ほどの大天才であれば、アンドロイドを造ることなんて造作もないがね。青音レコと桃音サクラの人工知能開発に一週間もかかっちゃったけども、ガワ自体はちゃちゃっと片手間だぜぃ」


「は?」


 聞き逃した。


「だからぁ、君と同棲している青音レコと横好家で居候している桃音サクラは私が造ったんだよ」


 あまりに突拍子もなく飛び出た重要情報が俺の脳みそじゃ処理に時間がかかる――簡単には飲み込めない。


 追及することも責め立てることもなく、この話題の終着地点までスキップされてしまった。


「二人の――二機の製造元を確かめに来たんだろう?さながら犯人捜しだ」


「全くその通りだけど、犯人捜しって」


「犯人捜しより身元調査の方が近いかな。二機には私の話題を制限させていたけどヒントはいくつもあった訳で。というか青音レコを直接名指しで匂わせたしねぇ。見事君は二機の身元を調査し、私に辿り着いたんだおめでとう!Congratulation!」


 大仰に手を叩き、俺を祝福する。


「聞きたいことはまだある」


「休憩時間はまだたっぷりあるし、いいよ。Q&Aで答えていこう」




Q.3「何故二人を造ったんだ?」


A.「製造理由は二機の言う存在理由さ。レコは『可也君に尽くす為』、サクラは『レコに尽くす為』だよ」



  

Q.4「何故その理由に指定したんだ?」


A.「理由の理由ってこと?君が青音レコに心を決めたと聞いたから応援のつもりで造ったんだよ。レコのパロメータを全体的に雑魚に造ったから介護が必要だろうとサクラも造った……あまり役目が果たせてるとは言い難いけれど、アンドロイド製造の不慣れさが浮き彫りになっちゃったねぇ」

 



Q.5「何故自分が造ったと名乗らなかったんだ?」


A.「聞かれなかったからさ」




「他に聞きたいことは?」


「もう十分だよ。悪意があって送り込んだ訳じゃないってことは分かったから。ドクターの正体を隠さなかったら、わざわざこんな時間取る必要なかったのに」


「善意百パーセントさ!サプライズプレゼントはお気に召さないかねぇ?」


 最初こそ驚いたけれど、知らない人――アンドロイドじゃないし、ずっと憧れていたコエカだ。嬉しくないはずがない。


 アンドロイドとの奇妙な共同生活は爽やかで、大変で、楽しい。


「悪くないよ。悪くないけどさあ……」


「うん?」


「ちょっとは自重しろよ!?この大天才!!」

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