17曲目 青音レコには後輩がいる
この数奇な出会いを運命と呼び、末永く心の中に秘めて、たまに思い出しては「あんなこともあったなあ」と微笑ましく思っただろう。
桃音サクラより先に青音レコに出会わなければ。
「は、はあ!?違うけどぉ!?誰よ桃音サクラって!初めて聞いたわそんな名前、人違いやめてくれる!?」
「マジかあ。レコ以外にもいたのか」
下手な誤魔化しを意にも介さず、自宅の扉を開いてレコを呼んだ。その間にもサクラは人違いだと言い続ける。
「お前は桃音サクラだ、間違いなく。その証拠を見せてやる」
「ベッドの下にもぐらせた後は外に来いですか。全くアンドロイド使いの荒い……」
扉からひょっこり顔を出したレコとサクラの目が合う。
「わあ!」
「ええっ!?」
レコは嬉しそうに声を上げ、サクラは理解し難いと驚嘆した。
「な、なんであんたがレコ先輩と一緒に暮らしてるの!?」
「あんたじゃない井ノ中可也さんだ。というか二人って知り合いなの?」
「知り合い……お互いに一方的に知っているだけという方が正しいですね。話したことも会ったこともありませんが、知識の一つとして覚えがあります」
レコとサクラは『Koe Kawari』同シリーズとして発売されている。時期としてはレコが先だったはず、だから先輩か。
俺を押しのけサクラはレコの両手を握る。彼女の瞳は髪色と同じピンク色に染まっていた。
「ぐはあっ!?」
「マスター!!」
少女の外見をしていても中身はレコと変わらないアンドロイドだ。即ち筋力はゴリラ並み。
「私のことを知っててくれたんですね!嬉しい!これってもしかして運命!?やだ先輩ったら目を紫色にしちゃって、先輩も本気なんですね……いいですよちゅうしても、ぐはあっ!?」
にじり寄るサクラを振り払い、レコは横たわる俺の脇腹をさする。
先述の通り、アンドロイドの筋力は人体を遥かに上回るため、塀に身体がめり込んでいた。
しかしアンドロイドの装甲においても同様の性能を持つらしく、頭を押さえて身悶える程度で収まっている。
「大丈夫ですかマスター!!」
「ま、前にもこんなことなかったっけ?あとアンドロイド相手にも暴力は駄目だよ」
「なんてヴァイオレンスな愛……ご心配には及びませんよ、私は先輩のどんな形の愛であっても受け止めます!」
「もう一発殴っても許されませんかね」
「ウェルカムッ!!」
「やめといたら」
顔をしかめて瞳を緑色に変える。
「そうですね。後輩がこんな子だなんて思いもしませんでした」
緑色は、不愉快とか気持ち悪いとかそんなところだろうか。
「ああ先輩っ……そんな軽蔑の目を向けられたら、私おかしくなっちゃいますぅ!!」
びくんびくん痙攣し涎を垂らすサクラ。
彼女はあざとい妹キャラとして売られていたはずなんだが……いや一応遵守された性格か、ストライクゾーンぎりっっっぎりの。
レコの表情はさらに曇り、紫色と緑色が渦を巻いたような瞳へ変質する。なにそれ初めて見た。
「たまにいるよなあ。こういう無敵の変態、何をしても好意的に捉えるからコミュニケーションが難しいタイプ」
「なぜ私を見るんですか。ちゅうしたくなったんですか?」
「わざと言ってんのか」
理解不能と小首を傾げられた。本気だったか……。
「サクラちゃーん、どこに行ったのー?姉ちゃんがお仕事手伝えってー!」
幼い声が廊下に飛び込む。ぶかぶかのサンダルを履いた少女が俺たちの目の前に現れて、
「あれ、スーパーの」
「青音レコ!それにお兄ちゃん!なんでここにいるの!?」
「なんでっていうか、隣に住んでるっていうか、」
俺とレコとサクラは互いの顔を見合わせて、沈黙すること数秒。
「とりあえず、入る?」
身悶えることを辞めて平静を保つサクラの提案に乗ることにした。
「やっと来た。トーン貼りお願いね、指示はいつも通り描いて、スーパーのお兄さんと青音レコ!?なんでうちに!?」
「スーパーのお兄さんではなく井ノ中可也です。状況説明が非常に難しいので簡潔に伝えますと、俺もマスターです」
「完璧に理解した。ひとまず座って、コーヒーと紅茶どっちがいい?」
「わたしジュース!」
「我慢しなさい」
目にかからぬよう前髪をピンで留めて、リムの太い黒メガネを掛ける女性はジャージ姿。昨日の昼間に見た印象とは打って変わって、随分親しみやすい。
「コーヒーでお願いします」
家具は装飾は色の柔らかいものでまとめられて女性の部屋っぽさをかもしつつも、冷蔵庫にカレンダーやレシートが貼ってあったり、教科書が散乱していたりと生活感が滲み出ている。
丸いローテーブルに俺とレコと隣り合って座り、サクラと少女が対面に座る。レコの隣にサクラが座ろうとして心底嫌そうな顔をしたためにこうなった。
「まさかコスプレじゃなかったなんてね。この前はごめんねえ、らっかはそそっかしくて」
「お気になさらず。こうしてぴんぴんしてるので」
女性はというとキッチンでコーヒーを淹れている。豆の良い香りが部屋に漂ってきた。
「レコちゃんも何か飲む?オイルとか」
「ええ、頂きます」
テーブルにはマグカップが五つ。二つはコーヒーで一つはココア、残りはサラダ油が注がれていた。
「では改めて、俺は井ノ中可也、大学生です。隣の部屋に住んでいます。そっちに座るのは青音レコで、居候みたいな感じになってます」
「私は
「先輩聞いてくださいよ!あがりったら酷いんですよ!?私が来るや否や追い出そうとしてきて土下座してやっとのことで住まわせてくれたんですよ!!」
「ちょっサクラ!?」
「土下座ですか。私はすぐに家を任されましたけどね」
「さすが先輩!頼りになるオーラが滲み出てますから!」
「任せたって、バイトでいない間の数時間だけだろ。結果家が滅茶苦茶になってたし」
「何のことですかマスター。私は頼りになる先輩青音レコです」
あんなにサクラのことを嫌がっていたのに褒められること自体は気分が良いらしい。
あがりさんは助けを求めるように視線を俺へ向けている。同じ境遇、通じるところがあると思ったのだろうと微笑み、
「分かりますよ。こんなデカブツが家に届いたら驚きますよね」
ぱあっと表情が晴れて理解者を得たと言わんばかりに手を合わせる。
「でも土下座させるのはちょっと」
「違うの!させたんじゃないの!断ってたら勝手に土下座してきただけで……もしかして今何言っても駄目なやつ?」
俺は深く頷いた。
あがりさんは閉口して肩を落としている。
「えーこほん。この場に限っては自己紹介は不要そうですが、青音レコです。あの有名な青音レコです。マスターに尽くす為に造られました、よろしく願いします」
「桃音サクラ。今は横好家に居候になってるけど、ゆくゆくは先輩と同棲するわ。先輩に尽くす為に造られた、よろしくしてあげる」
「らっかだよ!よろしくね!」
以上、顔合わせの挨拶終わり。
「成り行きで家に転がり込んでおいてなんだけど聞きたいことが何点かあります。答えられない、答えずらいならそう言ってくれて構いません」
三名が首肯、意味も分からずらっかちゃんも続いて頭を振った。
「よろしい。ではサクラはいつ頃家に届きましたか?」
「桃音サクラを購入したときかな。えっと、桃音サクラっていうのはこの子のことを言ってるんじゃなくて音楽ソフトの方の」
「俺も同じです。ちなみに何故買われたのですか?」
「らっかが欲しいってねだったので。誕生日も近かったし」
「びっくりだよねー!歌はへたっぴだけど!!」
「先輩の前でなんてこと言うんですかマスター!」
「サクラ安心しろ、その先輩も歌が棒だ。というかマスター?らっかちゃんがマスターなの?」
「あがりがマスターだったけど、権利をマスターに譲渡したから今はマスターがマスターよ」
「らっかの誕生日プレゼントだし、いいかなって」
瞳を深い青色にして傷付いたことを表現するレコを横目に次の質問に入る。
「ドクターについて何か知ってる?」
視線の向きから、サクラは自分に問うていると判断して、
「知ってる。けどあんたに権限はないから話さない」
レコのときと同じような反応だ。ドクターは自分の個人情報を縛り、明かさないようにしている。
「分かった。ありがとう」話をそこで終わらせて、あがりさんとらっかちゃんへ身体を向けた。
「匙究実という名前に聞き覚えはありますか?」
二人は顔を見合わせて、首を横に振った。
それは匙の発言から浮かんできた一つの仮説だ。彼女の技術力ならば、彼女の行動力ならば、そんな突飛なことでさえ実現可能なのではないか、という仮説。
もし知り合いならばその説はより強固になったのだが。どちらにせよ、直接聞けば分かることだ。
「じゃあ次は私からしつもんね!!」
らっかちゃんは元気手を挙げて、はつらつと声を張る。
「なんで青音レコを買ったの!?」
「作曲の為だよ」
「曲を作るってこと!?すごい!!聴きたい!!」
身を乗り出し、ローテーブルに膝を立ててずいと近づき、あがりさんに引き戻される。
「驚いた。あんたそんなことできるの?」
「曲を作るのは初めてだけどね、結構頑張ったよ」
「私も聴いてみたいな。どこかに投稿してるの?youmoveとかニタニタとか」
「いえまだです。曲自体は完成したのですがMVが出来てなくて、どこかに依頼しようと思ってるんですけど如何せんお金がなくて、」
「姉ちゃん!」
「なっ、なに?」
「作ってあげようよ!MV!」
「「えっ!?」」
俺とあがりさんの声が揃う。
「MVって何か分かってる?ミュージックビデオだよ、コエカ曲に付いてる映像のことだよ」
「馬鹿にしないでよ!そのくらい分かるもん!姉ちゃんはね、絵がとっても上手で漫画家なんだ!MVくらい作れるよ!!」
まるで自分のことのように誇らしげに話す。
「ちょっとらっか……!」
「別にいーじゃん、可也はコエカ曲作ってるんでしょ?同じ穴のむじなだよ!!」
幼女に語彙力で殴られた。
半信半疑にあがりさんの方を見ると耳を少し赤くして頷いた。
「すげえ!あがりさんすげえよ!!漫画ってどんなの書いてるの!?」
唐突に表情が強張り、目線を逸らしながら「ろ、ロボットものを少々」と呟く。
「読んでみたいなあ」
「それは駄目!!」
耳を真っ赤にして叫ぶ。
本人の言う通り、漫画を描いてると白状することは恥ずかしいのだろう。俺もレコに曲を聴かせるときは黒歴史を思い出すのと同じかそれ以上に恥ずかしかった。
これ以上詮索はしまい、同じ穴の狢として。
ぐいとコーヒーを飲み干し、
「MV制作の話よね?プロとして言わせてもらうと、お金を貰わずに仕事をすることはできない。守銭奴とかプライドの問題じゃなくて、適切な報酬を貰う方が健全な関係でいられるからってことね」
金の切れ目が縁の切れ目なんて言うが、金次第で切れてしまう縁ほどクリーンなものはない。
人間はもっと複雑に関係を築くものだ。
「そうですよねえ」
「でもお隣さんとして言わせてもらうと!頑張る若人を応援せずに何が年上かとも思う!!だから可也君レコちゃん、」
びしっと俺たちに指を差す。彼女の笑みには子供っぽさが混じり、どことなくらっかちゃんに似ていた。
「君たちにはお手伝いをしてもらいます!!」
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