青音レコの日常は爽やかで夏っぽくて青春っぽい

15曲目 青音レコの太ももも柔らかい

「んう……ううん……」


 後頭部に柔らかいものを感じながら瞳を開く。視界の三分の一は小高い丘に隠れて、銀色の艶やかな髪が俺の耳や首にかかっていた。


「お目覚めですかマスター。実に十二時間六分二十一秒、レム睡眠とノンレム睡眠の波も計測しておきましたがお聞きになりますか?」


「い、いや大丈夫……ふわあ……」


 思考が晴れないまま生返事をして、目を擦る。小高い丘からひょっこり顔を出して覗き込んでいた。


「もっと寝ていらしても良いのですよ。まさか膝枕でこんなのぐっすりできるなんて、私に膝枕の才能があるのかマスターに膝枕される才能があるのか、どちらなのでしょうね」


「膝枕?」


 むくりと身体を起こし、レコと数秒前まで自分が枕にしていた太ももを交互に見る。柔らかく若干温かいそれは確かに俺の頭に敷かれていたということで、即ち膝枕で、


「膝枕!?」


 意識が覚醒する。俺の驚きようが面白かったのかくすくすと意地の悪い表情を浮かべた。


「どうでしたか?私の太ももは」


「す、すこぶる快眠だったよ。毎日してもらいたいくらい、ごめんなさい嘘ですにじり寄らないでください」


 両手を臨戦態勢の如く突き出し構える。


「というか、俺が寝ている間何もしてないよな」


「マスターにそのような趣向があればやぶさかでもありませんが。お次からはそのようにいたしましょうか」


「いたさなくていい。良かった……知らぬ間に俺の貞操が奪われるなんてことにならなくて」


「奪うも何も、マスターが追加アタッチメントを購入なさらないからしようがありません」


 不機嫌に出した言葉に臨戦態勢を解いて胸をなでおろす。


「買っていただければ毎日してあげられますよ?」


「遠慮しておくよ」


 膨れっ面でぶーたれる彼女を無視して、鮮明になった思考を操る。


「えっと、昨日はレコーディングまでやったんだっけ。MIX始める前に寝ちゃったから、今からしないと」


 鉄は熱いうちに打て。


 何事も行動を起こすのは早い方が良い。俺はきちんと計画を立ててこつこつとできるタイプではないから、モチベーションの高いうちに全てをやってしまうよう心掛けている。


 両手を引っ張り伸びをして回転椅子腰掛ける。


「よろしいのですか?」


 俺はその言葉を『起き抜けに作業に入って疲れませんか?』という意味に解釈した。


「大丈夫大丈夫、こういうことには慣れてるから」


 レコは不思議そうに感嘆し、マスターがそういうのならとそれ以上言及してこなかった。


 PCの電源を入れ、キーボードに手を伸ばす。


 MIX頑張るぞー!!



 ◇



『で、言い訳は終わりかい?』


 電話口から聞こえる究実きわみの声に窮する。


 俺と同い年ながら飛び級を重ね博士号を得て舞い戻ってきたロボット工学の大天才、それが我が友人、匙究実さじきわみのプロフィールである。


 言葉選びは叱るようなそれに違いないのだが、無邪気に弾んだ口調で、どう答えるべきか判断にあぐねていた。


「……ごめん。それで今日バイトなの忘れてた」


 レコの『よろしいのですか?』という発言は『これからアルバイトなのに作業している時間はあるのですか?』という意味だったのだと、電話を取ってから気付いた。


 時刻は十時を回る。朝の七時頃から十二時間の睡眠、そこからずっとMIX作業をして現時点に至る。


 バイトの終了時刻などとう過ぎていた。


『んなこたあ、どうでもいいさ!そのミックスとやらは終わったのかい?早く曲を聴かせたまえー!』


「お前が詰めたから白状したのに!?」


『失礼だな。君にもしものことがあったらいけないから聞いたまでだよ。そんなことより聴かせろー!一番最初に聴くのはこの究実と決まっているのだからね!』


「んな約束した覚えは……あれ、どうだったっけ」


 バイト忘れてMIXしていた自分の記憶力に自信が持てない。


 世話になってるし、聴かせるくらい良いか。


 あんなに誰にも聴かせたくないと思っていたのに作業ハイになっているのか、了承する。


 究実とのやり取りに使っているメッセージソフト『destiny code』へ、ちょうどMIXやら諸々の作業を済ませたファイルを送信する。うわ重い。


『うん?違う違う、そんなことしたらファイルが劣化するだろう』



 ピンポーン。



『一番最初に聴くのはこの究実と決まっているのだよ』


「っ……!?」


 足音を立てぬようこっそりと扉の覗き窓に近づくと、赤銅髪の少女が汗ばんだ様子で胸元を何度もはためかせている。


 眼鏡の奥に覗かせる知的な青銅の瞳はじろりと窓の一点を見つめた――まるで俺の存在に気付いているかのように。


 息を殺してレコに駆け寄る。


 彼女はソフビを大事そうに眺めてたまに動かしてみせていた。


「……緊急事態だ。今すぐどこかに隠れてくれ」


「隠れる?何がどうしたんですか?」


『おーい可也君?部屋の光でそこにいるのは分かってるんだぜ。ふっふっふっ大人しく投降したまえー!さもなくば、この天っ才飛び級教授が己の頭脳と技術力を駆使して鍵を開けてしまうぞー!』


 底抜けに明るい、冗談のような調子の声色。ゴキゲンな電話口からガチャガチャと何かを操る音が聞こえ、扉の奥からも同様の音が微かに聞こえる。


 やばいやばいやばいやばい!


 このアンドロイドをあの天才に見せてみろ。好奇心を押さえきれずものの十秒で解体されてしまう!


「命の危機なんだよ!とにかく隠れろ!!」


「は、はい」


 肩を掴み強引にベッドの下に押し込む。命令と判断したのか途端に静かに、身動き一つしなくなった。



 ガチャリ。



 我が家のピッキングが成功したらしい。

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