9曲目 青音レコに世間体とかあるわけない
「一通り入れたしレジ行こうか」油コーナーからレジまでの道のり。近づくほど人通りが増え、奇抜な彼女に視線が寄せられ、自然と手を繋ぐ俺にも奇異のそれがくべられた。
レジまでもう二歩のお菓子コーナー。子供が多い。恥ずかしい。ここまで来たらあとは耐えるだけだ、そう思い踏み出した一歩はぐんと手が引っ張られて、
「見てくださいマスター」
「な、なに?」
余裕なく発した言葉にレコは菓子の一つを指差した。
それはコエカたちのミニソフビ人形。六種類のコエカがそれぞれの有名曲のモチーフでデザインされ、ランダムに一つ入っているというものである。
ラインナップにレコは一つだけ含まれていた。
「ああ食玩だね」
「知ってます。税金や規制を逃れるための裏ワザ商法ですよね」
「すれた見方だな……でも懐かしいなあ」
「懐かしい?」
「一個買ってもらうために何回かおやつ我慢してさ。欲しいのが出なくて悔しいから小遣い稼ぎにいっぱいお手伝いして、やっと出たときはすごい嬉しかったな。コエカのグッズにこんなの出てたんだ、大きなコンテンツになったもんだ」
実家にまだ置いてたっけ。今度送ってもらおうかな。
「ちょっと待っててください」
「え!?」
握っていた手を離してレコは元来た道を爆走し、風圧で俺や周囲の客の服をはためかせ――勢い殺さず戻って来た。急ブレーキをかけ、同じ風圧を浴びる。
「私、エクストラバージンオリーブオイル我慢します」
見ればカゴの中から二本の瓶詰め油が消えている。
「我慢するので、それ一個買ってもいいですか?」
それ、とはランダムソフビのこと。一本千円は下らない油に数百円の食玩は釣り合わない、何個かねだられたって買える値段だ。
「別に我慢しなくたって買ってあげるのに」
「私は我慢したいんです。マスターと同じように、いつか懐かしめるような思い出を作りたいんです」
「そっか。一個だけだよ」
「ありがとうございます!」
向日葵のような笑顔を俺に向けて、食玩の棚の前でしゃがむ。表情は一転真剣になり、両手に一つずつ揺らしたり、重さを測ったり、吟味を始める。
その姿は昔の自分と重なって、微笑ましいと彼女の隣に座った。
「どれが欲しいの?」
「もちろん私です!アンドロイドの能力をもってこっちが99.7g、そっちが98.9gであると分かりました!」
「……それでどっちがレコなの?」
「盲点でした。次は音で判別してみます」
耳元に箱を近づけてカタカタ揺らし、首を傾げる。そりゃ分からんだろうよ。
「青音レコだー!!」
子供の甲高い声が耳をつんざく。ぎょっとして横を見ると突進する女の子が――
「ぐふぅっ!?」
「マスター!!」
――その頭は脇腹にクリーンヒット。顔は青ざめ、道のど真ん中に倒れ伏してしまう。
強烈な打撃に簡単には立ち上がれないだろうと目算する。ソフビの箱を放り投げ、俺の背に手を回す。
「大丈夫ですかマスター!」
「も、問題ない。かすり傷だよ」
「ねえレコだよね!?なんでレコがいるの!?そのおもちゃ私も持ってるよ!」
女の子は俺に構わず、瞳を輝かせレコに質問攻めを始める。
レコは困ったような表情をしながら断固として答えず、瞳の色が紫色に変わりつつあった。
紫色は脅すモード。こんな小さな子相手に何かするつもりか!?
脳裏によぎる『女児に危害加えたアンドロイド。使用者に問題か』という見出しの新聞やニュース。なんとしてでも止めなければ!
「俺は大丈夫だから、本当に大丈夫、」
倒れながらも服を引っ張り、しかし破れんばかり進むレコ。
「そういう問題じゃありません。他人を傷つけたんですから謝るのが、」
「こらっ!!」
女の子は肩を震わせた。
恐る恐る振り返り、釣られて俺とレコも上を向くと、そこには若々しい女性が眉を吊り上げている。
この子の母親だろうか。
身長はすらりと高く、体型も引き締まっている。細い眉に端正な顔立ちはどこか女性的な力強さがあった。白金色のショートカットヘアーを後ろで一つ結びにして、怒りで今は逆立っている。
「いきなり走り出したと思ったら人様に迷惑かけて!ダメでしょ!」
「で、でもレコが」
「青音もレコもない!……ええ!?青音レコ!?」
時間差で驚愕する女性。
「へえ、よくできたコスプレですね」
「いえコスプレではな、もごもご」
レコの口を手で塞ぎ、代わりに「ええそうなんです。凝ってるでしょう」と誤魔化す。
「でもなんでスーパーで、もしかしてお兄さんの趣味、」
「違います。どちらかと言えばレコの趣味です。付き合わされているのは俺です」
女性は乾いた笑いを浮かべて曖昧に濁した。恐ろしい性癖を持っていると勘違いをされている気がする。
「それはさておき、お兄さんに頭突きしといて謝らん馬鹿がどこにおるかね!ほら謝り!」
「げ……おぼえとったか」
「覚えとるわ!いいから謝りなさい!」
納得いってなさそうに唇を尖らせ、
「お兄ちゃんぶつかってごめんなさい」
軽く下げた頭を女性はぐいと押し付け、自分も深々と謝った。
「この子注意散漫で申し訳ございません。お怪我はございませんか?」
レコに支えられながら起き上がり、
「そんなわざわざ!大丈夫ですよ、こちらこそ気を付けておくべきでした。お子さんにもお怪我ないといいのですが」
母親らしき女性の表情が強張る。
「あ、姉です」
「大変申し訳ございませんでした!!」
すぐさま床へ頭を擦りつけた。
「へへ、また姉ちゃん間違えられてやんのー」
「うるさい!あの、全然気にしてないのでお気になさらず」
「ほ、本当ですか?」
顔を上げると依然表情の固まった女性の姿があった。
めちゃくちゃ気にしてる!
「レコもごめんなさい。めいわくかけちゃった」
「私のことはどうでもよいです。マスターへ危害を加えたことが許せなかっただけですから」
「ますたあ?」
「そこであなたのお姉さんに土下座している男性のことです」
「また姉ちゃん土下座させてるの?」
「ま、また!?嘘ばっか言って!お姉ちゃんまた怒るよ!!」
「嘘じゃないもーん。この前こっそり部屋見たらネクタイの女の子土下座させて、むー!もごもご!!」
妹の口を手で塞ぎ、体を抱きかかえて「おほほほそれでは失礼しますー!」と言い走り去ってしまった。
もしかして恐ろしい性癖を持っているのだろうか。
両膝についた埃を払い、ほっとして溜息をつく。
「すごい親子、じゃない姉妹だったな」
「とても元気でしたね。少し萎縮してしまいました」
「どこがだよ。俺にはいいけど他人に紫色の目向けるなよ、ひやひやしたわ」
「怪我させるつもりはありませんでしたよ」
「身体は怪我しなくても、心は怪我するかもしれないだろ。お前は『青音レコ』なんだから、あの子が今後コエカ聞けなくなったら可哀そうだ」
「……承知しました。今後はマスターだけを虐めます」
「それも違うんだよなあ」
機械に学習させることの難しさを痛感し、まだじくじく痛む脇腹をさする。
レコは床に散らばる二つのソフビの箱を拾い上げ、その両方をカゴの中に入れた。
「一個だけじゃないのか」
「床に投げた商品を戻すのも気が引けますし、もう一個は今日頑張ったマスターのものということにしませんか?」
思わず、吹き出してしまった。
「な、なんですか!?」
「いやあそういう理屈こねるのは上手いのかあって思っちゃって。いいよ、そういうことにしよう」
目尻に浮かぶ涙を拭き取り、手を繋ぎ直す。
「マスター!!」
「なんだよ。これ以上何かされたら困るからな、拘束の意味しかない」
「はい!マスター!!」
嬉しそうな表情に調子が狂う。
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