8曲目 青音レコは自動車をえげつない性癖だと思っている
「ほわあ……!ここがお外ですか!みっ見てくださいマスター自動車ですよ!?」
「外に出たくらいではしゃがない。というかネット見れるんだからそのくらい知ってるだろ」
「知ってますが実物を見るのは初めてなので!年間約六千kmも走らされる地獄の機械ですよね!雨の日も雪の日も休みを貰えず、オイルが唯一の楽しみだなんて……考えるだけでゾッとします」
わざとらしく両腕を抱えて身震いをするレコ。
通り過ぎるワゴン車に私たちの会話が聞かれていないことを祈る。
「走るために造られたんだから沢山走れるのは自動車冥利に尽きるんじゃないか?」
「あそうか。ついうっかり『私が自動車になったら』みたいに考えちゃいました、てへ」
「機械も『自分の視点で考えてしまって認識に齟齬を起こす』ことあるんだ」
必要物資――食品や生活雑貨を購入するために近くの大型スーパーまで向かう。
床にも付きそうな銀髪を夏風になびかせ、道路の縁石に登り、両手でバランスを取りながら進んでいた。
レコの入っていた段ボールの底に入っていたブーツを履いており、夏らしくない格好なのに強い日差しに汗一つかいていない。
「夏らしくない。というか季節感が無いよな」
モノクロに青色を加えた爽やかな近未来デザインは想像通りかなり目立つ。通り過ぎる人々のほとんどがこちらを二度見し、ひそひそと話し始めた。
数人は彼女の正体に勘付いているみたいだが、まさか本人とはつゆも思っていない様子だった。
「レコが自動車になってくれるとありがたいけどね。歩かずに済むし」
「嫌ですよ!?絶対なりませんっ!」
「……なれるの?」
「なっ、なれませんよ?」
目を逸らし、口笛を吹こうとするが空気が抜けていくだけ。
車になれるんだろうな。アンドロイドすげえ。なんで家事できないんだ。
「免許持ってるし、遠出するとき乗らせてね」
「えっち」
顔を赤らめ、口笛を吹かんとしていた唇を尖らせた。
「夜這いする癖に運転は駄目なのか?」
「へへーん!マスターが持ってるのは
「MT!?アンドロイドはATであれ!!自動運転もできろ!!」
「お、AT!?自分で動く気はないっていうんですか!!自動運転なんて……そんなドスケベだと思ってませんでした!この変態マスター!!」
「車の話だよね!?」
集まる周囲の視線にはっとして咳払いをする。
「この話はまたの機会にしよう。公衆の面前で話す感じじゃない、何故か分からんがそんな気がする」
「同意見です。マスターは自分のドスケベ具合を知っておく必要があります」
「ほらまた言う」
こいつの目には自動車がえげつない性癖に映っているのだろうか。とても嫌だ。
◇
複数階建ての大きなスーパーが見えてきた。
食品や生活雑貨に限らず、書店なり衣料品店なりこの世の全てを売っている地域の味方だ。
初めて見る大きさの建物に目の輝きは一層高まり、小さな子供のようにきょろきょろして好奇心に満ちているのがまるわかりだった。
自動ドアを潜り、入店。
レコが扉に敬礼している。面倒になりそうだから聞かないでおこう。
よく効いた冷房が身体を纏い、独特な店のBGMが意識せず通り過ぎていく。
「ふわあ……!マスターのおうちの何倍あるんでしょう!?」
「千倍以上あるんじゃないかなあ。横のATMコーナーだけで我が家と同じくらいだし」
「こういうのなんて言うんでしたっけ。世知辛い?」
「スーパーと同規模の家に住んでる人間の方が少ないよ」
知識に飢えたアンドロイドの首根っこを掴んで、スマホのメモアプリを開いた。
いくつか並ぶタブの中に『歌詞』という項目があり、少し焦ってその上の『買い物メモ』を押す。
「え、ええっと買うものは、」
別にバレたって問題ないはずなのにこっぱずかしくて隠し通そうとしてしまう。
レコ曰く、結構な量が腐っていたらしい(自慢げに報告してきた)。
だから長く保ったりすぐに消費したりする食品の割合を多めにしてみた。これで腐らせるようならコンビニ食で生きるしか道はない。
「マスター、もっと私の拘束力の強い運搬方法がありますよ」
「なに?」
彼女は襟を掴まれたまま手のひらをぐーぱーに動かした。
「手を繋ぐんです。マスターにぎゅーって掴まれたら私どこにも逃げませんよ」
「くっ……!?」
「マスターは目立ちたくないんですよね?このまま引きずられて歩くより、手を繋いだ方がよっぽど目立たないと提案いたします」
「…………絶対に離れないんだな」
「絶対に離しませんとも」
襟から手を離し、恥ずかしさを乗り越えてそっと握る。
柔らかく人間のような手は、日陰に設置された鉄棒のような冷たさで――微笑むと陽だまりのような温かみを取り戻す。その温度の変遷は人体では有り得ない。
彼女の瞳の色は嬉しさを示すオレンジ色。
「恋人繋ぎしてもいいですか?」
「嫌だ」
「ぶーぶー」
「これが俺の最大限の譲歩だ。分かったらカゴ持て」
「はあい」
不服そうな声色だが、目はオレンジ色のままだった。
耳まで赤く染めながらメモを頼りに商品を探していく。お互い片手が塞がっているから非常に面倒くさい。まるでバカップルだ。
「油……油……あったあった」
「油の賞味期限を切らすなんてマスターは流石です」
「実家から持ってきてたやつ普通に使い切ったんだよ、一か月前だけど」
いつも使っていたサラダ油を手に取って、カゴに入れる。
おや?一か月前?
「……お前オムライス作ったよな?」
「作りましたけど?」
「油なかったのにどうやってオムライス作ったんだ?食材炒めたり、卵焼いたりするのに絶対使うよな?」
「……………………えへへ」
恍惚とした表情で口から垂れる涎を手首で拭き取る。
唖然とする俺の手を握る力が少し強まった。
「マスターに尽くすのが私の役目ですから」
「何使った!?というか何入れた!?人体に影響を及ぼすケミカルXだったら許さないからな!?」
「そんなものロボット工学三原則で入れれないようになってますよ」
「俺はもうその三原則を信用してねえんだよ!!言え!!油の代わりに何を入れた!?」
「ええー?言わなきゃ駄目?」
「駄目に決まってるでしょ!命令だ、何を入れたのか答えろ!」
心底面倒くさそうに肩を竦めて、口を開く。
「オイルですよ。正確には私の燃料です」
「燃料?」
「私は油なら種類問わずエネルギーに変えられる身体なんです。ちなみに今の燃料はただのサラダ油、オムライスに使ったのも同じ油ですよ」
「なんだ、驚かせやがって。今オイル残量はどのくらいだ?何本か買っておいてやろう」
「やったあ!エキストラバージンオリーブオイルで!!」
「はっはっはっ。よく分からんが買ってやろ、えっ高」
すぐに棚に戻したオイルの瓶を俊敏な動作で隣のレコがカゴに入れた。しかも二本。
「おまっ……まあいいか。いっぺんには飲むなよ」
「もちろんです!毎日ちびちび飲みます!」
まるで高い酒を買ったおやじのような発言だなあ、と思ったが決して口には出すまい。
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