青音レコは女や子供やマスターに容赦ない割に自分も大概

7曲目 青音レコはロボット工学三原則を捨てている

 ロボット工学三原則とは、



 第一原則『ロボットは人間に危害を加えてはならない』


 第二原則『第一原則に反しない限り、人間の命令に従わなくてはならない』


 第三原則『第一、第二原則に反しない限り、自身を守らなければならない』

 


 パソコンの前に座り、検索結果に唸る。


「これのことを言ってたのか」


 つまり何度か命令を聞かなかったのはレコが俺に危害を加えそうになったから……いやしっかり襲われてるんだが、性的な意味で。



 昨晩のことを思い出すと次に頭をよぎるのは彼女の歌声について。


 上手くいくような気がしたから歌ってもらって、案の定上手くいったのだが、次も同様である保証なんてない。レコが上手く歌えるように頑張らないと。


 そして、その歌声に似つかわしい曲を作らないと。


 気分転換のネットサーフィンを止めて、DAWダウとメモ帳ソフトを開く。


 DAWとはデジタル・オーディオ・ワークステーションの略で、録音・ミックス・編曲等曲を作るために必要な一連の作業を行えるソフトのことである。


 俺の使っているのは無料版だが有料級の性能を持つソフト。画面にはそれぞれの楽器が打ち込み済み、ほとんど完成された楽曲が表示されている。


 いくつか作ったインストの一つ。


 曲名は決めておらず、歌詞も未定――レコが届いたらすぐに作詞に取り掛かるつもりだったのだが、


「ぬおおおおお…………分かんねえええええ…………」


 行き詰っていた。


 曲は青音レコらしさを重視して、学生感のあるアップテンポに、初心者なのに音数増やしても仕方ないだろうとギター・ベース・キーボード・ドラムにボーカルを加えた5ピースにした。


 予防線のつもりだったがこれが文化祭のバンド演奏ような雰囲気をかもし、自分の中でもお気に入りの一曲――歌詞入れはこの曲からと決めていた。


 再生のボタンをクリックする。


「……なんか音少なすぎない?シンプルというかチープというか、理論なまじかじっちゃったからどこも聞いたことある展開というか、小奇麗にまとまりすぎてつまらないというか……すげえ駄作な気がしてきた。おえええキッショ!作曲して悦に入ってた俺キッッッショ!誰か俺をこの曲共々闇に葬ってくれ~~」


 歌詞に悩みだした途端全部が悪く見えてきた。曲だけなく自分もクソな気がしてくる。


 いっそ全て削除してやろうか、そんな気持ちにはなるものの指は削除のボタンに伸びない。当たり前だ、これ作るのにどれだけ時間を要したことか。


 

 ちらと部屋の隅を見ると銀色の髪を床に敷く、正座のまま眠る――正しくはスリープモードの青音レコの姿があった。


 ある夏の日の早朝。


 レースのカーテンからは雲一つない快晴が飛び込み、コエカオタクとしてこの上なくコエカ曲の似合う風景だと言わざるを得ない。


 陽光は瞼を閉じるレコにもかかり、まるでMVの一幕のよう。


「本当にレコが家にいるのか」


 思わず手を伸ばしてしまい、

 


「マスター?」



 眠気まなこを擦り彼女は起きてしまう。欠伸をして背筋を伸ばし、座布団から立ち上がる。


「あ、ごめん。まだ寝てていいよ」


「アンドロイドなのでお気遣いなく。電源を落としたわけではなくスリープモードですので、すぐにでも活動できます」


「便利な身体だな」


「マスターに尽くす為の身体ですから……それで、私のことそろそろ信じてくれました?」



 フィギュア棚をちらと見て対抗意識ありげに話す。


 昨晩届いた『Koe Kawari 青音レコ ver.3.0』は捨てるのも勿体なくて青音レコのフィギュアの隣に飾ってあった。

 

「信じるしかないというか、お前はドクターとやらから送られてきた青音レコで、あっちは俺が買った青音レコっていうことだよな」


「そうなりますね……てっきりドクターがあっち処分してくれてたと思ったのに」


「何か言ったか?」


「マスターの為ならなんでもできるって言ったんですよ」


 銀髪揺らし微笑む彼女に言葉を詰まらせ、適当に流す。こんな可愛い女の子に色々言われたことなんてないからどう返すべきは判断に迷う。


「お前を返品することは、」


 瞳は深い青色に変わり、半泣きに表情を引き攣らせた。


 どうやってアンドロイドが泣くんだよ。頭を抱えて、


「冗談だ冗談。レコを送り返すなんてしないから、ひとまずお前を信じてお前で作曲する。俺から言えることは以上だ、他に質問は?」


「マスターは今作業されていたのですか?」


「い、いや!?なんにも!?」


 咄嗟にDAWソフトを閉じて誤魔化す。


 なにやってんの俺!?相手はコエカだぞ、別に見られてもいいじゃないか。


 彼女は追及することなく、別のものに興味を示した。


「そのサイトって」


「あ」


 身を乗り出して俺の肩を通り、横顔を液晶に近づける。綺麗な銀髪がかかり、良い匂いが鼻孔をくすぐって、にやけそうになるのを必死に我慢した。


「アンドロイド的にこういうの調べられるの嫌だった?」


「まさか!私のこともっと知ろうとしてくれたんですよね!?すごい嬉しい!!お赤飯炊きましょうか!?」


「キッチンあの有様なのに?」


 びくんと肩を震わせて目を背ける。


 昨晩の惨劇を俺たちは放置していた。片付けの片付けをする精神的肉体的余裕がなかった為に今日に先延ばして、凄惨は散々と化す。


「まず片付けようか」


 こっそりPCの電源を落として席を立つ。歌詞はまた今度考えよう。



 私は割れ物を新聞にくるみ、ビニール袋の中に捨てていく。その横で泡だらけの食器たちをスポンジでこすり洗い流すレコがいる。


 その速度はまさしく牛歩であり、失敗できないという緊張感に満ちていた。


「百均か貰い物の食器ばっかだし割ってもいいからね」


 ガシャン!


 床に平皿だった破片が散らばり、口をぱくぱくと動かすだけの美少女。


「マスターが急に話しかけるから割っちゃったじゃないですか!」


「大丈夫だって」


「早速やりやがったな。みたいな感じが滲み出てますよ!?」


「危ないから動かないでね、今全部拾うから」


「私やります!なにせアンドロイドですから鉄の身体に皿の破片如き負けるはずが、いったあっ!?」


 しゃがんで一かけら拾おうとしたレコの指先から赤い液体が滲む。


「血?……えっ血!?私アンドロイドなのに!?」


「血が出てる!?ちょっと待って何か持ってくるから!!」


 動揺するレコをよそに、部屋中を探し回りやっとのことで見つけた絆創膏を彼女の指先に貼り付けた。


 その頃には彼女は落ち着いて、肌色に切れ目の出来た人差し指を物珍しそうに見つめている。


「アンドロイドって自然治癒すんのか?」


「分かりません。でも血液もどきが流れているのでその可能性は大いにあります」


「……青音レコを自称する一般女性の可能性が出てきたな」


「情けない話ですが一般女性ならもっと家事ができると思います」


 そう言って彼女は溜息をつく。なにもできないことに嫌々しているよう。


「ネットで見る限り簡単そうなんですけどね……やはり知識だけではどうにもならないようで」


「一つ一つ覚えていけばいいよ、何事も経験だ」


 

 やっとのことで割った皿の処理を終わらせ、慎重に皿洗いをしているレコをよそに洗濯に取り掛かる。


 脱衣所の泡や水はスポンジで全て吸い取って、バスタオルで綺麗に拭き取る。記載通りの洗剤量を入れて洗濯物を中に、


「……なんか下着が少ない気がする」


 パリン!


「まあ気のせいか。レコはその場を動くなよ、食器片づけるから」


「無能ですみません」



 結局レコが全ての食器を洗い終わる頃には俺が家事をやってしまった。


 色々不服だが何か言える立場でもないから黙っているものの、その瞳で何かを伝えようとしてくる。


「だいぶすっきりしたなあ」


「それは遠回しな嫌味だったりしますか……?」


「お前の中のイメージはどうなってるんだよ。部屋が片付いて良かったなって思っただけだ、元はと言えば俺がサボってたことが原因だし」


 洗濯機はごうんごうんと回り、タンスの中はきちんと整頓されており、皿が異様に少なく、冷蔵庫の中身はすっからかん。


 時間は昼頃を回っている。


 お腹もすいてきたし、必要物資が大幅に減ってしまった。


「よし。買い物行ってくるよ」


「私もついていきます!」


「駄目だ」


「どうしてですか?やっぱり私が、」


 首を振る。


「青音レコのコスプレしてる奴を連れていくと目立つだろ」


「コスプレじゃないですよ!本人です!」


「周りにはそう見えるんだよ。目立って何が起こるか分からんし、絶対に連れて行かないから」


 彼女の瞳は悲しそうに、深い青色に染まる。

 


 瞳の色は感情によって変わるらしい。


 寂しかったり悲しかったりすると深い青色。


 嬉しかったり楽しかったりするとオレンジ色。


 興奮していたりえっちなことを考えているとピンク色。


 という具合に。

 


 一緒に買い物に行くのはさぞ楽しいだろうがリスクが怖い。


 財布とトートバックを持って家を出ようと、


「いいんですかあ?」


 おどろおどろしい声が背後から聞こえる。振り返ると、前髪が崩れて瞳の色が紫色に染まるレコがいた。


「ちょっと目を離した隙に家を滅茶苦茶にした私を放ってお出かけして大丈夫だとお思いですかあ?どうなっても知りませんよ……例えば、あの高そうな機材にうっかり水を掛けたりしちゃうかもしれませんよお」


 一度その瞳は同じく紫に変わったことがあった。その時は確か、カッターナイフで脅してきたとき。


「ロボット工学三原則はどうした!?ちゃんと脅迫じゃねえか!!」


「うふふふ、脅迫ではありませんよお。ただの例え話をしているだけで、強制しているわけではありませんからあ」


「悪知恵ばっかり働かせやがって!」


 「いかがします?」彼女はそう言いながらキッチンのシンクへにじり寄り、蛇口へ手を伸ばす。


 面倒事か。半年分のバイト代か。


 迷うまでもない。


「やったー!マスターとお出かけっお出かけっ」


 無理矢理腕を組まされ、アパートの一室から飛び出した。

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