3曲目 青音レコに個人情報保護法は通用しない

「もうこんな時間か」


「何かご予定があるのですか?」


「バイトがなあ」


 週に五回入り修羅と化していたのは昔の話。今は週二回か三回、生活費が稼げる程度に抑えている。


「ぷっ。たった1Bバイトですか」


「今容量の話はしてねえ。アルバイトだよ」


「働いておられるのですか。学業に就労にマスターはお忙しいのですね」


「そうでもない……待て、俺が大学生っていつ言った?」


 そういえば名前も言っていない。こいつどうやって俺の個人情報を知ったんだ。


「私はマスターに全てを尽くすべく造られました。年齢、体重、身長、友人関係、バイト先に至るまで全てを知り尽くしております」


「じゃあなんでバイトに突っかかったんだよ」


「アンドロイドジョークにございます」


 『全てを尽くすべく造られました』つまり誰かがこいつを造り、青音レコとして送ってきたってことか。


 個人情報を掴まれてることはとても恐ろしいが、これはチャンスだ。誰がこんな悪質ないたずらをしたのか逆に尻尾を掴んでやる。


「全てを尽くすってことは何でも教えてくれるっつーことだよな?」


「もちろんでございます。好きな食べ物でも、好きな男性のタイプでも」


「お前は誰に造られたんだ?」


「『株式会社Or roidおあろいど』です」


 そりゃ青音レコの歌声とビジュアルを作った発売元だろう。


「言い方を変えるぞ。お前の送り主は誰だ?」


「マスターには権限が与えられていない情報です」


「権限ね……じゃあ俺にどこまで権限が与えられていない?」


「ドクターに関する情報は知ることができません」


 ヒット!

 そのドクターとやらがレコを造ったに違いない。

 よしじゃあ次はドクターの目的を、


「マスター」


「っ……!」


「マスターには権限がありませんが、あなたが望むのであれば話しても構いません。ですがご心配には及びませんよ、ドクターはあなたのためを思って私を送ったのですから」


 レコは悲しそうな顔をしていた。僅かに失望や同情に近い色が表情に滲む。


「分かった、もう詮索するのはよしとこう……その、悪かったな」


「いいえ。元はと言えばマスターを怖がらせた私が悪いのです、申し訳ございません」


 座布団に正座したまま彼女は頭を下げた。あまりに深々と下げるものだから土下座させてるようですぐにやめさせた。


「では仲直りの印としてチューしましょう」


「ちっ、チュー!?」


「おいやですか?認証時に一度したではありませんか」


 あのときの感触は唇だったのか!?


 顔が熱い。レコは勘が鈍そうに小首を傾げて、


「二度続けてというのも飽きが来ますか。ではハグに致しましょう」


「は、ハグ……」


「マスターはひょっとして女性経験が少ないのですか?初心というやつにございましょうか」

「握手!握手にしよう!仲直りと言えば握手と相場が決まっている!」


「そうなのですね」


 どこかしょんぼりをしてレコは両手を差し出した。


 おずおずと片方の手を握ると、ぎゅっと柔らかく包む。冷たく細い指を絡めさせ、俺の指の温度はどんどん上がってより指が冷たく感じる。


 思い切って僅かに力を入れると彼女の顔がほころんだ。


「ああ、意外と握手って良いものですね」


 絡めた指をつーっと手のひらから手首に掛けて沿わせ――


「っ!!終わり!はい終わり!!これで仲直り完了!!なっ!?」


「……いいでしょう。また握手すれば良いのですから」


 これを握手としていいのだろうか。もっと何か卑猥な行為だったような。


「十七時です。ファミリーレストラン『Tamitauたみたつ』アルバイトの開始時刻十七時半が迫っていますよ、支度を始めた方がよろしいかと」


「なんでシフトまで知ってるんだよ!?」



 ◇



 不承不承言われた通り支度を済ませ、


「留守の間、おうちの管理はお任せください。安心してアルバイトに励んでくださいね」


 そう言って彼女を一人家に残した。


「不安だ……」


「何が不安なの?」


 ファミレスのバックヤードで机に突っ伏していると頭の上に冷たいものが乗せられた。

 それを支えて身体を起こすと、制服を着た女性の笑みが見える。頭上の物体は冷えたペットボトルだった。冷えたぶどうジュース。


「なんださじか」


「なんだとはなんだ。友達に対してよぅ」


 銅色のショートカットヘアー。前髪ぱっつんで赤いアンダーリムの眼鏡、青銅色の瞳とにんまり顔は彼女のチャームポイントだ。

 身長は俺より低く、お胸はかなり豊満。視線の置き場に困るタイプの女子。


 今は休憩時間。

 レコとの連絡手段を持っていない為、一体今なにをやっているのか分からず悶々とした時間を過ごしていた。


「天才科学者様にゃ馬鹿な私めの悩みなんか分かるわけないでしょうよ」


「酷いことを言うな君は!私は天才科学者じゃなくて天才飛び級教授だ!一介の科学者と同じにしないでほしいな!」


「てっきり俺の自虐をフォローしてくれるものだとばかり」


 匙究実さじきわみ

 米国からの帰国子女。飛び級につぐ飛び級を経て、学士・修士・博士をあっという間に修めた超天才らしい。

 俺の通う大学の教授をする傍ら、このファミレスでアルバイトもしている。


 あまりのキャラの強さに出合い頭に質問を二つしてしまった。

 


 Q.1「教授をしながらアルバイトってできるんですか」

 A.「知らないよ。誰も何も言ってこないし多分大丈夫なんだろうね」

 

 Q.2「なんでアルバイトしようと思ったんですか」

 A.「猫の配膳ロボってあるだろう?あれ改造してみたかったんだ」

 


 改造の結果、このファミレスの配膳ロボは爆速で料理を届けるし、調理もできるし、会計もできるようになった。そろそろ品出しや商品受注もできるようになるらしい。


 同い年にこんな大天才がいると思うと気が滅入る。


「正直助かってるけどな。アルバイトとは名ばかりに注文だけ取っていたら良いから。注文くらい機械にできそうだけど」


「できるぞ。でも注文も取れるようになったら君はお払い箱になってしまう、それは私の本意ではないからな」


「ありがとうございます偉大な教授様」


「よせよせ、今は君の友人、偉大なる究実様だ」


「偉大さは変わらんのかい」


 「して」くすりと笑って私の隣の椅子に腰掛ける。


「可也君の悩みって、一体何だい?私で避ければ相談に乗るよ」


「ええっと……」


 俺の好きなコエカ 青音レコを買ったと思ったら、アンドロイドが届いて絶賛家で留守番させてます!とは言えない。


 最悪こいつに分解されかねないし。


「ひょんなことから遠縁の親戚を預かることになって、その子が今家で一人だから不安なんだよね」


「ふむ」


 彼女は顎に指を当て考える素振りを見せた。


 まずい勘付かれたか……!?相手は超がつくほどの天才だ、言葉に出さずとも俺の一挙手一投足で何に悩んでいるのか看破してもおかしくは、


「なあんだ良いやつだなあ君は!不安というより心配と言うべきなんじゃないのかねそれって!!」


「いやあ不安で合ってると思うけど」


 胸をなでおろし答える。


 何やらかすか分かんないし。普通に不審者だし。

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