2曲目 青音レコは調教されたい

「お前……青音レコ、なのか?」


「はい。青音レコです。レコちゃんでも、レコちでも、青コでも、お好きなようにお呼びください」


 段ボールを部屋の隅に寄せて座布団に座らせる。その居住まいはまさしく青音レコに間違いなく、声も青音レコそのもの、匂いも先日発売された『青音レコの香水』と全く同じだ。


「あの近いです。匂いも……恥ずかしいです」


「あっごめん」


「いえ嫌ではありません。マスターが望むならどこの臭いも嗅いでよろしいのですよ」


「ごめんなさい、もう嗅ぎません」


 しかしよくできた衣装だ。穴が空くほど見ていたパッケージと遜色ない。


「次の質問。お前はロボットなのか?」


「ロボットではありません、アンドロイドです。正確に言えば歌唱用アンドロイド青音レコ型です」


「何が違うんだよ」


「簡単に言えばアンドロイドは人型、ロボットは非人型らしいです。ともかく私が青音レコだと信じていただけましたか?」


 人外の証明と言わんばかりに彼女は自分の目を物理的に光らせた。


 今の状況を整理すると、『いきなり送られてきた段ボールに好きなコエカが入っていて、自分をマスターと呼ぶ』となる。


「納得できるか!?」


「えー?」


 新手の詐欺だろうか、美人局的なアレだろうか。

 仮にアンドロイドだとして、この子がいきなり爆発したり、俺への攻撃を始めたり、個人情報抜き取って爆発したり、害をなす可能性は拭えない。


「でも声も容姿も青音レコなんだよなあ」


「青音レコですからね」


「……あ、そうだ」


 ふと思いついて、外しておいたイヤホンを手渡す。


「ちょっと歌ってみてよ」



 最近はサブスクリプションで音楽を聴くことが多くなってしまったが、応援の気持ちを込めて好きなコエカPの曲は買っている。


 中でもお気に入りの青音レコの曲『ひよりみず』。


 男女のひと夏の淡くも愛憎塗れた恋。歌詞こそダークだが、清流の如く爽やかな曲調とさらりと歌い上げる青音レコの歌声のおかげで青春の一幕として収まっている。


 ほのかに香る暗さと青春の塩梅が素晴らしく、『Youmoveゆーむーぶ』で公開されてからというもの毎日聞いていた。



「ひよりみず知ってる?」


「……検索しました。ひよりみず、時々Pが三年前にリリースしたVo.青音レコの楽曲。現在は五千万回再生を越え、」


「検索するな、知らないなら知らないと言え」


 4G回線か?それとももううちのWiFiと繋がってるのか?


「いいから聞いてみて。歌詞覚えたら歌ってみて」


「承知いたしました」



 イヤホンを小さな耳に入れた。


 正座する彼女の膝上に置いたスマホからは歌詞が流れ、無音ながら聞き始めたのだと理解する。

 


 彼女の真剣な横顔は二次創作やゲームやMVで見た大好きな青音レコそっくりだ。


 現実的に考えて、コエカを買ったら本人を自称するアンドロイドがやってくるなんて有り得ない。有り得ないのだが、


「…………」


 もし彼女の歌声まで『青音レコ』なら信じざるを得ない。



「覚えました」


「早っ!?」


「アンドロイドなので、学習は得意なんですよ」


 胸を張る少女は立ち上がり、マイク代わりに刃をしまったカッターを右手に。


 確か公式設定は右利きだったか。


「よろしいですか?」


「お、おう」


 青い瞳には自信がこもっている。自分の歌声にプライドを持ち、数々の名曲を歌い上げた少女『青音レコ』の生歌が聞けるのか。


 生唾を飲み、気付けば聞く体勢を作っている。



 インストがかかる。


 イントロが始まって、すぐに歌パートへ。


 彼女の息遣いが聞こえた――


 

 ――ど、どうですか?私の歌、上手でした?」


「うん。歌詞は完璧だったよ」


「音程取れてましたか?感情込めるの苦手なんですけど」


「タイミングは良かったなあ。ブレスも完璧で関心しちゃったな」


「ま、マスター?」


 自身たっぷりから一変不安そうな表情に。


 さて、なんて言うのが正解だろうか。


「お前は初めて歌を歌ったんだろう?初めてはみんなそんなもんだよ、これからどんどん上手くなっていくものさ」


「はっきり言ってください。私の歌は上手でしたか?下手でしたか?」


「上手とか下手とかじゃ……」


 頬を膨らませ、俺を責めるような視線を向ける。


 なんだその表情のバリエーション、ほんとにアンドロイドか?


「まあその、なんて言うか、棒だった」


「ぼう」


 気まずくて目を逸らす。


「棒読みっていうか、音程が全くないっていうか……あっでも!音痴じゃなかったぞ!下手な歌だとは思わなかった!」


「ぼ、ぼうよみ」


「大丈夫だ!これからだ!な?頑張ろうぜ、きっと大丈夫だから!」


「フォロー下手くそすぎですマスター……」


「ごめん」


 カチカチカチ。


 肩を落とした彼女の瞳は紫色に染まり、カッターナイフの刃を伸ばし続ける。


「……マスター知ってますか?コエカは歌詞を打ち込むだけじゃ上手く歌えないんです。調教してもらって音程なりビブラートなりしゃくりなりできるようになるんです」


「ちょっ怖い、カッターしまって!そんな刃出さないで!」


「マスターは私を調教してくれますよね?じゃないと、じゃないと、」

 

 生命の危機(二回目)!

 

「するする!します!調教しますとも!」


「では私を青音レコだと信じてくれますね?」


「信じます!信じます!あなたは青音レコに違いない!」


 『調教』とはコエカの歌声を調整することで音程をつけたり、表現の幅を増やしたりする用語である。

 決していやらしい意味ではない。

 

 カッターをやっと机の上に置いてくれて、胸をなでおろす。


 青色に戻った瞳。視線に気付いてレコは僅かに頬を赤らめる。


「この歌とっても良いお歌ですね。透き通るような夏にぴったりの歌……いつか歌えるようになりたいです」


「歌えるよ!レコなら絶対に!」


 俺は思わず彼女の手を取った。もっとレコには歌ってほしい曲がある、もっとレコには知ってほしい曲がある。


 数回の瞬き。


 はっとして手を離そうとするも強い力で握り返され逃れられなかった。


 

「いっぱい調教してくださいねマスター」


 断じてえっちな意味ではない!!

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