アンドロイドは浮気も賭博も暴力もしないが夜這いはする
うざいあず
青音レコは料理も洗濯も掃除もできないし歌も歌えない
1曲目 青音レコは挨拶ができる
「マスター。私はマスターに尽くす為に造られました」
床を撫でるほど長い銀髪をかき上げ、頬を上気させる。
深海のような瞳は潤んでピンク色に変わり、俺を獲物のように見ている。
「お料理やお洗濯やお掃除だけではなく、お歌だけではなく、もっとマスターの為になるようなことがしたいのです」
彼女が肩を押すと簡単によろけ、ベッドに押し倒された。
行き場を無くす為片足を股に入れられ、両手は肩と顔すれすれに置く。
衣装の首元を緩ませ、俺の手を無理矢理自分の胸に押し付ける。
ふに。
手ごたえのない柔らかい本物そっくりの感覚が伝わる。心臓の音はしない。オーバーヒートしているような熱さだ。
機械相手なのに頭がくらくらしてきた。
「レコ……駄目だ。俺はレコにそんな気持ちは、」
押し付けていた手を離し、ゆっくりと俺の身体の下部を撫でて、
「マスターの主張を却下致します。だってここはこんなに――」
◇
『
専用のソフトを使うことで合成音声に歌を歌わせることができる『コエカワリ』――通称『コエカ』の誕生によっていくつもの名曲が生まれた。
可愛らしい容姿のコエカは曲によって様々なビジュアルに変貌する。
製作会社の手を離れて、格好良くも、あざとくも、恐ろしくもなるコエカはみんなで作り上げていく我が子のような存在となっていく。
人間が歌うのと変わらず作曲できるというのが画期的だった点も勿論あるが、それ以上に”どう解釈しても正解”という自由さがウケたのだろう。
当時隆盛を極めた動画投稿サイト『ニタニタ』から流行し、今でもコエカの人気は衰えない。
”コエカ曲の人気が”という意味でもあるし、”コエカPという職業が”という意味でもある。
中学生時代、コエカが大好きで黒歴史ばりに布教活動に勤しんでいた俺は今や大学生。
月二千円のお小遣いでアルバムを買い、ライブに足繫く通っていた
一人暮らしを始めたバイトに週五で入り、ギターとピアノの練習を欠かさない
しかし……
「ぐおおおおおお!コエカ知らん奴に曲布教するとか中学時代の俺!!ほんっと馬鹿野郎!!タイムマシンがあったらぶん殴ってやりたい!!」
ベッドの上で転げまわり、危うく落ちかけ息を切らす。
耳にはワイヤレスイヤホン。今年バズったコエカがメドレーで流れている。
俺の家は風呂トイレ別の1K。一人暮らしには十分な大きさで、ベッドから身体を起こしたとき真っ先に目に入るのが機材の数々だ。
エレキギター、電子ピアノを始め、コエカ曲製作に必要なハイスペックPCや高品質スピーカー、ご近所トラブルを懸念し吸音材も壁に敷き詰め済み。
俺のバイト代が絶景に変わっている。なんて良い景色なんだ。
あとは”コエカが届くだけ”。
今は大学生一回生の夏。
二か月弱の休みがあれば曲は作れるはず。大丈夫、あんなにギターもピアノも練習したし、音楽理論も書籍で勉強した。なんだったらインストを何本か作ってるし。
(※インストとはinstrumental。歌のない曲のこと)
俺はずっとコエカが買えずにいた。
コエカと一口に言っても様々なキャラクターが存在する。
ロリやお姉さんやハスキー少女や幸薄い少女、男性のコエカもいるのだが、ずーっと誰にするか決め兼ねていたのだ。
でも夏休みの頭にポチった。今日の夕方、つまりこの時間帯に届くはず。
それで結局俺は――
ピンポーン。
「来たっ!!」
ベッドから転げ落ちて、イヤホンを外し、這いずり玄関に向かう。
最低限の人間性を確保するべく立ち上がり、手汗をズボンで拭った。
深呼吸。
やっとコエカに歌ってもらえるんだ!
「はーい!」
普段より数段高い声で扉を開く。
配達員の方はいくつか荷物を持っていた。彼の背にはキャリーケースより少し大きいくらいの段ボールが見える。なんだろう家電かな。
しかし俺の目当てはその小さな箱だ。コエカは漫画雑誌くらいの大きさの箱にDVDディスクが入ったものである。
「ご苦労様です」サインを書いて、うきうきしながら両手を伸ばし――配達員はキャリーケースより少し大きいくらいの段ボールを運び込んだ。
「えっ!?ちょっと!?」
台車に乗せた段ボールは実にスムーズに1Kの我が家に鎮座し、淡々と彼は去ってしまう。
あっという間の出来事過ぎて止めることができなかった……なんだこれ絶対俺んち宛てじゃないだろ。
宛先を見るとちゃんと自宅だった。
「つまりあれか。俺がどっかのタイミングで買った機材がたまたま今届いたということか」
腕を組み最近何を買ったか思い出す。
「そういえばギターアンプを買い替えたいと考えてネットサーフィンしていた気がする」
大きさもアンプと言われたら納得できる。
我ながら金遣いの荒さにゾッとする、こんな大きな買い物なら覚えとけよ。
コエカ届くのはもう少し先だろうか。
「なんだよ焦らせやがってー」
好きなコエカ曲を聞きながら期待を膨らませるのも楽しいが、これを開封して時間を潰そうかな。
デスクからカッターナイフを掴みガムテープに刃を通す。
「にしても大きいなこれ。大人ひとり……いや女の子ひとりくらいなら入るだろ」
――俺が買ったのは
踵にも届きそうな長い銀髪。青い近未来チックな衣装は薄くも厚くもない胸を隠し、凛とした表情に青い瞳は知的な印象を与える。
高校生くらいの少女である青音レコの声は微炭酸のように爽やかで、聞いた人を青春に連れ戻すようだと言われている。
彼女を一言で表現するならクーデレヒロイン。
青音レコを選んだのは、俺が今一番求めてるものを彼女なら表現できるだろうと思ったから。
コエカに捧げて取り返しのつかなくなった青春を取り戻せると淡い希望を抱いたから。
「こ、これ」
段ボールを開くと少女が入っていた。
膝を抱えた長い銀髪の少女が俯き加減で箱にすっぽり収まっている。
「開封確認。各モジュール問題なし。視界良好。
波のない合成音声が少女から聞こえて、静かに、そしてゆっくりと立ち上がった。
「ひっ!」
驚きのあまり腰を抜かした。
彼女の目は淡い青色に光っている。装着したヘッドフォンも同じく”機械を起動したときみたく”明滅していた。
『踵にも届きそうな長い銀髪。青い近未来チックな衣装は薄くも厚くもない胸を隠し、凛とした表情に青い瞳は知的な印象を与える。』
「あ、青音レコ?」
レコによく似た少女は俺の頬を両手で掴む。強い力。逃れることはできない、脳裏によぎるのは機械の反乱とかAIの逆襲のような映画たち。
生命の危機!
強く目を瞑り、せめて痛くないようにと祈った。
一文字に結んだ唇に冷たく柔らかい感触が伝わる。目を開けるとレコによく似た少女の顔が息のかかる距離にあった。けれど吐息らしいものはかからない。
「へ?」
「……認証完了。私は『Koe Kawari 青音レコ ver.3.0』、この度はご購入ありがとうございます。今後の作曲活動から寝食に至るまでサポートさせて頂きたく存じます」
華麗な所作で彼女は頭を下げる。
『青音レコの声は微炭酸のように爽やかで、聞いた人を青春に連れ戻すようだと言われている。』
「これからよろしくお願いしますね。井ノ中可也様――いえ、マスター?」
頭を上げきらず愛嬌たっぷりに彼女は――青音レコは微笑む。
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