4曲目 青音レコは平気で下着を盗む

 一方その頃、井ノ中邸。


「暇ですね」


 用意された座布団に正座したまま可也の帰りを待つレコ。


 物珍しそうに見回す。「本当にコエカがお好きなのですね」整頓された部屋の中、機材の山とコエカグッズを飾る棚を青い瞳に映して呟く。


 可愛らしくポーズを取る『青音レコ1/7スケールフィギュア』を手に取り、スカートの中を覗く。


「……白がお好みなのでしょうか」


 そっと自分スカートの中も確認し頷く。

 


「お帰りになるのは二十二時頃……まだまだ遠い……おや?」


 ふと目についたのは布のはみ出すタンス。引き出しを開けると、ごちゃごちゃに服が入っていた。二段目、三段目も一枚さえ畳まれていない。


「まるで急いで隠したようですね」


 素足でぺたぺた歩き回っていると洗濯機が見つかる。洗濯カゴには大量の衣類が溜まっており、男子学生特有の汗臭さを放つ。


「すんすん……これはこれはいけませんね……すんすん……」


 下着の臭いを嗅ぎながら台所へ向かえば、洗い物が溜まっていた。冷蔵庫の中には賞味期限の切れた食品ばかり。


「マスターは思ったよりだらしのない人なのですね……そうだ!全部私がやってあげましょう!洗濯も掃除も料理も!歌は……駄目でしたけど、こっちで挽回です!」



 ◇



「俺のパンツが危ない……!?」


「いきなり変態発言だねえ。見るより見せるのが好きな性質かい?」


「急にそんな気がしただけで、っていうか誰が変態だ」


「話を戻すけど、」


 究実は自分のジュースの封を切り、喉に流し込む。


「そんなに心配ならもう帰っても大丈夫だぜい。どーせロボットたちが働いてくれるしねえ」


「いや金欠だし、時間までいるよ」


「音楽機材に使い込んでるんだっけ。コエカワリとかいう合成音声、そろそろ届く頃なんじゃないのかねえ?」


「ま、まあ届いたけど……なんでそれを」


「君は口を開けばコエカの話だ。いやでも覚えちゃうよ、買ったのは青音レコだろう?」


「オタクじゃない人にオタクトークしてしまう面倒なオタクでごめん……」


 改善したと思ってたのに全く変わってなかった!恥ずかしい!


「いいや、私とてオタクと言えばオタクだよ。ロボットオタクだ、散々君の脳みそじゃ理解できない話もしたしね」


「じゃあお互い様か」


「似た者同士だね」


 若き天才は事もなげに笑いかける。


「それでも、匙はそれで稼げて社会貢献できてる。俺は一つも生産的じゃない」


「『今はまだ』だよ。君はこれからコエカの曲を作る、その曲は人々の心を打ち、相応の評価を得るんだ。何も心配する必要はない。それにね、」


 彼女の口調は窘めるものに変わった。


「好きなものへの愛は実力で測れるもんじゃないぜ」




 終業時刻を過ぎて灯りの消えた店の前で匙を待つ。点々と灯る街灯だけが周囲を照らし、今晩は月のない熱帯夜だ。

 ぬるいジュースを飲んでいると、大きく手を振って裏口から匙が駆けてくる。


「ひゃー!今日も楽な仕事だったねえ!」


「ロボットのおかげでな」


 彼女からすればロボットの開発、メンテナンス、仕事量は普通に働くより多いだろうに、よく言う。


「そういえば、匙はなんで俺の友達なんだ?立場も才能も釣り合うとは思えないんだけど」


「私は君の友達になりたいと思ったから友達になったんだ。立場や才能なんて微々たる要素だよ」


 彼女は俺の背を強く叩く。


「らしくないなあ!君は君の知能レベルに合ったことを言っていれば良いのだよ!」


「喧嘩売ってんのか」


「まさか!君を買ってるんだよ!」


 銅色の髪を揺らし、ケラケラ快活に笑う。


「好きなものに一途であることは何よりも大切なことだぜ。そら青音レコが待ってる!私なんて待ってないで早く帰ったら良かったのに!」


「夜に女の子ひとり放っておけるかよ。俺の為を思うならとっとと行くぞ」


 歩き出して――彼女は立ち止まっていることに気付き、振り返る。


「ほら、行くぞ、できるだけ早く」


「……君はそういうとこあるよなあ」


「なんか言ったか?」


「なんにも!」


 顔を赤らめ再度私の背を強く叩いた。



 ◇


 

 一方その頃、井ノ中邸。


「これは……まずいですね」

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