よみがえる水滸伝

@con

第1話 よみがえる宋江

終電を降りて、酒に足を取られながら山北は家路に向かっていた。


くさくさしていた。職場で、上司に納得がいかない理由で叱責された。職場仲間を相手に安い居酒屋でさんざん愚痴を吐いた挙句、千鳥足で夜道を歩いていた。


神社の敷地を変なところから突っ切ろうとしていた。通ると近道になる。正規の道ではないが、地元の人々がときどき使うせいで獣道のようになっている。特に手入れはされておらず、時期によっては靴や服が汚れる。しかしいまは早く家に帰って布団にひっくり返りたかった。山北は脛ほどの高さに伸びている草を蹴散らしながら、暗いところを進んでいった。


不意に、硬いものにつまづいて転んだ。石か何か。これまで何度かこの道を通ってきたが、そんな障害物があるとは気づかなかった。飲み過ぎたか、と自問と自責をしながら、山北はふらふらと立ち上がって周囲を確認した。なんとなく、遠くに見える街灯だとか家屋の影などが見慣れない画のように思えた。少し道を外れたのだろうと思い、月明かりでぼんやりと見える神社本殿の白い漆喰を目印に、どうにか方向を修正して帰路に就いた。


翌朝。案外、昨日の酒は残っていない。いささかの気持ち悪さはあったが、水でも一杯飲めば消えそうだった。平日。山北は用便と水飲みと今日の仕事のために起きた。1DKの安アパート。日常使いの部屋に布団を延べている。


「お目覚めかな」


やおら、見知らぬ人物に声を掛けられ、山北は肝をつぶした。部屋の中央に置いたテーブルに、昔の支那人が着ていそうな服を纏った男が堂々と座っていた。一人暮らしなので平素は気にしたことはなかったが、見知らぬ男は位置的には上座に座っていた。


「あの、どちらさまですか」

「これは失敬。私は宋江というものだ。山北殿、世話になる」


山北は寝起きの頭で懸命に考えた。この、宋江と名乗る男は何者なのだろうか? 鷹揚な物言いからは敵意を感じさせない。学生時分の下宿に抜き落ちでやってきた親に遭遇したような感じがする。しかしそれはそれとして、こいつはどこからやってきた何者なのか。


山北は昨夜の酒を思い出そうとした。たとえば酩酊して行きずりの異性を連れ込むという話、自身では経験はないにせよ、そういう話は世にありふれているらしい。あるいは、場末の酒場で意気投合した見知らぬ人物を自宅に招いて正体がわからなくなるまで飲み明かすとか、これもやったことはないが、そういう話もなくはないと聞く。隣りの部署には、そういう酒癖のやつがいると聞いたことはあるが……。


昨夜の酒は、最後の店を出たところまで記憶にあるし、最寄りの駅を一人で降りたところもおぼえている。それから、近道をしようと神社を横切って何かにつまづいて転んだことも思い出した。


「私はかつて宋と呼ばれていた国で暮らしていた。民の困窮を憂いて、世に道を示すべく同志を募り、梁山泊を築いてそこの首領を務めていたのだ」

「梁山泊……。ああ、水滸伝の」

「うむ。あれは美しい夢であった。結末は知ってのとおりだ。我ら梁山泊は宋と戦い、奮闘かなわず敗れたのだ」

「はあ、まあ」


山北はやや気の抜けた相槌を打った。水滸伝は学生のころ読んだことはあったが、おおざっぱな話のすじはおぼえていても、細かい部分は忘却の彼方にあった。最後どうなったのかも実はよくおぼえていない。


「なるほど、そちらが宋江さんだということは、ひとまず前提として受け入れましょう。けど、当然の疑問になりますが、なんでこの現代によみがえったんですか。しかもわざわざ海を渡って」

「そのことだがな、山北殿。そなたは最近どこかで石祠を壊さなかったかな。それほど大きくはないだろう」

「祠、ですか……。あ、昨晩のことになりますけど、近所の神社の近くでなんかそういう感じのものを蹴り飛ばしました。暗くて確認してませんが、いわれてみれば確かに石の塊のようだった気がします」

「うむ、どうやらその石祠に私の最後の魂魄が封じられていたらしい」


宋江がしみじみと語ったところによれば、梁山泊との戦いで懲り懲りした宋の役人どもは、金輪際、替天行道の志が世に蘇らぬよう、その魂を封印することを試みたのだそうである。


「私の魂魄は四つに分割され、西夏、遼、南宋、そして日本と方々に封じられていたのだ。大陸にあった三つは、その後の梁山泊の同志たちが見つけ出し、私の魂魄を解放してくれたのだが、ついに日本の一つまでは見つけられなかった。瓊英の一団や致死軍が、能う限り探したのだがな」

「つまり、私は命の恩人ってわけですか。変な話になりますが」

「さだめしそうであろう」


だいたい事情が呑み込めてきた。しかしそれはそれとして、山北は今日も仕事があった。あと三十分以内に、トーストをコーヒー牛乳で流し込んで、歯を磨いてひげをそって、用を足し、あたふたと職場に向かわねばならなかった。


「宋江さん、あなたの事情はおおむねわかりました。けど、私にも事情がある。これから仕事行かなきゃならんのです。戸締りしたいんですが」

「や、これは気づかなんだ。なあに、留守番ぐらいは構わん」


やんわりと退去を促したのだが、悠久の時を超えて復活した元梁山泊首領には全くその意図が伝わっていないようである。宋江。遠慮や気後れらしき感情をみじんたりとも発露することなく、懐手のままどっしりと腰を下ろしたままでいる。なるほど、大人物であることには違いない、と妙に納得させられた。


時間が逼迫していることもあり、山北はそれ以上の押し問答は棚上げにして、のろのろと朝食の準備を始めた。


「朝餉か。私の分も余裕があればいただこうかな」

「まあ……いいですけど」


わずかな抵抗とばかりに少しだけいいよどんでみせたが、無論のこと、そんな下々の心の機微などこの大人物に伝わろうはずがない。


トースターの前でパンが焼けるのを待っていると、いつのまにか宋江が近くに立っていた。後ろ手に組んだ風情は手伝いにやってきた様子ではなく、物珍しさで見物しているだけのようである。


「ほう、私が生きた時代には見たこともない道具だ。私には仕組みはわからぬが、それで料理を焼いてくれるのか」

「そうですね」

「こういう細工が好きな者たちも、梁山泊にはいたものだ。彼らなら、あるいはこのからくりに興味をもったかもしらん。千里の馬は常に有れども、伯楽は常には有らず。嗚呼、あの戦いでどれほどの才が失われたことだろうか」


何やらしみじみ感慨にふけって、演技かまぶかはわからぬが、宋江は目元を袖で拭って見せた。しかし、梁山泊にいた好漢らの人となりをたいして存じ上げぬ山北にとっては全くの他人事だった。いささか鼻白むところもあり、宋江の挙動に特に反応はせずに放っておいた。


宋江は「うまい、うまい」としきりに感心しながら、トーストをパクパクと四枚も平らげた。そのおかげで山北の食パンのストックは底をついたが、何か気の利いた嫌味を口にする元気も暇もなかった。


「馳走であった。さてと、さしあたっての礼であるが、こんなものでよければもらっていただきたい」


出社の準備に忙しい山北が生返事をしていると、おもむろに宋江は懐から札束を取り出してテーブルに置いた。余裕で横にも縦にも立つほどの厚さである。直には見たこともない大金に、さすがの山北も度肝を抜かれた。


「正直申すが、相場がわからぬ。不足でなければいいのだが」

「いやもう、出し過ぎですよ。いきなりこんなの困ります。贈与税の仕組みとかもよく知らないですし」

「これはしたり。しかし懐かしい、かつても旅先で相場を外れた過分な銀をわたそうとしては、周囲のものたちに呆れられ、たしなめられたものだ。李逵などは、そんなところも私らしい、とかえってよろこんでいたがな」


とてつもない現ナマを目の当たりにした山北だったが、能天気に受け取ってどういう事態を招くか予想がつかず、それに電車の時刻が迫っていることもあり、平日の朝にすることじゃないと内心で舌打ちしながら、宋江への応対も含めてまたしても棚上げすることにした。


「ええ、あの、宋江さん、あなたがお金持ちだってことはよくわかりました」

「梁山泊はな、兵站で困ることはなかった。盧俊義殿や柴進殿たちのお陰だ」

「そうですか。けどまあ、私はもう出かけにゃなりません。電車の時間が。後でまた話しましょう。外出したければしてください。戸締りはいいですから。盗られるほどのものもないですし」


時刻表を頭に浮かべつつ、さまざまな事情を強引に押し流しながら、山北はアパートを後にした。宋江という人物を完全に信じているわけではないが、しかしともあれ、仕事という壮絶な義務感には逆らえなかった。今日は発注先との打合せがあった。今日ほど、グレゴール・ザムザに共感できたことはなかった。


定時で帰った。親戚が遊びに来ているとかなんとか、そういう感じのことを周囲にアピールして家路についた。


「これはこれは、達筆だの」

「うむ。我ながらうまく書けたと思う」


山北が急いで帰ってみると、宋江はアパートの入り口で大家と話し込んでいた。どこから調達してきたのか、宋江は大きめの毛筆を手にしていた。さらにあたりに注意を向けると、かつては「小幌荘」としたためられていた表札が、堂々たる字体の「梁山泊」に上書きされていることに気付いた。赤提灯か杉玉でも隣りに吊るしておけば、居酒屋と見間違えるほどの出来である。


「おお、山北殿、ちょうどお帰りか。倫子殿と話が盛り上がったものでな。こちらの家屋の名称を梁山泊と呼ばせてもらえることになった」

「山北さん、こんな立派な人と知り合いだったなんてあんたも隅に置けんね」


宋江が語るところによれば、山北が出社したのち、しばらくは部屋でおとなしくしていたがやはり暇を持て余し、ふらり外に出てみたところ、丁度、アパート周辺の掃除に来ていた大家の王矢倫子と遭遇したとのことである。


「倫子殿と役人どもの悪口で実に話が盛り上がった。彼女が抱く叛逆心の熾烈さは、梁山泊の同志たちにも決して引けを取らん」

「おうよ、世にはびこる腐れ役人なんざ八つ裂きにひても飽き足らんわいな」


山北も聞かされたことがあるが、倫子は若いころにちょっとやんちゃをしていた時期があった。機動隊やら警官隊やらに石とか火炎瓶などを投げたり、ゲバ棒を振り回すような運動をしていた。その闘争の日々で、あるとき機動隊員にしたたかに顔面を殴り飛ばされて、鼻の軟骨をつぶされた上に前歯を三本折られた。倫子はいまだにそのことを根に持っていた。歯抜けの彼女はサ行の発音がままならず、しゃべるたびに臥薪嘗胆の恨みを深める有り様であった。


とはいえ、山北とて倫子の役人嫌いには閉口しているのは確かだが、その恩恵にあずかっている側面もあるため、一概には彼女の態度を非難できずにはいた。


梁山泊(旧小幌荘)の家賃は法外に安かった。相場の二十分の一ほどであった。これは山北が倫子の親戚か何かで便宜を図ってもらっているなどではなく、そのぐらい安くしなければだれも住んでくれないからであった。だがその苦労の甲斐もなく、現在の梁山泊には山北のほかには倫子しか住んでいなかった。


数年前、山北が不動産屋で適当な物件を探していたところ、驚愕の家賃を掲げるアパートを見つけた。何かの間違いの気もしたが、万が一にかけて、担当者に尋ねてみたのであった。


「すみません、この物件ってホントにこの家賃なんですか」

「ん……ああ、小幌荘ねえ……。ええまあ、その金額で合ってます」

「えらい安いですけど、とんでもないボロい建物だったり?」

「いえ、建物はできて十年も経ってませんし、電気ガス水道インターネットだってきちんと通ってます」

「すごい優良物件じゃないですか。駅からも近いし、空いてるんならここにします」

「そうですか……。えー、備考欄に『お伝えすることがあります』って書いてありましょう? 百聞は一見に如かず、お時間あるようでしたら、いまから内見にご案内いたします。それから決めたって遅くはありませんよ」


現地を訪ねてみると、老婆と作業着にネクタイを締めた中年男性が、小幌荘の一部屋の玄関先で激しい言い争いをしている最中であった。いつ殴り合いへ発展してもおかしくないほどの剣幕である。


「あちらの女性はアパートの所有者の王矢さんで、男性は役所の職員ですな」


困惑する山北に、不動産屋の担当者は心底うんざりした口調で説明した。言い争っている二人は、双方ともお世辞にもガラが良いとはいえない。街中で遭遇したならば、目をそらして距離を取りたいところではあったが、不動産屋の担当者はとぼとぼと二人に近づいていった。


「おう、不動産屋。あんたからもこのクソ役人にガツンといってくれんけ」

「ねえ、不動産屋さん。あなたからもこちらのクソ大家に立ち退くよう説得してくださいよ」


不動産屋の担当者はどちらの訴えにも同意しかねる様子であいまいな苦笑を浮かべた後、倫子に入居希望者がいるから空き部屋を見せてもいいか尋ねた。


「そりゃあ、大歓迎だの。住人が増えればそんだけ心強いわい」

「えっ、お兄さん、あんたここ住む気? 正気かね。周り見てご覧なさい。あっちから向こうまでずっと空き家か更地ばっかりでしょ。ここに真っ直ぐ、線路通すわけ。ほんでいまだに居座って駄々こねてるの、このアパートのこのババアだけ」


しかし結局、山北は倫子のアパートに入居した。やはり破格の家賃にはあらがえなかった。週に一度は大家と役所の人間が未明から深夜にわたりえんえん大声で罵り合う声が聞こえてきたし、月に一度は山北のところにまで役所の人間はやってきて脅迫じみた文言を伝えてきたが、それを受忍すれば家賃の分だけ生活に余裕が生まれるのだから安いものである。


山北自身は公務員に対して特段の憎悪も親愛も抱いていない。「あいつらうまいことやってやがんな」と妬むこともあれば、「あの人らも大変なのだ」と労うこともあった。したがって、役所関連の人々に退去するよう説得されて、「めんどくさ」と反感する日もあれば、「公共の福祉の観点からいえば出ていくべきではなかろうか」と反省する日もありはしたが、結局のところなんらの態度も表明せずに、のらくらと生きていた。


あるときに、倫子に対して、これほどの圧力を受けながらなにゆえあなたはこの地を出て行かぬのか、と尋ねてみたことがあった。思い出が詰まった土地だとか、ふるさとの景観を守りたいとか、ありふれて無難で同情しやすい理由を想定していた。


倫子の回答は「純然たる嫌がらせ」であった。そこからさらに、倫子は若いころの武勇伝と、官憲に対する罵詈雑言を長時間にわたってまくし立てた。山北は聞いたことをまあまあ後悔したが、これも家賃のうちだと思って我慢した。


話は戻って、宋江と倫子はすっかり打ち解けた様子で話し込んでいる。よほど、役人嫌いで趣味が合ったらしい。


「わしはな、宋江さん、ここを第二の成田にひちゃるわ」

「成田はご存じないが、私の時代でも似たようなことはあったから想像はできる。時の帝の我儘で大岩を運搬するために、どれほどの民の家や土地が奪われたことか。この時代についてはまだ詳しくないが、私のころよりかはずっと豊かなのだろうとは推測できる。しかし、異国のこととはいえ、いまだ官吏どものかような横暴がまかり通っているとあっては、死んでいった同志たちも浮かばれまい。倫子殿、どうやら私が火宅によみがえった理由がわかってきた。天、我材を生ず、必ず用有り。今生こそ、天に替わって道をなそう」


山北は、自分が何やら厄介なことに巻き込まれつつあると感じ始めていた。山北の思想は大多数の人々と同様に日和見主義的ノンポリであったから、公民の教科書に載りかねないほどの騒動にかかわるなんてまっぴらごめんであった。


「宋江さん、あのころとは時代が違います。法令とか治安とか世間の雰囲気も違いますから慎重な行動を」

「お心遣いありがたい。確かに私が生きた時代と比べれば現代の人々の心はそれほどすさんでいない気はする。景気づけに、この地を治める役人どもの首の一つ二つでもはねてやろうかと思ったが、今すぐはよしておこう」


梁山泊首領殿は実に物騒なことをいいだした。表情から察するに冗談のたぐいでもないようである。


「だいたい、私には武松や林冲のような膂力もなければ、呉用のような知力もない。たとえ山北殿の助けを借りたとしても、いまの態勢では荒事などままならぬ」

「えっ、私も頭数に入ってるんですか」

「なんじゃ山北さん、みずくさいことを。梁山泊に身を寄せてるからには、れっきとした同志に決まっとる」


これも家賃の一部と受け入れるかどうか、山北は懸命に頭をはたらかせたが、そんな世俗にまみれたせせこましい悩みなど、いうまでもなく宋江には届くはずもない。


「だがな、山北殿。私にはわかるのだ。かつての同志たちの魂魄も、いままさにこの世のどこかをさまよっている。同志たちが再び梁山泊に集結したそのとき、そのときこそは替天行道の志を成し遂げて見せよう」


宋江はおもむろに夕日を向きながら哀愁じみた口調でいった。あっちの方角にむかし宋があったなあ、とか考えているのかもしれない。倫子はうんうんと力強くうなずいている。山北が浮世の義理で労務しているあいだに、この二人はずいぶんと仲良くなったようである。


「明日から忙しくなろうが、今日はこのあたりにしておこう。山北殿、済まぬが夕餉もいただけるだろうか」

「どうしてもというのなら、まあ……」


朝と同じく決して気乗りはしなかったのだが、一万円札を適量受け取ってしまい、しかたなく山北は近くのコンビニで食料を調達してきた。宋代の支那人の口に合いそうな現代の料理というのもよくわからなかったが、パンをおいしく食べるようなやつなのでなんでもよかろうと手当たり次第に買って帰った。


「ほう、これはうまい。うむ、これもうまい。いや、これもうまいぞ。うまい、うまい」


案の定、宋江は和洋にかかわらずなんでもよく食べて飲んだ。実際のところ、多少は口に合わないものがあってもおかしくはないが、ああいうふうに出された食事をおいしく食べて見せるというのも上に立つ者の責務なのかもしれない、と山北は思った。


「馳走であった。こうして物を食べていると、往時を思い出すものだな」

「へえ」

「卓に並べた料理もよいが、野宿のときなどもまた違った趣があったものだ。捕まえた兎やらを焼くのだが、そういうとき、李逵が持っている野草や実をすりつぶした香料をかけると、別格の味わいになったものだ」

「そうなんですか」


酒のせいもあるかもしれないが、宋江はさらに饒舌になった。しかし、果たして山北はこの酔っ払いをはなはだ持て余し、職場の忘年会なんざを思い出しながら、適当な相槌を打っておいた。


「山北殿に用意いただいた食事もすばらしいものであったが、それはそれとして、李逵がふるまってくれた料理も懐かしい。願わくは、今一度あれを口にしたいものだ」


山北が渡す缶ビールをカパカパ開けながら、宋江は感慨深げに語った。よほど、李逵に未練があるらしい。


「李逵さんの料理については知りませんけど、中華料理……まあそのなんですか、痺れるような辛い料理を出す、そういうお店なら近所にありますよ。方向性は似てるかもしれませんし」

「かたじけない。あのころの記憶に近づけば、梁山泊の同志たちに近づけるかもしれぬ」


宋江はしきりに感嘆の声を挙げながら、総菜だけでなく、缶ビールと缶チューハイをけっこうな量飲んだ。何をいってるのかわからなくなるまで飲んだ。別に止める筋合いもないので飲みたいようにやらせたのだが、それにしてもかなりの飲みっぷりであった。


宋江から料金以上のお金を受け取っていたので山北の懐は痛まなかったのだが、何度も「妓楼に行く」と騒ぐのには参った。かと思えば、宋江は突如横になるとたちまち眠りに落ち、挙句、工事現場もかくやという大いびきを放つものだからたまらない。やはりこいつはとてつもない大人物である、と山北は再認識した。

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