第2話 達人達

勤行をすると塩辺剛山先生の姿がふわりと通り過ぎるのが見えた。

胴着姿で竹を割ったようなカラッとした人柄が感じられる。

竹中先生の姿も見えるようになった。


「ほんとかよ!」


目には見えないがそこにいることがわかる。

高士は嬉しくなり勤行後の鍛錬では質問をした。

ちょうど塩辺先生が弟子に両手で方腕を持たれたときの技を動画で観ていた。

高士の学んだ合気道では腰を落として崩しそのまま腕を伸ばして後ろへ倒す呼吸投げという技がある。

しかし塩辺先生は持たれたまま弟子を床へ崩してしまった。


高士は言葉が伝わるかわからず両手持ちのジェスチャーを入れて聞いてみた。


「あの崩しどうやってるんですか?」


塩辺先生は気さくに答えてくれた。

と言っても言葉は聞こえない。

尺骨の方から力を流すと言ってるようだった。

試さないとわからないが別のことを聞いてみた。

イメージにある胴着姿の塩辺先生の右腕に意識がいった。

考える前に自然とその右腕を両手で掴んでいた。

もちろん亡くなられているので体はない。

しかし腕を掴んだ形を取ると高士はその場に立ち尽くした。


なにが起こるんだ?


相手は霊だ。


生前は武道の神様とまで呼ばれた先生だが鍛えたかつての体が無くてどうするんだろうか?


すると高士の左足が崩れ腰が落ちていった。


「うそっ!そんなことある?」


さらに前方へ引っ張られた。

室内なので受け身は取れずその場に立ち止まった。

塩辺先生がさらに前方の方で床まで右腕を落としているイメージが見えた。


「本来ならここまで落としてる」


そんな言葉が頭に浮かんだ。

高士はおそらく人類史上初めて霊の腕を取らせてもらい技をかけてもらった人間だろうと思った。

あらゆる武道家のエピソードでも聞いたことがない経験をさせてもらっている。

興奮して次の疑問を聞いてみた。


「じゃ。片手だったら?」


逆半身片手取りと言って例えば左手首を右手で掴まれるという状態から横に体を捌いて崩すのだが高士は13年合気道をやっていてもしっくりくるやり方がわからなかった。

塩辺先生は「それはこうだよ」となんでもないように指を指して教えてくれた。

高士の頭に他の技で使ってるある方法が思い浮かんだ。

そうだ!別の技で使ってることをなぜやらないんだ?

己の頭にある知識が理屈として繋がり答えが見えた。

塩辺先生の言葉が脳裏に走った証拠だ。


「わかる…言ってることがわかるぞ!」


そこで本部で聞いた竹中先生の技を聞いてみた。

竹中先生も気さくに教えてくれた。


「橈骨を押仕込むようにしてあとは二教の裏の要領で腰まで崩せばいい」


なるほど!理屈としてわかる!

自分で己の腕の橈骨を押し込むようにし二教の裏をかける感じで叩いてみた。

崩しの感じはわかる。

ただ軽く叩いた一瞬で橈骨を押し込んで二教の裏の崩しをかける?

間違いなく達人の技だ。

養心会合気道のレベルの高さを感じざるおえない。

高士は合気道にはない己の考えていた崩しを聞いてみた。

すると一瞬塩辺先生はやったことないことだがすぐに重心のかかり方でそれができることを教えてくれた。


なんでも答えてもらえてる…


高士の人生で初めて起きたマンガのような奇跡だ。

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