第125話 出発


「ごめんなさい」

 そわそわしながら授業の終わりを待って、ついにクレープ屋の話を切り出したアルマークに、ウェンディは申し訳なさそうに謝った。

「さっき、お昼休みにカラーと約束しちゃったの。あの子の買い物に付き合うって」

 ウェンディが挙げたのは、彼女のルームメイトの1組の女子生徒の名前だった。

「あ、そうなのかい」

 アルマークは肩を落とす。

「それは残念だな」

「本当にごめんなさい」

「いや、いいんだ。僕が誘うのが遅かったのがいけないんだ」

 アルマークは真剣に反省した。

 本当に大事なことというのは、他の何を差し置いてでも、真っ先に手を付けなければならない。

 さもないと、こういうことになる。

「私も、クレープ屋さん行きたかったな」

 ウェンディの表情は、アルマークに気を使った社交辞令というわけではなさそうだった。

「また今度誘ってね」

「ああ。もちろんだよ」

 ウェンディをこれ以上謝らせるわけにはいかない。アルマークは内心の失望を押し隠して、笑顔で答えた。



 放課後。

 ウェンディやウォリス、トルクたちが出て行き、すっかり人の少なくなった教室には、アルマークとモーゲン、ネルソン、レイドー、ノリシュ、リルティの六人が残っていた。

「えー、ウェンディだめだったのかぁ」

 モーゲンががっかりした声を上げると、アルマークはうなだれた。

「申し訳ない」

「ま、ほかに予定があったんなら仕方ねえんじゃねえの」

 さして気にもしていない様子でネルソンが言う。フォローするというよりも、本当にそうだろうと思っている表情だ。

「別に、クレープ屋はなくならねえし。行きたきゃ、また今度行けばいいんだよ」

「ああ、そうだね」

 アルマークは頷く。

「ネルソン、君の言うとおりだ」

 アルマークの真摯な眼差しに、さすがのネルソンも困った顔をする。

「俺、当り前のことしか言ってねえけどな」

「いや。勉強になるよ」

「勉強にはならねえだろ」

「そういえばモーゲン、大事なことがあるんだよね」

 レイドーがごく自然に口を挟んだ。

「それをみんなに伝えたほうがいいんじゃないかい」

「ああ、そうだった」

 モーゲンは表情を改める。

「みんな、大事なことだからよく聞いてよ。僕らが今日行くクレープ屋さん、ブレンズによると混む日は整理券が配られるんだって」

「整理券?」

「うん。まずはお店で整理券をもらって、じゃあ何時ころに来てくださいって言われるんだ。その指定された時間に行けば、クレープが買えるってわけ」

「ずっと並ぶ必要がねえのか。そのほうがいいじゃん」

 飽き性のネルソンが顔を輝かせる。

「整理券もらったら、時間までほかで遊んでられるんだろ?」

「そうなんだけど、残念なことも一つあるんだ」

 モーゲンが肩を落とす。

「な、なんだよ」

「買えるクレープの数が制限されていてね。一人二つまでなんだ」

「……」

 アルマークたちは顔を見合わせた。

「二つは、いらないかも」

 ノリシュが遠慮がちに言う。

「もちろんその場にならないと分からないけど」

「私も……」

 リルティも小さな声で同意する。

「まあ、食えって言われりゃ二つくらいは食えるけど」

 ネルソンが頭の後ろで手を組む。

「モーゲンはいくつ買うつもりだったんだよ」

「うん。まあそれは、どれくらい持てるのか、両手と相談する予定だったんだけど」

 そう言ってモーゲンはもっちりした自分の手を見る。

「持ち切れるなら、四つくらいは」

「四つ?」

 アルマークたちはまた顔を見合わせた。

「夕飯前にそんなに食うんじゃねえよ」

 呆れた顔のネルソンに、モーゲンは頬を赤くして言い返す。

「夕飯は別腹じゃないか」

「同じ腹だよ。ここだ、ここ」

「わあ、やめてよ。うひひひひ」

 ネルソンにお腹をさすられたモーゲンは、くすぐったそうに身をよじる。

「ほら。バカなことしてないで」

 ノリシュがぱんぱんと手を叩いた。

「つまり、早く整理券をもらわないと売り切れちゃうってことでしょ? 急いで行こう」

「そうだね」

 アルマークたちは揃って教室を出た。



 その日の時間や目的次第では、寮で私服に着替えてから街に出ることもあるのだが、今日のお目当てはクレープだ。

 ノルク魔法学院の生徒であることを敢えて隠す必要もない。

 寮の自室に鞄を放り投げてお小遣いを持つと、アルマークたちは玄関の大扉の前に集合した。

「一、二、三、四、五、六、七。よし、全員揃ったね」

 仲間の数を数えたモーゲンが、さっそく歩き出そうとするが。

「……ん?」

 レイドーが何かに引っ掛かった顔をした。

「モーゲン。今何人って?」

「え? だから、七人」

「いや。教室に残ったのは六人だったじゃないか」

「ええ? だって、ちゃんと数えたよ」

「アルマーク、モーゲン、ネルソン、ノリシュ、リルティ、それに僕。ほら、六人だ」

「おかしいなあ」

「モーゲン、レイドー」

 アルマークは笑いをこらえて、自分の隣にいつの間にか立っていた生徒の肩を叩いた。

「ピルマンが来てるんだ」

「やあ」

 ピルマンは笑顔で自分のお腹をさする。

「マイアさんのくれたパンのおかげで午後の授業は大丈夫だったんだけどね。僕もそろそろお腹がすいてきたから、一緒に行くよ」

「なんだ、ピルマンか」

 レイドーは納得したようにうなずく。

「君は本当に気配を消すのがうまいな」

「自分では消してるつもりはないんだけどね」

「悲しいこと言うなよ」

 ネルソンが言う。

「七人かあ」

 とモーゲンが微笑んだ。

「行くのは多ければ多いほどいいよね」

「あ、モーゲン。さてはお前、みんなの一人二個の枠を自分がもらおうと思ってるな?」

「そ、そそそそんなことないよ」

「ほら。いつまでくだらないこと喋ってるのよ」

 ノリシュがため息をついた。

「整理券なくなっちゃうよ。行くよ!」

 そんな風にして、アルマークたちはノルクの街へと出発した。




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