第122話 石当て
アルマークは食堂を出た。
教室で待っていればウェンディには間違いなく会えるだろうが、トルクたちと約束してしまっている。
武術のことだと言っていた。ほかのクラスの生徒に聞かれたくない、とも。
何か作戦でも考えているのだろうか。
アルマークは武術場の裏へと足を向けた。
そこには、特徴的な丸い葉をたくさんつけた高い木が立っている。
夏季休暇の前までは、アルマークはその木の名前を知らなかった。
木の下に、トルクたち三人がいた。
無表情のガレインはのっそりと立っているが、デグは座り込んでだらしなく足を投げ出している。
トルクは、アルマークに背を向けるようにして木に寄りかかっていた。
「ごめん、待たせたね」
アルマークが近づいていくと、デグが顔を上げて、地面の石をふわりと浮かせる。
「別に待ってねえよ。俺らもさっき来たとこだ」
デグが手を動かすと、それに呼応したように石が大きな弧を描いてアルマークに飛んできた。アルマークはほとんど見ることもなくそれを掴む。
「おお、さすが」
デグはにやりと笑った。
「こっちこそ、わざわざ来てもらって悪かったな」
トルクとガレインは何も言わない。
「いや、別に」
アルマークは石を投げ返す。途中まで飛んだ石はデグの手前で急に勢いを失い、彼の足元に落ちた。
小石程度の操作なら、デグの浮遊の術はもう自由自在だった。
「君の浮遊の術は、いつ見てもすごいな」
「それほどでもねえよ」
デグは満更でもない顔で答える。
アルマークは木の下まで来ると、その幹に手をついた。
「カガミバの木だ」
北の少年の言葉に、トルクがちらりと木を見上げた。
「それがどうした」
「世界のことを一つずつ知っていくのは、面白いね」
アルマークは木を見上げて微笑む。
「夏休みの間に植物のことも勉強したんだ。その中に、この木のことがあった。僕はそれまで名前も知らなかった」
「ふん」
トルクは鼻息だけで返事すると、木から体を起こした。
「勉強熱心で何よりだ」
アルマークはトルクに向き合う。
「武術のことって聞いたけど、何だい。朝の練習では言えないようなことなのかい」
トルクたち三人にピルマンをくわえたトルクチームとも、毎朝の練習は一緒に行っている。
技術的な話であれば、そのときに話してくれればいいことだった。
「まあ、武術といえば武術とも多少は関係するかっていう程度の話だ」
トルクは、はぐらかした。
「……?」
「だからよ」
トルクは頭をがしがしと掻いた。
「今日の放課後、俺たちは庭園の奥で中等部のやつらと会うことになってる」
「中等部?」
「ああ。いろいろあって、デグとガレインがそいつらと一戦交えることになってる」
「穏やかじゃないな」
アルマークは目を見張る。
「去年からの因縁でさ」
デグが言った。
「アルマークは知らないだろうけど、俺たちの一学年上にはいやな奴らがいるんだよ。そいつらの中の二人と、やり合うことになってさ」
「やり合うって、つまり剣で決闘でもするってことかい」
「え?」
驚いたようにデグはアルマークの顔を見上げ、それから声を上げて笑った。
「ははは、まさか。そんな決闘、俺に勝ち目ねえじゃねえか。一緒に練習してるんだから、アルマークだって知ってるだろ。俺の武術の腕前くらい」
「うん、まあね」
デグの武術の動きは、モーゲンほどにひどいわけではない。けれど、トルクやネルソンにはまるで及ばない。三年二組の生徒の中ではせいぜい真ん中といったところだ。
一歳年上の生徒を相手にするのは厳しいだろう。
「じゃあ、どうやって戦うんだい」
「石当てだよ」
「石当て?」
「あれ? 北ではやらねえのか?」
デグは足元の石を拾い上げると、今度は魔法ではなく自分の手で投げた。
武術場の壁に当たった石は、乾いた音を残して地面に転がる。
「こっちの子供は取っ組み合いのけんか以外じゃ、みんなこれで勝負するんだけどな」
デグの言葉に、アルマークはガレインを見た。
ガレインはぼそりと答える。
「俺も、知ってる」
「中原でもやるんだね」
デグの出身は南のガライ王国だが、ガレインは中原の大国ウィルコール王国の出身だ。
「ああ。ルールが、少し違う」
「ガライでも地域によってやり方が違うぜ」
デグが補足する。
「ま、ルールはこの前決めたんだ」
トルクが言った。
「そこが一番揉めるからな」
「あいつら、自分たちに有利なようにルールを捻じ曲げようとしやがるからな。年上のくせにきたねえ奴らだ」
「負けたら示しがつかねえとでも思ってるんだろ」
トルクは鼻で笑う。
「だから、デグ達には勝ってもらわなきゃならねえ」
「トルクはやらないのかい」
「俺は最初その場にいなかったからな。呼ばれてルールだけ決めた。俺が最初からいたら、石当てなんてかったるい方法で勝負するわけねえだろ」
「殴り合いとか魔法勝負じゃ年上には勝てねえから」
言い訳するようにデグは言った。
「必死に石当てを認めさせたんだ。これでも俺なりに知恵を絞ったんだってば」
「石当てか」
アルマークは腕を組んだ。
「北でも似たような遊びはあるかもしれない。どうやるんだい」
それに答えず、トルクは肩をすくめる。
「トルクはほとんどやったことねえんだってさ」
代わりにデグが言った。
「ほら、貴族様がやるような遊びじゃねえから」
「余計なことは言わなくていい」
トルクはぴしゃりと言った。
「さっさと説明してやれ」
「あいよ」
デグは立ち上がると少し離れた地面にがりがりと円を描いた。
小さな円と、それを囲むように大きな円。
「二人一組でチームを組むんだ。順番に石を投げて、相手の石をはじき合って、最後にあの小さな円の一番中心に石が残ってたやつの勝ちだ」
「ふうん」
アルマークは頷いた後で、気づいた。
「もしかして、僕を呼んだ理由って」
「練習するのに一人足りねえだろ」
トルクは言った。
「朝ピルマンに声かけたら、忘れ物がどうとか言ってたからよ。お前なら、武術の話って言や来ると思ってな」
そう言ってにやりと笑う。
アルマークはため息をついた。
「なるほどね。おかしいと思ったよ」
人数合わせか。それなら他を当たってくれればいいのに、とも思ったが、素直な態度ではないとはいえトルクが声を掛けてくれたのは、仲間と認められたようでもあって少し嬉しかった。
アルマークは観念して、三人の顔を見る。
「いいよ、やろう。チーム分けは?」
「お前は俺とだ」
トルクが言った。
「ほとんどやったことねえが、石を投げるだけだろ。大したことはねえ」
「それが意外とそんな単純なもんでもねえんだよ。いろいろと作戦があるんだ」
デグが嬉しそうに笑う。
「俺とガレインは、学院に来る前に結構やってたからな。俺は地元じゃ負け知らずだったぜ」
「へえ。すごいな」
「勘を取り戻せば、一学年上のやつにだって負けやしねえぜ」
「魔法を使ってもいいのかい」
「いいわけねえだろ」
トルクが呆れた顔をする。
「魔法を使った時点で反則負けだ」
「そうか。それなら僕も本気で相手するよ」
アルマークはまじめな顔で言うと、ローブの袖をまくり上げた。
「要は、北の“騎士合戦”みたいなものだろ。だったらやったことがあるからね」
結局、アルマークはトルクたちと昼休みいっぱい石当てに興じ、デグとガレインを完膚なきまでに打ち負かした。
「あんまり無茶苦茶やるんじゃねえよ」
校舎へ帰る途中で、トルクはアルマークに顔を近づけて小声で言った。
「デグが自信を失っちまったじゃねえか」
二人の後ろですっかり意気消沈しているデグをちらりと振り返る。
「あれじゃ中等部どころか初等部の二年にだって勝てねえぞ」
「そんなつもりはなかったんだけど」
アルマークは首をひねる。
「昔のことを思い出した。楽しかったよ、またやろう」
「またやろう、じゃねえ」
トルクは鼻を鳴らす。
「呼ぶやつを間違えたぜ」
「そう言うけど、君だって楽しそうだったじゃないか。ガレインの石を弾きだしたときはすごく嬉しそうだったし」
「うるせえな」
トルクはそっぽを向いた。
そのとき、予鈴が鳴った。
「授業が始まる」
トルクはわざと大声で言った。
「走るぞ、お前ら」
四人は走り出した。
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