第120話 誘い方

「よっしゃ、じゃあ誘ってみるか」

 何でも真っ先に行動しないと気が済まないネルソンが、さっそく教室の反対側にいるノリシュとリルティを振り向いた。

「なあ、ノリシュ!」

 教室の端から端まで響くような大きな声で、ノリシュに呼びかける。

「腹減ってねえか!?」

「はあ!?」

 いきなりの質問に、ノリシュが顔を赤くして怒鳴り返す。

「減ってるわけないでしょ!」

「なんだよ、じゃあもういいよ!!」

 ネルソンはそう叫び返すと、アルマークたちに向き直った。

「あいつら行かねえってよ」

「いやいや」

 レイドーが首を振る。

「いやいやいや」

「ネルソン、今のは聞き方が悪いよ」

 アルマークが穏やかに指摘する。

「今お腹がすいてるかじゃなくて、放課後にお腹がすくかどうかを聞かないと」

「あ、そうか」

「いや、ちが」

 レイドーが止めようとしたが、間に合わなかった。

「なあ、ノリシュ!」

「なによ!」

 すでにノリシュはケンカ腰だ。

「放課後、腹減ってるか!?」

「はあ!?」

 ノリシュはさらに顔を真っ赤にした。

「知らないわよ!!」

「なんだよ、じゃあもういいよ!!」

 ネルソンはアルマークたちに向き直る。

「腹減るか分かんねえってよ」

「いやいやいや」

 レイドーが首を振る。

「違うよ、ネルソン」

「あ?」

「ええと、なんて言えばいいかな」

 レイドーはこめかみに指をあてる。

「いいかい。この場合、お腹がすいてるかどうかはそんなに重要じゃないんだ。要は、モーゲンの言っているその新しいクレープ屋にノリシュも行きたいかどうかを知りたいわけだから」

「だって、腹が減ってなかったら行ったって食えねえだろ」

「うん、まあそうなんだけど、そこのところは今の段階じゃ分かんないだろ。僕や君だって放課後にお腹が絶対すいてるかどうかなんて分からないわけで」

「絶対すいてるよ、俺は」

 ネルソンはきっぱりと断言した。

「毎回、夕食のころには腹が減って倒れそうになってるからな。放課後に腹が減らないなんてことはありえねえ」

「うん、まあそうなんだけどね」

 レイドーは困った顔で前髪をかき上げる。

「何て言えばいいかな」

「難しい話はいいよ、レイドー。僕、聞いてくるよ」

 モーゲンがそう言うと、すたすたとノリシュたちに歩み寄る。

 ノリシュはモーゲンをじろりと睨んだ。

「モーゲン、あのバカさっきから何なの?」

「まあまあ」

 モーゲンはにこにことノリシュの怒りを受け流す。

「それより、さざ波通りに新しいクレープ屋さんができたのって知ってる?」

「あ、うん。聞いたわよ」

 ノリシュが反応した。

「一組のアリアがブレンズから聞いたって」

「さすがブレンズ」

 モーゲンは目を丸くする。一組の噂好きの生徒、ブレンズはモーゲンが聞きこんでくるおかしな噂の情報源でもある。

「耳が早いなあ」

「モーゲンだってさすがじゃない。もう知ってるんだから」

「うん、まあ食べ物に関することなら僕も多少はね」

「……私、知らない」

 リルティが遠慮がちに口を挟んだ。

 上目遣いでもの問いたげにモーゲンとノリシュを交互に見る。

 リルティが実はかなりのお菓子好きだということを、二人も知っている。

「そこのお店のクレープはね、ほかのお店とはちょっと違うんだ」

 モーゲンがさっきアルマークたちにしたのと同じ説明をすると、リルティの頬が紅潮してきた。

「それ、食べてみたい」

「そうだよね。誰だって絶対食べてみたいよね」

 モーゲンはうんうん、と頷く。

「それじゃあ今日の放課後、一緒に行こうよ」

「あ」

 ノリシュがようやく合点のいった顔をする。

「もしかしてネルソンのさっきのって、そういう意味?」

「あ、うん。そうだよ」

「なら普通に訊けばいいじゃない」

 ノリシュはため息交じりにネルソンを睨む。

「本当にバカね」

「まあまあ」

 モーゲンは笑顔でなだめる。

「それじゃあノリシュとリルティも行くってことで」

「あと誰が行くの?」

「僕とアルマークとネルソンとレイドーだよ。あと、ウェンディも誘おうかなって」

「うん、分かった。楽しみだね、リルティ」

「うん…!」

 リルティが頷く。

 そうやって話をつけると、モーゲンはすたすたとアルマークたちのところに戻ってきた。

「二人とも行くって」

「なんだよ」

 ネルソンが両腕を頭の後ろで組む。

「それなら最初からそう言えよ。めんどくせえ」

「まあまあ」

 モーゲンはにこにこと笑う。

「それじゃあ後はウェンディだね」

「ああ、僕が誘うよ」

 アルマークがそう言った時、授業開始を告げる鐘が鳴った。

「やべ、始まっちまった」

 ネルソンがアルマークを見る。

「じゃあアルマーク、聞いといてくれ」

「分かった」

 ウェンディの席はアルマークの隣だ。聞くタイミングはいくらでもある。

 ちょうどその時、廊下でほかのクラスの生徒と話していたらしいウェンディが教室に戻ってきた。

 アルマークたちもあわただしく席に着いた。




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