第107話 練習の誘い

 翌朝、授業が始まる前の教室でアルマークはネルソンに声をかけた。

「ネルソン、武術大会に向けて僕たちで自主練習をしないか」

 その言葉にネルソンは待ってましたとばかりに目を輝かせた。

「自主練か!」

 そう言って大きく頷く。

「やるよ、やるやる! アルマークが教えてくれるなら百人力だぜ!」

 思った以上の反応に、アルマークはほっとする。

「モーゲンとレイドーも誘おう」

「そうだな。よし、俺が声をかける」

 ネルソンは元気よく立ち上がった。

「おーい、モーゲン!」


 モーゲンはネルソンの話を聞いて、心底嫌そうに顔をしかめる。

「えぇ……もう武術大会のことは本番当日まで忘れていようと思ってたのに」

「何言ってんだ、忘れていいわけあるか!」

「だって、ネルソンとアルマークとレイラが勝てばそれで3勝じゃないか。僕とレイドーは負けても大丈夫だろ」

 モーゲンの言葉に、アルマークはそれもそうだ、と納得しかける。

 しかし、ネルソンは首を振った。

「ばか、お前3組の女子っていったら、あいつが出てくるに決まってるだろ」

「あいつって……あっ」

 モーゲンも何かに気付いた顔をする。

「あの子が相手になるのか……ロズフィリア」

「ロズフィリア?」

 初めて聞く名前にアルマークが反応する。

「その子、強いの?」

「ああ」

 ネルソンが頷く。

「すげぇ優秀な女だ。何でもできるんだ。休暇前の試験でも成績二位だった」

「二位」

 ウォリスの次ということだ。レイラは確か、四位だった。

「うちとの試合に出てくるか、それとも1組との試合に出るのかは分からないけどな。もしあれが相手なら、レイラだって勝てるか分からんぜ」

 アルマークは、昨日のレイラの言葉を思い出していた。


「負けるのは、もっと嫌」


 そうか、だからあのレイラがわざわざ武術の練習をしていたのか。

「男子だってコルエン、エストン、ポロイス。このあたりは手強いぜ。俺だって勝てるかどうか」

「それならなおさら僕じゃ相手にならないよ!」

 モーゲンが泣きそうな顔で言うが、ネルソンは許さない。

「だから練習するんじゃねえか。わからねぇやつだな」

「今さら練習なんてしたって……」

「お前のせいで負けたらどうすんだよ!」

 だんだんとネルソンが興奮してくる。

「負けるってことは三人以上負けるんだから僕だけのせいじゃないじゃないか」

 モーゲンが必死に反論する。

 確かにモーゲンの言うことにも一理ある。

「お前、そりゃそうだけどさぁ……」

「モーゲン」

 アルマークはモーゲンの肩を優しく叩いた。

「やるだけやってダメならそれは仕方ない。でもろくに練習もせずに本番で負けたら……」

 アルマークは声を潜めて、窓際の席に座っているレイラに目をやった。

「多分、レイラが激怒するよ」

「ひっ」

 モーゲンはそれを聞いて文字通り縮み上がった。

「わ、わかったよ。やるよ。二人でそんなに脅さないでよ」


 二人は次にレイドーのところに行く。

 レイドーはフォレッタ王国の靴職人の息子だ。

 武術も魔術もそれなりにそつなくこなす。

「練習か。二人が教えてくれるのかい? いいね」

 レイドーはすぐにそう言って朗らかに笑った。

「レイドー、お前のやる気を少しでもモーゲンの野郎に分けてやりたいぜ」

 ネルソンがレイドーの肩を抱く。

「で、いつやるんだい? 放課後?」

 レイドーの問いに、ネルソンが頷く。

「ああ、そりゃそうだろ。な、アルマーク」

「いや、実は……」

 アルマークは、申し訳なさそうに二人を見る。

「放課後、僕はイルミス先生の補習があるんだ。それが終わってからだともうずいぶん遅くなってしまうから……」

 ネルソンが、ああ、と声を漏らす。

「そういやそうだったな」

「だから、朝はどうだろう」

「朝?」

「うん。剣と防具はボーエン先生に頼んで人数分貸してもらって、朝早くに練習するっていうのは」

「僕は構わないよ」

 レイドーがすぐに応じる。

「ありがとう、レイドー。ネルソンは?」

「お前が教えてくれるのに、俺が嫌って言うわきゃねぇだろ」

 ネルソンもそう言って頷く。

「……あとは、君だな。どうする、モーゲン」

 いつの間にか背後で耳をそばだてていたモーゲンに、アルマークが声をかける。

「もう嫌だなんて言えないじゃないか。やるよ。やります」

 モーゲンは両手を挙げて降参するように言った。

「レイラと同じチームじゃ本気でやらないと怒られるもんなぁ……ウェンディのチームなら良かった」

 ぶつぶつとこぼすモーゲンの肩を、ネルソンがニヤリと笑って叩く。

「ウェンディのとこはトルクのチームだぜ。それでも良ければピルマンと交代してこいよ」

「嘘だよ、嘘。アルマークのチームでいい」

 モーゲンは慌てて言った。

「よし、じゃあ明日の朝から練習しよう」

 アルマークの言葉に、三人が頷く。

 これでとにかく練習の態勢は整った。

 あとは……

 アルマークは考える。

 僕は他のクラスの学生のことを何も知らない。

 情報収集と敵情視察が必要かな。


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