第108話 自主練習

 翌朝から、四人の自主練習が始まった。

 ボーエンが快く貸してくれた剣と防具を持ち出して、寮から少し離れた場所で練習する。

「3組の奴らに見られたら研究されちまうかもしれねぇからな」

 というネルソンの提案を受けてのことだ。

 ネルソンは、やはりひと夏を剣の練習に捧げたというだけあって、打ち込みも休暇前に比べて格段にしっかりしているし、持ち前の運動神経による勘の良さも備わっている。

 そして何より、やる気に満ち溢れている。

 アルマークが少しアドバイスして動きを修正してやると、すぐにその通りに動けるようになる。

「ネルソンはセンスがあるね」

 アルマークが言うと、ネルソンは嬉しそうに笑った。

「お前に言われるとその気になるな。ありがとよ」

 レイドーは、ネルソンほどの力強さはないものの、何でもそつなくこなすだけあって筋は悪くない。

 ネルソンと試合をやらせても意外にいい勝負をしてみせる。

 ただ、むらっけがあるのか、突然集中力が切れたように簡単に負けてしまったりもする。

「この簡単に負けてしまう方のレイドーが本番に出たらまずいな」

 アルマークが言うと、レイドー本人は首を捻る。

「自分ではいつもと同じようにやってるつもりなんだけどなぁ」

 自分でも自覚がないということは、つまりは集中力のコントロールがうまくないということだ。

 魔術もそれなりに使えるレイドーが集中力のコントロールができないとも思えないので、これはまさに、むらっけと呼ぶほかない。実力の割に試験の成績がそこまで振るわないのもこれが原因かもしれない。

 とはいえ、一番重症なのはなんといってもダントツでモーゲンだ。

 とにかくセンスがない。度胸がない。闘志がない。

 アルマークも何かアドバイスをしようと思うのだが、今さら言うことだろうか、というような言葉しか思い浮かばない。

 それでも幾つかごく基本的なアドバイスはしてみたものの、モーゲンはそのアドバイス通りに身体を動かすことができない。

「違う、モーゲン。こうだ」

 言いながら実演して見せるのだが、モーゲンが

「こう?」

 と言いながら再現する動きは、アルマークのお手本とは程遠い。

 しかし、そこで簡単にダメだと言ってしまっては、ただでさえ闘志にもやる気にも欠けるモーゲンはすっかりしょげかえってしまうだろう。

「うん。さっきより良くなった」

 アルマークは笑顔を絶やさずにそんなことを言ってはモーゲンを励ました。

 歩みは遅いが正しい方向に向かっていることに間違いはない。

 とはいえ、試合になればモーゲンの闘志の無さは深刻だ。

 腰が引けて、まともな突きを一本も打つことができない。

「モーゲン、もう少し胸を張って」

 アルマークが声をかけるが、相手の剣が自分の方を向くと、途端にモーゲンは背を丸めて腰を引いてしまう。

「モーゲン」

「だ、だって怖いんだよ」

 恐怖から身体に無駄な力が入ってしまっているので、手が出ない。ようやく手を出しても突きが伸びない。

 ただ、臆病なだけあって逃げるセンスはなかなかのものだ。

 逃げるセンスというよりは、攻撃を察するセンスという方が適切だろうか。

 相手の打ってくる気配を察してそれよりも前にさっと逃げてしまうのだ。

 しかし、初撃はかわせても、そのまま連続攻撃で追い詰められたらあっという間に捕まってしまうし、そもそも逃げているだけでは試合には勝てない。

「モーゲン、君のその危険察知能力は実戦でこそ生きるな」

「実戦はもうこりごりだよ」

 アルマークの言葉にモーゲンは首を振る。

 アルマークはモーゲンの勇気をその目で見ているだけに、彼を侮る気持ちは微塵もないが、そのあまりといえばあまりの体たらくにネルソンとレイドーがやや呆れ顔をし始める。

「逃げてるだけじゃ勝てねえぞ、モーゲン」

「モーゲン、勇気を出して突いていこう」

 二人が口々に言うが、モーゲンは

「うん」

 と頷きはするものの、気まずそうに俯いてしまう。

「まだ日はあるさ。そこまで焦らなくても大丈夫」

 アルマークは優しくモーゲンの肩を叩いた。



「朝、練習始めたんだってね」

 校舎に向かう道すがら、たまたま一緒になったウェンディにそう声をかけられ、アルマークは頷いた。

「うん。レイラが絶対3組に負けたくないからネルソン達を勝たせろって」

「レイラが」

 ウェンディは驚いたようにアルマークの顔を覗き込む。

「アルマークにそんな話したんだ」

「うん」

「すごい」

 ウェンディは微笑んで前に向き直った。

「レイラはアルマークのこと認めてるんだね」

「え?」

 今度はアルマークがウェンディの顔を覗き込む。

「レイラは自分には凄く厳しい子だけど、人には求めないから」

 ウェンディはそう言った後、自分の言葉に首を振る。

「求めない……ううん、期待しないって言った方がいいのかな。だからレイラは、自分がほんとに認めた人にしか何かを頼んだりしないの」

「……認められるようなことは何一つしてないんだけどな」

 アルマークは苦笑いする。

「レイラはああ見えて、みんなのことすごくよく見てるよ。きっとアルマークの良さが伝わったんだよ」

 ウェンディはそう言って、にこにこと笑う。

 その笑顔を見てアルマークは、まだ大事なことをウェンディに伝えていなかったことを思い出した。

「そういえば、僕も霧の魔法が使えるようになったんだ」

「えっ」

 ウェンディが目を見張る。

「イルミス先生の補習で教えてもらったんだ。僕の初めての魔法」

「すごい」

 ウェンディはそう言ったきり、黙ってしまった。

 沈黙を不思議に思ったアルマークが覗き込むと、ウェンディは慌てて顔を手で隠す。

「ウェンディ、何で君が泣いてるの」

「ごめんなさい、自分でも何でか分からない。でもアルマークが今までずっと努力してたのを私も見てたから」

 頬を真っ赤に染めて、ウェンディは涙を拭った。

「恥ずかしい」

「……ありがとう、ウェンディ」

 アルマークの心はじんわりと暖かい喜びに包まれる。

 アルマークの成功を、まるで自分のことのように喜んでくれる。

 そんな女の子が今、自分の隣にいてくれるということが素直に嬉しかった。

「武術大会、チームは違うけど頑張ろうね」

 照れ隠しなのか、ウェンディが話題を変える。

「うん。ウェンディの方はどう?」

「トルクたちはトルクたちで練習してるみたい。私も放課後、武術場に行こうかなぁ」

「レイラもいると思うよ」

「それならいい練習になるかも」

 ウェンディが頷く。ふわりときれいな髪が揺れる。

「帰りはアルマークと一緒くらいになるかもしれないね」

「そうだね。僕の補習も結構遅いから」

 話が弾む。

 このままずっと校舎に着かなければいいのにな。

 そんなアルマークの気持ちを見透かしたかのように、校舎が見えてきた。




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