第六章

第104話 組分け

 翌日から、授業が始まった。

 アルマークは久しぶりに会ったイルミスに、今日の放課後から魔法を教え始めるから魔術実践場に来るように、と言われて胸を高鳴らせた。

 通常の授業を終え、アルマークは、はやる気持ちを抑えつつ教室を出ようとしたが、それを遮るようにクラス委員のウォリスがみんなの前に立った。

「みんな、ちょっと聞いてくれ」

 ウォリスはよく通る声でそう言い、クラス全体を見回す。

「今度の武術大会の選手を決めなきゃならない。二試合で五人ずつ、合計10人。男子8人と女子2人だ」

 クラスが一斉に騒がしくなる。

 このクラスは、男子10人、女子6人の計16人。男子はほぼ全員が出なければならない。

「男子の補欠は二人だけかぁ」

 モーゲンがぼやく。

「僕と、あと一人誰だろう」

「なんで自分が補欠前提なんだよ」

 ネルソンが言う。

「とりあえず、ウォリスとアルマークは確定だろ? あとはトルクと……」

 そのネルソンの言葉を遮るように、ウォリスが左手をあげる。

「ごめん、悪いけど僕は出られない」

 意外なその言葉に、クラスが静まり返る。

「休暇中に右腕を怪我してしまったんだ」

 そう言いながらウォリスが右腕の袖を捲り上げると、痛々しく包帯が巻かれていた。

「えー、嘘だろ! ウォリスが出られないのかよ、うちのクラスのナンバーワンじゃん」

 ネルソンが失望の声をあげる。

「ウォリス」

 トルクもウォリスに厳しい視線を向ける。

「お前なら腕一本でも勝てる。試合に出ろよ」

「いや、無理だ」

 ウォリスはにべもなく断る。

「左ならともかく、利き腕の右を怪我してしまった。残念だけど」

 ここで無理をする気はない、とウォリスは言った。

「フィーア先生の許可はとったよ」

 整った端正な顔に浮かぶ柔和な表情に変化はない。

 トルクが、ちっ、と舌打ちし、クラスにしらけた雰囲気が漂う。

 そんな空気を意に介さず、ウォリスは続ける。

「女子の代表はレイラとウェンディだ。異論はあるかい」

 誰にも異論があろうはずはない。女子の中ではその二人の実力が飛び抜けていることは、誰の目にも明らかだった。

 ウォリスは少し間を置いて、誰からも異論が出ないことを確認した後で、ウェンディに声をかける。

「ウェンディ、いいかい」

「うん」

 ウェンディが頷く。

「レイラは」

「嫌よ」

 レイラが即答し、皆が彼女の方を見る。

 レイラはつまらなそうに窓の外を見ていた。

「自分が逃げるくせに、人にやらせる資格があるの? ウォリス」

「なら構わないよ」

 ウォリスは表情も変えずに頷く。

「君も自分でフィーア先生に言いに行くといい。出ない正当な理由があるならね」

 その言葉に、レイラが苦々しそうにウォリスを見る。

「……出るわよ」

「決まりだ」

 ウォリスはにこりと笑った。

「女子は決まった。後は男子だ」

 それから、ウォリスは二人の名を呼ぶ。

「トルク。アルマーク」

 顔をあげた二人に、ウォリスは言う。

「君たちがリーダーだ。トルクは対1組、アルマークは対3組。それぞれ順番に男子の名前を一人ずつ、全部で六人挙げてもらおう」

「俺はとりあえずガレインとデグだ」

 トルクが自分の取り巻きの名を挙げる。

「順番に、と言っただろう。どちらかにしろ」

 ウォリスがぴしゃりと言う。

「ウォリス、別に僕は構わないよ」

 アルマークは言った。

「僕はネルソンをもらおう」

 おう、とネルソンが嬉しそうに返事する。

「そうか。ならもう一人選んでくれ。トルクはもう二人選んでいるから」

 ウォリスが答える。

 ウォリスと初めてまともに喋っているな……とアルマークは思いながら、残った男子の顔を見渡す。

「それじゃ……レイドー」

 アルマークは、一人の男子の名前を挙げる。

「分かった。それじゃあトルク」

「……ピルマンだ」

 トルクが別の男子の名を挙げ、残る男子はウォリスを除けば二人。モーゲンとバイヤーだ。

「アルマーク、最後の一人を選んでくれ」

 ウォリスに促され、アルマークは迷わず答えた。

「モーゲンを」

 モーゲンが、げっ、と声をあげ、選ばれなかったバイヤーがほっとした顔を見せる。

「よし。男子も決まりだ」

 ウォリスは手をぱん、と叩いた。

「これで全部決まった。1組との試合は、トルク、ガレイン、デグ、ピルマン、それからウェンディ。3組との試合は、アルマーク、ネルソン、モーゲン、レイドー、それからレイラだ」



 教室を出たアルマークは、廊下で帰ろうとしているウォリスに声をかけた。

「ウォリス」

 ウォリスが振り返る。

「やあ、アルマーク」

「聞きたいんだけど……」

 アルマークの言葉にウォリスは笑顔で頷く。

「なんだい? 僕に分かることなら」

「……武術大会に何故出たくないんだい?」

「なんだって?」

 そう聞き返すウォリスは笑顔のままだが、その目には鋭い光が宿っていた。

「君は」

 アルマークはその眼光を意に介さず、続ける。

「武術大会にどうしても出たくない理由があるのかい? あんなに強いのに」

 そう言って、ウォリスの目を見返す。

「怪我をしていると嘘をついてまで」

 その言葉に、ウォリスの目は危険な輝きを帯びるが、表情は先ほどまでのままだ。

「……君のそのバカげた質問に答える必要は感じないけどね、アルマーク」

 ウォリスはあくまで穏やかな口調で答える。

「僕は怪我をしているし、フィーア先生に欠場の許可をもらっている。それが全てだ」

「……そうか。分かった」

 アルマークはきびすを返した。

 歩き去るその背中をウォリスは冷たい目で見つめた。

 もうその顔は笑ってはいなかった。



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