第103話 休暇最終日に

 休暇の最終日。

 アルマークは、最近お気に入りの、校舎から森へ至る道の途中にある岩の上に腰かけて瞑想していた。

 授業が始まってしまえば、ここも放課後多くの学生が行き交う場所になるので、とても瞑想などできないだろう。

 だが、学生の少ない休暇の間は、精神を集中させるのにちょうどいい場所だった。

 結局、あの後レイラはもう三人と食事をともにすることはなかったし、アルマークたちの方も声はかけなかった。

 この学校に入学したての頃の僕みたいだったな。

 アルマークはレイラの姿を思い出す。

 魔法というものが何なのか分からず、ただほかの学生たちに追い付こうと気ばかりが焦っていた数ヵ月前。

 レイラは学年トップクラスの成績を取っていながら、まるであの頃のアルマークのように焦っていた。

 アルマークは、それで周りに当たり散らすような真似はしなかったが、レイラは周りが自分と同じように焦っていないことに対しても苛ついているようだった。

 高い目標があることは間違いない。レイラはそこに一心に向かっている。

 でも……、とアルマークは思う。

 ……やめよう。

 思い直して首を振る。

 魔法のひとつも使えない僕の言うことでもない。

 アルマークは、精神を集中した。

 今まで考えていたレイラのことを、ぼちゃん、と意識の底に沈める。

 今ではそう意識するだけで、雑念を振り払い集中することができるようになっていた。

 澄んだ意識の中で、魔力を練ることだけを考える。

 自分の中の魔力の質が徐々に高まっていくのが分かる。

 魔力が、どんなものにでもなれる、と言っている気がする。

 早く、形を与えてくれ。

 そう言われている気がする。

 もう少しだ。

 アルマークは自分の魔力に心の中で語りかける。

 もう少しの辛抱だ。


 不意に、集中が途切れた。

 誰かの気配を感じて、目を開ける。

 目の前で、ウェンディが微笑んでいた。

「ウェンディ」

 思わず声が出る。

「ごめん、邪魔しちゃったね」

 ウェンディの言葉に、アルマークは首を振る。

「帰ってたのか」

「うん」

 ウェンディは頷いて、アルマークの隣に腰を下ろす。

「……きれいな魔力」

 そう言ってアルマークを見て、微笑む。

「モーゲンが、最近はいつもここだって言うから」

「うん。ここだとよく集中できるんだ」

 答えながら、アルマークはウェンディをもう一度きちんと見た。

「……元気そうだ」

「うん」

 ウェンディは立ち上がって、アルマークの前で両手を広げた。

「アルマークの言うとおり、重たい物は全部置いてきたの」

 そう言って、くるりと回って見せる。

「どうかな。……ありのままの私かな」

 ありのままのウェンディで帰ってきてほしい。

 冬の屋敷で別れる時、アルマークがウェンディに言った言葉。

 ウェンディは覚えていてくれた。

 本当のところを言えば、ウェンディの表情にはまだどこか影があったし、今もアルマークの前で多少無理をして明るく振る舞っているのも分かった。

 でも、それは当たり前のことだ。

 そんなに簡単に色々なことを割りきれるものじゃないし、ウェンディは何でも気遣ってしまう子だ。

 僕だって、今でも傭兵の息子であることを引きずっている。

 忘れろ、と言われて、はい忘れました、なんてできるはずがない。

 でも、それも含めて、それでも笑おうとしているウェンディ。

 前に進もうとしているウェンディ。

 それこそが。

「うん、間違いなくありのままの君だよ。ウェンディ」

 アルマークは答えて微笑んだ。

「おかえり、ウェンディ。君にまた会えて嬉しいよ」

 本心だった。

 ウェンディの顔を見た途端、胸が高鳴るのが自分でも分かった。

「私も。早くアルマークに会いたかった」

 そう言ってウェンディは嬉しそうに笑った。




※ ウェブ版ではこの後の重要なエピソードが抜けています。地下遺跡でのアルマーク、ウェンディ、モーゲンの戦いは、書籍版アルマーク第三巻をお読みください!

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