第71話 誤算

 裏門の扉が意外に頑丈で、ギザルテたちはそれを壊して開けるのにだいぶ手間取ってしまった。

 ようやく館の中に足を踏み入れる。

 確かに豪奢な造りだが、城や砦とは違う。侵入者を防ぐような構造にはなっていないので、初めて入ってもさして迷うこともない。

「こりゃもうデラン達が首獲ってるぜ」

 後ろで部下がぼやく。

「誰が獲ろうがかまやしねぇよ」

 ギザルテは言いながら、廊下を歩く。裏口からの逃走を心配したが、どうも大丈夫そうだ。

 途中で、使用人の女の死体を見付けて顔をしかめる。

 背中を一撃。これはデランの斧か。

 こんな女が抵抗したわけでもなかろうに。無駄な殺しは時間の無駄だ。こんなことをしている間に肝心の娘に逃げられたらどうする。

「上だ」

 ギザルテは階段を上がる。

 二階の廊下にもたくさんの使用人の死体が転がっていた。

「おいおい……うちの奴等は何をやってんだよ。初めて戦場に出たガキでもあるまいに」

 老若男女関係なく、無惨に切り刻まれた死体が廊下のあちこちに倒れている。

 その数は全部で20人にものぼるだろうか。

 ギザルテにも見覚えがある、ガルエントルから令嬢のお供をしてきた忠実な老執事の死体もそこにあった。かっ、と目を見開いて虚空を見つめている。

 ギザルテはため息をついた。

「もったいねぇ……時間の無駄じゃねぇか」

 鮮血傭兵団の手練れが、目的の獲物の目の前で銅貨一枚にもならない殺しを繰り返している。こいつらを殺して何の得がある。こんなことしてる間に娘に逃げられたらどうするんだ。あのバカどもには再教育が必要だ。

「あいつら派手にやってんなぁ」

 後ろで部下が嬉しそうに言う。

「全員殺しちまえば、金目のものも持っていき放題だな」

 それはそうだ。だが、そんなことは目的を果たしてからの話だ。

「三階も死体の山じゃねぇだろうな」

 うんざりしながら階段を上る。


 三階に上がったギザルテは、そこで意外なものを見付けて足を止めた。

 見覚えのある小柄な男がいる。

「……ボイド」

 塀を真っ先に飛び越えていったボイドが、階段からすぐの廊下に倒れていた。

 既に事切れている。

「……一撃だ」

 首と胴体が離れかかっていた。受けた傷は、その致命傷一つのみ。

「ボイドの野郎、しくじりやがったのか」

 部下が言う。

 しくじった? 果たしてそうだろうか。

 仮に何かしくじったとしても、ボイドほどの手練れを、たったの一撃で?

 そんなことが出来る人間が、この屋敷にいるとでもいうのか。

 訝しく思いながらも廊下を進むと、さらに死体が、一つ、二つ、三つ。

 全て部下の死体だ。

「嘘だろ……?」

 ギザルテの背後で部下がうめく。ギザルテも同じ気持ちだった。

 何だ? 何が起こってやがる?

 ギザルテの傭兵としての勘が悪い予感を告げている。

 どういうことだ? 簡単な、赤子の手を捻る程度の仕事だったはずじゃねぇか。

 現に、警備の男どもは簡単に排除した。屋敷の中に残っているのは戦う力もない使用人どもだけだ。

 なのに、何故こんなにも部下がやられている?

 この屋敷にそんな隠し球のような用心棒がいたのか?

 そんな報告は受けてねぇぞ。


 ……まさか。

 ギザルテは唐突にあの日の感覚が甦るのを感じた。

 鮮血傭兵団が壊滅した、あの日。

 目の前の火龍傭兵団の大兵力が突き崩されていく。

 数では圧倒的に少数の筈の漆黒の騎兵達が、次々に赤い鎧の味方を駆逐していく。目の前の味方が引き剥がされていく。

 自分の部隊が無防備なまま強大な敵に晒されようとする感覚。

 予想の範囲を超え、対処しようのない危機。

 ……まさか。

 俺は、また間違えたというのか?

 また選択を誤ったとでもいうのか?


 目当ての扉の前に、デランがいた。

 二振りの斧を構えて臨戦態勢をとっている。その隣にもう一人の部下がいた。生き残りは全部で四人。半数が既に倒されたという事実にギザルテは愕然とする。

 デランの目の前。

 そこにこの事態を引き起こした張本人がいた。

 扉に立ち塞がるように、体と不釣り合いな長さの長剣を構えて立っているのは……一人の、子供?

「ガキ……だと?」

 ギザルテはうめいた。

「ガキじゃない」

 その少年が言った。ギザルテを睨み付ける、その目に見覚えがあるような気がした。

「僕は戦士だ」




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