第70話 襲撃

 監視役を含めた七人の傭兵が揃うと、ギザルテは、いくぞ、と短く告げて屋敷に向かって静かに走り出した。他の男たちも無言でそれに付き従う。

 屋敷の壁が間近に迫ると、デランがギザルテの前に出る。

 そして真っ先に壁にたどり着くと、くるりと身を翻し壁を背にして、走り寄る仲間達の方に体を向ける。

「ボイド」

 ギザルテが名を呼ぶと、呼ばれた小柄な男がそのまま速度を落とさずデランに駆け寄っていく。

 デランが腰を落として胸の前で手を組む。ボイドがその手を足場にして一瞬で塀の上に飛び上がる。

 塀を越えた瞬間、ランプの灯りに照らされたボイドの長い影が塀の外に伸びる。

「こいつら、逆茂木まで作ってやがる!」

 塀の上から内側を見てボイドが声をあげた。

 ちっ、とギザルテは舌打ちする。まさかもうそんなことまで。一体誰の入れ知恵だ。

「降りられるところを探せ!」

 ギザルテが声をかけると、ボイドはそのまま塀の上をよろけもせずに器用に走り、少し行ったところで、

「ここに隙間がある」

 と言って塀の内側に飛び降りる。

「よし、続け」

 ギザルテが短く指示を出す。

 デランはボイドが飛び降りた位置まで走って、そこで再び手を組み、仲間がそれを足場に次々と塀の上に躍り上がる。

 屋敷の中では、がんがんがん、と何かを叩くけたたましい音が響いている。おそらく警備員が敵の侵入を知らせているのだろう。

 構わん、とギザルテは思った。

 襲撃を強行すると決めた時から、見つかることは承知の上だ。

 ギザルテは最後から二番目に塀の上に飛び上がった。一気に視界が開け、巨大な館が眼前にその姿を完全に現す。

 最後に飛び上がってきた男と二人掛かりでデランを引っ張り上げる。

 既に他の五人はギザルテ達を待つことなく、館までの最短距離を突っ走っていた。

 ギザルテは塀から飛び降りる。逆茂木はまだそこまで数がなく、隙間がところどころに空いていた。明日になれば逆茂木はもっと増えて侵入は困難になっていただろう。

 今夜襲撃を決行した俺の判断は間違っていなかった。ギザルテは心の中で頷く。俺が人生で選択を誤るのは一度だけだ。もう二度と誤りはしない。

 屋敷の警備の男たちが手に棒や剣を持って、大声で何事か叫びながら、侵入者を阻止しようと走り寄ってくる。

 ギザルテは先頭のボイドが一人で瞬く間に敵二人を切り伏せたのを見届けると、デランに

「いけ」

 と短く指示する。正面の大扉を破壊するにはデランの斧が要るだろう。

 そして自分はもう一人の部下を伴って裏口の方へまわろうとする。

 と、ちょうどそちら側から走り出てきた警備の男たちと出くわした。

 相手は四人。それぞれ手に短槍を持っている。

 いい判断だ、とギザルテは他人事のように考える。

 素人はどうせ使えもしない剣など振り回すよりは長い得物で距離を取って戦うべきだ。南にしてはなかなか気のまわる執事がいるようだ。

 四人が短槍を構えて、近付いてくるギザルテたちを威圧する。

 だが残念だが皆、腰が引けている。ギザルテは彼らの構えを見ながら小さく首を振る。それでは人を刺し殺すことは出来ない。

 ギザルテは全く躊躇うことなく四人の突き出す槍先に近付いていく。ランプの灯りに、“銀髑髏”と異名をとったその酷薄な顔が照らされる。

「うわぁっ」

 一人が気合いとも悲鳴ともつかない声をあげて槍を突き出す。

 その瞬間、鮮血が舞った。

 ギザルテが一瞬で身を低く屈めて槍を避けながら鋭く踏み込み、腰の剣を抜き放ちざまに相手の両腕を切り飛ばしていた。

 一瞬で槍の利点である間合いを失った残る三人が慌てて後ずさろうとするが、ギザルテはそのまま表情も変えずに一歩踏み込み、剣を伸ばして一人の喉を貫くと、再び鋭い踏み込みを、一歩、二歩。

 一歩踏み込む毎に鮮血が舞い、ギザルテが剣を下ろすと、足元に三つの骸が転がった。

「無益な殺生はしたくねぇんだよ」

 舌打ちして呟く。お前らなど殺したところで銅貨一枚にもならない。向かってこなければこっちはお前らに用などない。無駄な手間をとらせやがって。

「衰えてないな、団長」

 付き従っていた部下が、ギザルテに両腕を切り飛ばされた男にとどめをさしてから声をかけてくる。

「まだ北の一線で戦えるんじゃねぇのかい」

「うるせぇ。無駄口叩くな」

 ギザルテ自身も、剣の腕ならその辺の傭兵団のエース級と戦っても決して負ける気はしなかった。

 絶望的な敗戦を喫して団が壊滅しても、こうして命を保っているのは、ひとえにその実力の為せる技と言ってよかった。

 だが、傭兵の強さは剣の腕だけでは測れないことは自分が一番よく知っている。

「目当ての娘は三階だったな」

「ああ。中庭を見下ろしてる姿を確認したからな。間違いないぜ」

 部下が頷く。

 正面の方に目をやると、部下たちが警備の男たちを次々に斬り倒している。

 “血斧”のデランが異名の由来の斧を振ると、真っ赤な血しぶきが上がって相手の男が後方に弾けとんだ。

 そのままデランはのしのしと大扉に近付く。

 悲壮な顔をした若い男が槍を構えて突っ込んでいくが、デランは一本目の斧で槍を叩き割り、二本目の斧で男の頭を叩き割った。

 勢いそのままに、デランが大扉に斧を振り下ろすのが見えた。

 扉を打ち破るのも時間の問題だろう。

 あとは娘に逃げられないことだ。

「お前ら、詰めを誤るなよ」

 ギザルテはデランたちに一声かけて、裏口にまわった。



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