第69話 ギザルテ

 他人の命は、自分の飯の種だ。

 いつからか、そう思いながら生きてきた。

 大事なのは自分の命だけだ。

 他人の命は自分の命を繋ぐためにある。


 無益な殺生はしない。

 それは、別に下らない博愛精神からではない。

 そもそも他人の命に情けをかける意味がわからない。

 無益な殺生とはまさに言葉通りの意味だ。

 益になる殺生ならば喜んでする。

 益になる、とはつまり、金になる、ということだ。

 世の中には二種類の命があるのだ。

 奪えば金になる命と、奪っても金にならない命。

 それが女だろうが子供だろうが別に関係はない。金になるなら殺すし、金にならないなら全く興味はない。

 傭兵なら誰もが当然に思っていることだろう。


 かつて北の地で“銀髑髏”の異名をとった傭兵ギザルテはそういう考えを持っている。

 ギザルテの率いていた鮮血傭兵団は半年前の戦いで大打撃を受けて壊滅した。

 もともと単体で戦線を構成することのできない弱小傭兵団だった。

 付く側を誤ればいつ壊滅してもおかしくない中で、ギザルテは誤ることなく勝ち馬の尻に乗ってきた。

 だが、その日ギザルテは初めて選択を誤った。

 まさか数ある北の傭兵団の中でも最大の兵力を誇る、あの火龍傭兵団の一角が、ああもあっけなく崩れるとは。

 火龍傭兵団にとっては、兵力を多少失った程度の敗戦だったかもしれないが、そのせいで敵の攻撃を真正面から受ける羽目になった鮮血傭兵団は再起不能な損害を受けてしまった。

 もともと素行のよくない傭兵団の中でも更に悪名高かった鮮血傭兵団。その生き残りたちは、方々で恨みを買っていたため、他の傭兵団に合流することもできず、命の危険にさらされ、北で生きることを諦めた。

 中原で野盗にでもなるか、と思っていたギザルテたちに思わぬ依頼が飛び込んできた。

 南の大国ガライの貴族からの、ライバル貴族への嫌がらせの依頼。北の戦場での仕事に比べたらとるに足らない簡単な仕事だが、報酬は破格だった。

 ギザルテは一般の旅人に身をやつした鮮血傭兵団の生き残りを連れて一路南下、ガライ王国に入ったのだった。



 王都ガルエントルに別動隊五人を残して、ギザルテは残りの七人を率いてミレトスに入った。

 監視役の二人からの情報では、目的の「冬の屋敷」とやらは、実行せよ、との命令が出ればいつでも押し入って目当てのご令嬢の首を獲れる程度の脆い警備体制だった。

 それでも、相手の警戒が解けるのを待て、との雇い主の要求で、ギザルテは、戦いの機微の分からない素人の話だと思いながらも、それに従った。

 北でも、バカな命令に付き合わされるのは日常茶飯事だったし、それを真面目にこなすふりをしつつ、いかに自分達を守るか、というのは傭兵団長の技量の一つだった。

 適当に向こうの顔を立てつつ、やることはやるつもりだった。


 しかし、今日事情が変わった。

 奇妙な子供二人が屋敷に入った、と報告があった後、屋敷の雰囲気ががらりと変わったのだ。

 庭を煌々とランプの灯りが照らし、警備の男たちが活発に作業を始めていた。

 屋敷が望める雑木林からその様子を見て、ギザルテはすぐに察した。

「こいつら籠城戦をするつもりだ」

 ギザルテの隣にいた、かつての鮮血傭兵団のエース、“血斧”のデランがその言葉に振り向く。

「籠城戦だと?」

「ああ」

 北の、砦攻めを思い出す。

 この人数で砦攻めはさすがにきつい。

「あのガキどもが来てから急にだぞ。あいつら何だってんだ」

「それは分からねぇ。だが好機を逸しつつあるのは確かだ」

 ギザルテは外に向けて光を照らす「冬の屋敷」を見た。

「昨日までなら簡単に終わってた話だってのによ」

 デランは忌々しそうに近くの木を殴った。その拍子に背中に背負った二振りの斧ががちゃりと鈍い金属音を立てる。

「……今夜だな」

 ギザルテが呟く。

「明日になったらもう手遅れだ。今夜ならぎりぎり間に合う」

「向こうの命令は明後日だったろ? いいのかよ、勝手にやって」

 デランの言葉に、ぺっと唾を吐いて答える。

「明後日まで行儀よく待つか? 寝込みを衛兵に襲われて縛り首がおちだぞ」

 この籠城戦の構えは、つまり相手がこちらの襲撃計画に勘づいたということ。

 のんびりしていれば官憲の手が伸びてくるだろう。

 ギザルテ達が相手にしているのは、それだけの力を持った大貴族だ。

「まだ奴等の準備が整わないうちにかちこむのが、今となっちゃ最善だろうよ」

 幸い、屋敷の人数は増強されていない。

 増えたのはガキ二人だけ。

 戦えそうな男もほとんどがただの素人だ。

「デラン、全員を集めろ。戦だ」

 へっ、とデランが笑う。

「まるでまだ傭兵団長みたいに言うじゃねぇか」

 鮮血傭兵団はもうとっくにねぇんだぜ、と続ける。ギザルテはそんなデランを見て薄く笑う。

「南で稼げばまた北に帰って傭兵団が作れるぜ」

 その言葉に、デランが顔を歪めて唾を吐く。

「冗談よせよ。ごめんだぜ、またあの地獄に戻るのはよ」

 そう言ってから、思い出したように付け加える。

「まぁ確かに、南で俺達の需要なんざ滅多にねぇだろうがよ」

「ああ。需要もないな。それに……」

 ギザルテは頷いて続ける。

「こっちで長く仕事すりゃ、すぐにお尋ね者だ」

 ここは北とは違う。

 ここには、あの自由にして残酷な北の風は吹いてはいない。吹いているのは生暖かいシャバの風だけだ。

「だから俺達はこの金づるは絶対に離しちゃいけねぇ。しっかり出世してもらって俺達の食いぶちくらい毎月払ってもらわねぇとな。できねぇなら今回の件の首謀者はてめぇだ、とばらすと脅してやるさ」

「出たぜ、ギザルテの得意技」

 デランが、くくく、と笑う。

「雇い主から吸えるだけ吸おうとするから、恨み買って北にいられなくなったのを、もう忘れたのかよ」

「もう未練はねぇよ、あんな糞みてぇなところ」

 ギザルテはわざと乱暴に言った。

 俺達にもう北風は吹かない。ならばここで、生き抜くしかない。

「早く連中を呼んでこいよ」

 ギザルテの言葉に、デランが、へいへい、と面倒そうに言ってようやく踵を返した。

 デランの足音が遠ざかっても、ギザルテは険しい表情のまま、じっと「冬の屋敷」から目を離さなかった。



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