第68話 提案

 食事の前に、アルマークはウォードにガルエントルで出会った傭兵のことを話していた。

 モーゲンの魔術で話を盗み聞きしたところ、ウェンディを殺す、と言っていたということを話すと、

「なんと」

 と呻いてウォードは絶句した。

「そこまで具体的な計画が」

「はい、きっと明日にでも襲撃は来ます」

 アルマークは頷いて、確認する。

「今、この屋敷を警備している人は何人くらいいるんですか」

「お嬢様の警備のために、ご主人様から多目に人を頂きましてな。警備の男だけで20人はおりますぞ」

 20人……アルマークは顔をしかめた。

 敵も、戦地でもなんでもない平和な街に潜んでいる以上、そこまでの大人数ではない筈だ。

 せいぜい多くて10人というところだろう。

 だからこちらが戦士20人なら何の問題もない。

 けれど、今この屋敷にいる20人の警備の男の中に戦いが本職という者は誰もいないだろう。

 それに……

「この屋敷の大きさから言うと、その人数では十分とは言えませんね」

「確かに。具体的な襲撃の計画があるのなら尚更ですな」

 ウォードは頷く。

「直ちに警戒の人数を増やさねば。しかし領内各地の衛兵たちを呼んでもそんなに急には来れぬ。どうすべきか」

 ウォードは眉間に皺を寄せた。

「お嬢様に別の場所に避難していただくか」

「いや、それはやめた方がいいです」

「何故ですかな?」

「この屋敷は既に見張られています。今日、この屋敷のある丘を登ってくる途中、地元の人間でも旅人でもない、不審な男を二人見ました。おそらくこの屋敷の監視要員です」

「なんと」

 ウォードが再び絶句する。

「ウェンディがこの屋敷を出れば、それこそ奴等の思う壺です。奴等はこの周辺の狙いやすい場所に目星をつけている筈です。逃げづらく、囲みやすい場所。そこに追い込むつもりでしょう」

 僕ならばそうする。

「アルマーク殿、あなたは……」

「ウォードさん、今すぐに出来ることを提案します。まず、この屋敷は庭の灯りが少なすぎる。ランプでも何でも構いません。外に向けて明るく光を照らして、奴等を近付きにくくさせましょう」

「……なるほど」

 ウォードが気圧されぎみに頷く。

「もうひとつ、この屋敷の外壁は低すぎます」

「大人の背丈以上はありますぞ」

「足りません。傭兵なら易々と乗り越えてくるでしょう。ですから、乗り越えられる前提で、壁の内側に逆茂木を」

「……逆茂木とは」

「ああ、えーと、木を組んで先端を尖らせておくんです。それを外壁からすぐのところに設置しておく」

「なるほど、そうすれば塀を乗り越えても簡単には入ってこれませんな」

「はい。できますか」

「薪に使う木は沢山あります。なんとかそれらしいものは作ってみせましょう」

「ありがとうございます」

「なんの、礼を言うのはこちらですぞ、アルマーク殿。私は残念ながらそちらの方面の専門家とは言えませんからな」

 ウォードはアルマークに他に何点か確認をした後、使用人たちを呼び、てきぱきと指示を始めた。

 警備の強化、灯りの増設、逆茂木の作成、ガルエントルへの使者。

 それらを手際よく済ませると、アルマークに向き直って、

「アルマーク殿、どうかこの件はウェンディお嬢様にはご内密に。いずれお話しせねばならぬときも来ましょうが、せっかくお二人がいらして喜ばれている今日のところは」

 と済まなそうに言う。

「……分かりました」

 アルマークは頷いた。来る途中、モーゲンともそのつもりで話し合っていた。

 これは僕たちがウェンディに話すべき内容ではない。ウォードさんにお任せしよう、と。

「まもなく夕食の準備も整いましょう。どうぞ、こちらへ」

 アルマークはウォードに促され、ホールへと向かう。



 夕食が済むと、アルマークたちはウェンディに案内されて、応接間のふかふかのソファに腰かけてお喋りを再開した。

 使用人が持ってきてくれたお茶菓子にモーゲンの目が輝く。

 夕食の時には語りきれなかった、旅の途中のあれやこれやを、お菓子を摘まみながら二人は一生懸命ウェンディに話して聞かせた。

 ウェンディがその話に笑ってくれると、ああ、来て良かった、と嬉しくなると同時にほっとする。

 話題はいつの間にか旅から学校のことに移り、三人は飽きることなく話を続けた。

 ウェンディは本当によく笑い、モーゲンはずっとはしゃいでいた。

 アルマークも二人につられて、こんなに笑ったことがあるだろうか、というくらいよく笑った。

 出来ればこんな楽しい幸せな時間がずっと続いてほしい、とアルマークは思った。

 今、この時が終わらなければいいのに。

 アルマークがそう思ったのは、もしかしたら傭兵の息子としての本能だったのかもしれない。

 終わりが近づいていたからこそ、終わらないでほしいと思ってしまったのかもしれない。



 三人の幸せな時間は、中庭から聞こえてきたけたたましい物音とともに終わりを迎えた。



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