アルマーク ～北の剣、南の杖～

第67話 夕食

「見た目だけじゃなかった！ 良かった、見た目だけじゃなかった！」

　モーゲンが嬉しそうに言いながら、目の前の料理を平らげていく。

「たまにあるじゃない、見た目だけ美味しそうなのに、食べてみたら、あれ？っていう料理！ 良かった、あれじゃなかったねアルマーク！」

「うん、モーゲン。わかったから口の中のものを飲み込んでから喋ろう」

「次はこれ！ えー、意外！ こんな味だと思わなかった！ 美味しいからいいけど、でもこの味は予想外だよアルマーク！」

「うん。僕に振らなくていいから」

　大はしゃぎしながら次々に料理を口に運ぶモーゲンを、ウェンディはずっと幸せそうな笑顔で見つめている。

　食事が始まってすぐ、自分の前にたくさん並べられたナイフやフォークを見て、モーゲンはその中の一本のフォークを高々と掲げて、

「僕はこの一本しか使いません！」

　と堂々と宣言した。

　まずい、テーブルマナーが分からないぞ、と内心心配していたアルマークは、モーゲンの男らしさに感服した。

　使用人の中には眉をひそめる者もいたかもしれないが、ウェンディは大笑いして喜んでいたし、そのウェンディを見て、ウォードも涙ぐんで喜んだ。

　モーゲンと一緒に来て良かった、とアルマークはしみじみ思った。

　僕にはこんな風に人を笑顔にできる力はない。モーゲンには自分でそれと狙っていなくても、自然に人の心を和ませる力がある。

「アルマークも食べてる？」

　ウェンディに声をかけられ、アルマークは頷いた。

「うん、もちろん。どれも美味しいよ」

　正直、アルマークは食にあまり関心がなく、傭兵として食事は味云々よりも腹に溜まるものを、という生き方、育ち方をしてきたものだから、今出されている料理の価値があまり分からない。

　美味しいのか、美味しくないのかも実はあまりよく分かっていない。複雑な味に舌がついていけていないのだろう、と自分で分析する。

　だが、モーゲンを嬉しそうに見ているウェンディをそんなことで失望させるわけにはいかない。

　アルマークは笑顔で料理を口に運ぶ。

「ウェンディこそ、食べないと元気出ないよ」

「二人を見たら、胸がいっぱいになっちゃった」

　冗談めかしてそう言って、ウェンディは笑う。

「ねぇ、私に教えて。二人がどうやってここまで来たのか」

「大した話でもないよ。ガルエントルから白馬車で来たんだ」

「あ、それそれ！ ウェンディ、アルマークが凄かったんだよ！」

　モーゲンが声をあげる。

「学院長先生から白馬車に乗るお金を巻き上げたんだ」

「えっ、学院長先生から？」

「モーゲン、誤解を招く言い方はやめてくれ」

　二人は順番に旅であったあれこれをウェンディに話して聞かせた。ウェンディはその一つ一つに興味深そうに聞き入り、心から楽しそうに笑った。

「あ、そうだ。アルマーク、ほら、あれあれ」

　ひとしきり話が済んだ後で、モーゲンがアルマークにそう言って、目配せする。

「ああ、そうだね」

　アルマークが頷いて、立ち上がる。

「えーと、僕の荷物は」

　そう言うと、ウォードが使用人に言ってすぐに荷物を持ってきてくれる。

　礼を言って受け取り、荷物の中に手を突っ込む。

「えーと……あった」

　アルマークは中から一冊の本を取り出した。

「ウェンディにプレゼントを持ってきたんだ」

「え、本？」

　戸惑いながら、ウェンディはアルマークから本を受け取る。

「ありがとう。何の本かな」

　ウェンディが本の背表紙を見ようとすると、モーゲンがにこにこしながら、本に挟まれたしおりを指差す。

「ウェンディ、ここ開いてみて」

「え？」

「いいから、早く」

「う、うん」

　ウェンディがこわごわとしおりのページを開く。

「……あっ」

　そこに鮮やかな青色の押し花が挟まれていた。

「え、うそ……」

　ウェンディは自分の目を疑った。

「この花って……」

「ノルク島の森の小川のほとりに咲いてたんだ」

　アルマークが言う。

「ウェンディにどうしても見てもらいたくて」

「その花を見付けてからのアルマークの行動力、凄かったよ。ウェンディに会いに行こう！って言って」

「モーゲン、ばらすなよ」

「だってすごかったじゃないか。そのまま大急ぎで寮に帰って地図見て計画立てて、学院長先生からお金を奪って」

「だからその表現はいろいろと誤解を招く」

　アルマークとモーゲンは笑って言い合いながら、押し花をじっと見つめているウェンディの反応を待つ。

「ナツミズタチアオイだ……」

　ウェンディは呟いた。

　ノルク島の夏の象徴。

　そしてウェンディにとっては、こんなことになってしまう前の、楽しみにしていた休暇の象徴。

　それが、もう楽しいことは何もないと諦めていた彼女の目の前に、休暇の間は決して会えないと思っていた二人のクラスメイトとともに突然現れた。

　押し花を見つめるその目から、また涙が溢れ、こぼれ落ちた。

「二人とも……今日は私を何回泣かせるつもりなの」

　その涙を見た二人の顔が心配そうに曇る。

　ウェンディは涙ぐんだまま、二人に優しく笑いかけた。

「ありがとう。……二人とも、本当にありがとう」

　ウェンディの笑顔を見て、二人の少年はほっとしたように顔を見合わせて笑った。