第72話 奪うべき命

 少年がギザルテに目を向けたのを好機と判断したのだろう。デランの隣にいた部下が鋭く踏み込み、少年に剣を振り下ろした。

 子供相手にするには過剰とも言えるほどの強烈な斬擊だった。

 現に、少年はその攻撃に対してほとんど動けなかった。ギザルテも、斬った、と思った。

 だが、その攻撃は空を切った。

 同時に、首から鮮血を噴き上げて部下が崩れ落ちる。

 動けなかったのではない。ギザルテには分かった。動かなかったのだ。

 その斬擊をかわすための動きを、体を揺らす程度のごく僅かな動きだけで済ませ、それと同時に反撃したのだ。

「お前、北の人間だな」

 ギザルテが声をかける。

 少年が彼を見る。

「その年で、傭兵か。ここの家の者に雇われたか」

 そうとしか考えられなかった。だが、少年は何故か目に怒りを滲ませた。

「僕は……」

 その顔に、年相応の幼さが滲む。

「あの子の友達だ」

「友達だと?」

 予想外の言葉に、ギザルテは眉を上げる。

「貴族の令嬢と北の傭兵がお友達だ? つくにしてももう少しましな嘘を」

「傭兵ってことは」

 ギザルテの言葉をデランが遮った。

「どこかの団にいたんだろう。どこにいた」

 その目に怒りとともに強い好奇心が覗いていた。

 北の傭兵はみなこうだ。相手が傭兵と聞けば、どこの団にいてどこで戦っていたのか、誰と戦ったことがあるのか、それを聞かずには済ませられない。

 デランの質問に、少年が一瞬困惑した顔をする。

 それに隣の部下が反応しそうになるのを、ギザルテは手で制した。あれは隙じゃねえ。斬りかかればさっきの二の舞だ。

 少年は僅かな躊躇いの後、意を決したように口を開いた。


「黒狼騎兵団の副官“影の牙”レイズの息子、アルマーク」


 かっ、とデランが声を出した。

「てめぇ、それじゃ、あの」

 ギザルテも、この少年の目になぜ見覚えがあったのか、その理由を理解した。

 デランが叫ぶ。

「火龍傭兵団を突き崩して俺達鮮血傭兵団を壊滅させた、あの黒い悪魔どもの」

 その先頭に、そいつはいた。

 戦場の喧騒のなかで、血に酔わず、どこか悲しそうな目をしたあの男。

「あのくそったれの、“影の牙“の息子かよ!」

 それを聞いて、少年は僅かに口許を綻ばせた。

「そうか、父さん達を知っているのか」

「知ってるなんてもんじゃねぇ。こっちはてめえらに恨み骨髄だ」

「元気だったかい」

「あぁ!?」

「いや、そんなことを聞くもんじゃないか」

 少年が首を振る。その言葉にデランは唾を吐く。

「ガキ、手合わせしたことのある傭兵の名前を挙げてみろ」

「……“大盾”のニナング、“死神”ギール、“陸の鮫”アンゴル……」

 一流どころばかりじゃねぇか。ギザルテが目を見張り、デランがにやりと笑う。

「ギザルテ、このガキは俺がやる」

 デランは、ギザルテとは違うタイプの傭兵だ。

 強い相手、名のある相手と戦うのが好きだ。

 敗戦で北にいられなくなってからはそれを公言しなくなっていたが、目の前に強い相手がいるのなら、話は別だ。彼の傭兵としての本能が戦いを求めている。

「鮮血傭兵団のエース、“血斧”のデランだ」

 その名乗りに、アルマークは一言。

「鮮血傭兵団は……聞いたことあるよ」

 言外に、お前の名は知らない、と言っていた。

「お前が最後に戦う相手の名だ」

 デランは言いながら、ゆっくりと間合いを詰める。

「“影の牙”レイズの息子、アルマークといったな。ガキにしちゃ強えのは認めてやる」

 アルマークは無言で長剣を持ち上げ、切っ先をぴたりとデランの眉間に向ける。

 その瞬間、デランの体が一陣の旋風になった。二振りの斧が凄まじい速さで別々の生き物のようにアルマークを襲う。

 アルマークはそれを飛び退いてかわすが、デランは追撃の手を緩めない。二本の斧のつむじ風がアルマークに追いすがる。

 アルマークは防戦一方だ。かわしきれず、頬から鮮血が散る。

 しかしその時、斧の攻撃の間隙を縫って、アルマークの長剣の斬擊がデランを襲った。デランが片方の斧でそれを受け止め、もう一本の斧で反撃する。アルマークはそれをかわしながら、強烈な斬擊を放つ。

 二人は位置を変えて激しい攻防を続ける。斧が掠めて、扉に幾本もの傷がつく。

 ちっ、とギザルテは舌打ちした。

 最初はデランの攻撃一辺倒だった。しかし徐々にアルマークの攻撃が混じり始め、今では二人の攻撃は五分五分だ。いずれ逆転するだろう。

 バカ面下げてのんびり待っている場合ではない。ギザルテは部下に目配せした。

 デランの斧をアルマークの長剣が受け止めて火花が散り、アルマークは衝撃を殺すために飛び退く。扉の前の空間がギザルテの目の前に開いた。

「今だ」

 その瞬間、ギザルテと部下は同時に動いた。

 部下がアルマークに斬りかかり、ギザルテは全身の力を込めて扉に体当たりした。

 鈍い音を立てて扉が開き、ギザルテは部屋の中に躍り込んだ。

 風を感じる。

 部屋の窓が大きく開け放たれていた。

 窓から逃げたか、と一瞬肝を冷やしたが、目的の娘はまだそこにいた。

 窓の前で、こわばった顔でこちらを見ている上品な顔立ちの少女。ガルエントルで一度見た、目的の娘に間違いなかった。

「会いたかったぜ」

 笑みがこぼれる。

 ギザルテにとって、この襲撃で唯一の、奪うべき命。

 ギザルテは駆け寄り、剣を振り上げる。

 少女が何か叫ぼうとするが、その暇は与えない。一刀の下にその首を切り落とした。

 床に転がった少女の首を拾い上げる。

 これで目的完了だ。あのいかれたガキの相手をこれ以上する必要はない。

「モーゲン、今だ!」

 外からアルマークの叫び声がした。

 部屋の死角から、小太りの少年が飛び出した。手に杖を持っている。

 そういえば、とギザルテは思い出す。監視役が言っていた。ガキは二人いた、と。

 小太りの少年が杖を突き出す。

 その瞬間、強烈な風が巻き起こってギザルテの身体は宙に浮いた。

「なっ」

 魔術師。このガキども、何者だ。

 そのまま風に吹き飛ばされ、開け放たれた窓の外に。

 ギザルテは少女の首を持ったまま、三階から地上へと落下した。




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