第48話 休暇前試験

 試験が始まった。

 初日は筆記試験。朝から夕方まで、机にかじりついて覚えた知識を答案用紙に吐き出すのだ。

 貴重な時間を割いて勉強を手伝ってくれたウェンディのためにも、アルマークはここで不甲斐ない点数をとる訳にはいかなかった。途中、頭から煙が出るような感覚に襲われながらも、アルマークはどうにかその日、全ての科目の答案の大半を埋めることに成功した。

 二日目は、実技試験。治癒術の薬湯を時間内に正しく煎じたり、武術の決められた型を演じたりする。

 武術教官のボーエンはアルマークの演じる型を見て、にやにやと笑いながら、

「野生の狼が試しに飼い犬の真似をしてみたら、おそらくこんな風だろうな」

 とよく分からない喩えを口にした。

 三日目は、口頭試問と魔術実践。

 口頭試問では、試験官の教師から、魔術、一般教養問わず様々な質問が次々に出される。学生はそれに、素早く的確に答えていく。少しでも詰まると容赦なく問い詰められ、そこで答えられなければ即減点されるため、知識以外に頭の回転の早さや平常心を保つ胆力も求められる。

 これはアルマークには比較的得意な分野だった。

 そして最後は、いよいよ魔術実践だ。

 試験会場は、魔術実践場。学生たちはみな教室で順番を待ち、一人ずつ呼ばれて会場へ赴く。試験の内容は事前に公開されず、情報漏洩防止のため、試験が終わった学生からそのまま教室にも寄らずに寮へと帰される。

 毎回、補習者が何人も出る非常に厳しい試験だが、何はともあれこれが終われば三日間の試験終了とあって、順番を待つ教室には、緊張感の中にも既に若干の開放感が漂っている。

 しかしアルマークは落ち着かない気持ちで順番を待った。

 自分が魔術実践でできることは何一つない。

 それはそうだ。今まで瞑想の訓練しかしていないのだ。

 体内の魔力の練り方はだいぶ分かってきた気がする。だが、練った魔力の活かし方はまだ分からない。

 試験に何が出題されるのか全く分からないが、アルマークに選択肢はない。とにかくその題目に合わせて、今まで練ってきた魔力で一か八か挑戦してみるしかない。

 アルマークはそう覚悟を決めていた。

「アルマーク、平常心だよ」

 アルマークよりよほど青い顔をしたモーゲンがそう声をかけてくれたが、その彼も試験に呼ばれ、もういない。

 ウェンディの名前が呼ばれ、ウェンディが返事をして立ち上がった。教室を出ていく直前にそっとアルマークの隣に来て、

「大丈夫。アルマークが今までやってきたことを信じて」

 と言ってくれた。

 嬉しかったが、同時に情けない気持ちでいっぱいになる。

 僕がやってきたこと……? 瞑想だけだ。信じろと言われても、そもそも信じるものがない。本当に瞑想以外何もやっていないのだ。

 教室の学生が、一人また一人と減っていく。

 アルマークは転入生のため、呼ばれるのはこのクラスで一番最後。

 緊張した面持ちのネルソンやノリシュやリルティ、普段どおりの顔のレイラやウォリスが次々に出ていくのを黙って見送るしかない。

 トルクは出ていく直前、アルマークが緊張しているのを見て、にやりと笑った。

「いっちょまえに、お前が緊張する必要があるのか。自分にも何かできるとでも思ってるのか」

 そんな事は分かっている、とアルマークは思った。でもどうにかしなければならないのだ。別にいい成績が取りたいなどとは思っていない。しかし、何も出来ないからと最初から諦めて補習になるのは嫌だった。

 何よりも、ウェンディにがっかりしてほしくはない。

 もちろん、できればモーゲンと二人で夏休みにウェンディのお屋敷にも行ってはみたいが、それよりも今はウェンディに失望されることのほうが怖い。

 気付けば、教室にはあと二人。残っているのはアルマークの他にはデグだけだ。

「いつの間にか僕たちだけになっちゃったね、デグ」

 アルマークがなんとなく話しかけると、デグはにやりと笑ったきり、何も言わない。

 デグはガレインと一緒にいつもトルクに子分のようについてまわっている少年だ。一見するとちょっと鈍い感じのする子で、トルクにくっついているのも単純に、トルクは強い=かっこいい、という感覚からのようだ。

 しかしそんな彼も、物体浮遊の術などにはクラスでもトップクラスの才能を示し、かなり遠くに置かれた石を指先一つで自分の手元に運ぶ様子をアルマークも見たことがある。

「君はいいな、デグ。君の物体浮遊の術はすごいよ。僕には使える魔法が何もないんだ、羨ましいよ」

 デグが何も言わないのをいいことに、アルマークは思わずそんな弱音をはいてしまった。

 しかしすぐに、デグだってこれから試験を受けるのにそんなことを言われても不愉快だろう、ということに気付いた。

 慌てて取り消そうとしたが、意外にもデグが笑顔のままでアルマークの言葉に答えた。

「俺は、アルマークが羨ましいよ」

「え、僕が羨ましい?」

 アルマークが困惑すると、デグは笑顔のままで続けた。

「だって先生がいつも言ってるよ。目に見えるものはそんなに大事じゃないって」

「え……?」

 その時、デグの名が呼ばれ、デグは立ち上がった。

「みんな思ってるよ。アルマークが羨ましいって。レイラやウォリスだって、きっと」

 デグは変わらぬ笑顔のままそう言い残し、教室を出ていった。

「羨ましい……? 僕が?」

 アルマークは一人残された教室で困惑したまま、そう呟いた。



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