第49話 覚悟
自分の名前が呼ばれたとき、アルマークはまだ困惑のさなかだった。
いつになく緊張したアルマークは、おどおどと立ち上がり、呼びに来てくれた教師にぺこりと頭を下げてから、離れの魔術実践場に向かった。
僕が羨ましいって。
レイラやウォリスもきっと僕のことを羨ましがってる。
なんだ、どういうことだ。
デグの言っていた意味が分からない。
それが何なのか分かれば、この試験のヒントになるのかもしれない……デグの言いたかったことはなんだ?
とそこまで考えて、アルマークは、デグだって試験の内容は何も知らないのにヒントも何もあったもんじゃないだろう、とようやく思い至った。
そして、思考は振り出しに戻る。
やるしかない。
とりあえず、ぶっつけ本番で出された問題に挑戦するしかない。
できようができなかろうが、挑戦はする。
最初から負けを認めることはしない。
考えながら歩くうちに、アルマークは、魔術実践場の入口にたどり着いた。
よし。
大きく一つ息をつく。
入口の扉を開けると、まるでいつもの授業かのように、イルミスが一人で立っていた。
「アルマークです」
アルマークは意識して大きな声をだした。
「よろしくお願いします」
イルミスは、アルマークを見て、ぎりぎりでそれとわかる程度に小さく頷いた。
「2組の最後の一人だね。始めよう」
そして、イルミス自ら、隅のほうから手のひら大の石を持ってきた。石刻みの授業でよく練習に使うのと同じ大きさの石だ。
イルミスはそれをアルマークの目の前の床に置くと、言った。
「君の授業での成果を見せたまえ」
「……」
アルマークはイルミスの次の言葉を待った。しかし、沈黙。イルミスはもう何も言う気がないようだ。
アルマークは、目の前の石を凝視して固まった。
授業での成果。
成果を見せろだって。
……ない、そんなものは。
魔術実践の授業では、あの大きな炎を出した失敗以降、瞑想しかしていないのだ。
確かに、他のクラスメイトの様子をちょこちょこと覗き見ることはした。
しかし、石をどうこうするような魔法は、全く習ったことはない。
だけど。
アルマークは思った。
だけど、やるしかない。
覚悟を決めろ。
ぶっつけ本番だが、何もせずに終わるよりはましだ。
この石を、どうする? どうすればいいのか?
イルミスは具体的なことは何も言わなかった。
アルマークの頭に最初に思い浮かんだのは、さっきまで一緒だったデグだ。
デグなら、きっとこの石を造作もなく浮かすだろう。浮遊の魔法は彼の得意分野だ。
次に、最初の石刻みの授業でのウォリスの姿が思い浮かぶ。
ウォリスならこの石の上に、美しい幾何学模様を削り出すことだろう。
ウェンディなら?
ウェンディはなんでもできるが、もしかしたら習ったばかりの変化の術を使ってこの石をきれいな宝石か、はたまた生きたウサギか、そういったものに変えてしまうかもしれない。
ネルソンは? リルティは? ノリシュはどうしただろう。もうこの試験を終えて寮への帰路にあるであろう彼らは、どんな回答を出したのだろう。
彼らの得意な魔法が次々に頭をよぎっていく。
ああ、この数ヵ月でずいぶんと僕は彼らの魔法を見てきたんだ、と今さらながらにアルマークは気付く。
イルミス先生だけじゃない。彼ら全員が僕の先生だった。
そう考えたとき、ふとアルマークは思い出す。
一つだけ、自分が教わった魔法があるということを。
「目を閉じて深く息を吸い込め。体の中にある自分の魔力を感じろ。魔力を杖の先端に集めるイメージを強く持て。そして息を鋭く吐き出しながら、石の裏側に魔力が突き抜けるイメージをしつつ、杖を……」
最初の授業での、トルクの声が蘇る。
そうだ、確かにあの時、トルクは僕に石刻みの術のやり方を教えてくれた。
あの時は、全くできなかった。石からは薄片一つ剥がれはしなかった。
しかし、今はどうだろう。
毎日毎日、来る日も来る日もひたすら瞑想をしてきた。魔力を練ってきた。今なら、僕も石を割れるのではないか。
「成果」を出せるのではないか。
イルミスは黙ってアルマークを見つめている。
ごくり。
アルマークは唾を飲み込む。
石刻みの術。
やってみるか。
いや、やってみる、じゃない。覚悟を決めろ、アルマーク。
……やるんだ。
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