第47話 感情
「今日は集中できないようだね」
瞑想を始めてわずか数分。イルミスにそう声をかけられて、アルマークはぎくり、と目を開けた。
「試験勉強が大変かね」
イルミスはアルマークを叱るでもなく、そう尋ねてくる。
「はい、生まれて初めての経験で……」
アルマークは答えた。イルミスは、ふむ、と頷く。
「集中できない理由はそれだけでもなさそうだがね」
イルミスの、心を見透かすような言葉に、アルマークはまたぎくり、とした。さすがイルミス先生。この先生に隠し事はできない、とアルマークは観念する。
「先生は何でもお見通しですね。実は……」
アルマークは素直に、ウェンディのことをイルミスに話した。ウェンディが毎日自分の勉強を見てくれているが、彼女のその親切に対して自分が返してあげられることが何もないこと。でも、何かしてあげたくて、そのことを考えると胸が苦しいこと。
イルミスは最初、意外そうに眉毛を少し上げたが、後は黙って聞いていた。
聞き終わると、ふうむ、と唸って息をつく。
「そういう話は、私の専門外ではあるのだが……なるほど。確かに、君はいつもまるで大人のように落ち着いた振る舞いをするので忘れていたが、まだ11歳の少年だったね」
「……はい」
「端的に言えば、君はウェンディのことが好きなんだろう」
「……好き……ですか」
アルマークは不安そうにイルミスを見上げる。
「先生、僕にはよく分からないんです、好きとか嫌いとか……その、今まで僕はそういう世界にいなかったので」
「分からないならこれから知ればいい」
それは魔法でも何でも同じことだ、とイルミスは続ける。
「自分の中で、怖がらずにその気持ちの正体をじっくりと見つめてみることだ。それも自分自身との対話の一つだ。そして、瞑想と同じくらい大切なことでもある」
イルミスは、君は胸が苦しくなると言ったね、と穏やかに続ける。
「その気持ちを大切にしなさい。今のその感情をよく覚えておきなさい。君がこれから魔術師として生きていくうえで、その気持ちを知っているということはとても重要な意味を持つだろうから」
「……そう、なんですか」
アルマークはよく分からない、という表情だ。
「今はまだ分かる必要はないよ。それと忘れてはならないのが……」
イルミスは人差し指を立てて続けた。
「ウェンディの気持ちだ。君は、ウェンディに迷惑をかけている、と言うが、彼女自身は、そのことを迷惑だなどと思ってはいないだろう。ウェンディ自身が君にそうしたくてやっているのだ、ということを忘れてはいけないよ」
「ウェンディ自身がそうしたくて……」
「君は、もしもウェンディが困っているときに自分が助けられることがあったら、喜んで力を貸すだろう?」
「はい、それはもちろん」
「それを、ウェンディに迷惑をかけられたと思うかね?」
「いえ、思いません」
「今のウェンディだって同じ気持ちなのだと、なぜ思わない?」
「……」
アルマークはうつむいて、考え込んだ。それを見て、イルミスは苦笑する。
「さっきも言ったが、こういう相談は私には専門外だ。自分でも似合わない話をしているな、と思っているよ。さあ、この話はここまでにしよう。いい魔術師は、自分の精神状態がどうであれ、魔法を使うときには負の感情を切り離すことができるものだ」
「はい」
イルミスに促され、アルマークはひとまず考えるのをやめ、瞑想に没頭するのだった。
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