第46話 試練

 楽しい夏休みを迎える前に、学生には試練が待っている。

 そう、休暇前試験だ。

 座学科目の筆記試験と、実技科目の実技試験。

 三日間にかけて行われるこの試験の成績が悪ければ、先の話では来年度の進級にも影響が出るし、近い話では補習によって夏休みの計画に多大な影響が出てしまうのだ。

 試験の10日以上前から、学生たちは徐々に重苦しい雰囲気に包まれ始め、試験前日に、その疲労と緊張はピークに達する。

 そのピークを迎える直前、試験を数日後に控えたある日の教室。

 疲れた顔のモーゲンが、同じように疲れた顔のアルマークを激励している。

「いいかい、アルマーク。この試験が重要なんだからね。夏休みにウェンディのお屋敷に行くためにも、絶対絶対、ぜーったい補習を受けるような成績を取っちゃダメだよ」

「……そうは言ってもなぁ」

 アルマークは浮かない顔だ。

「他の科目はともかく、魔術実践はなぁ……」

「大丈夫だよ。気合いだよ、アルマーク。魔法は気合いで何とかなるから!」

 モーゲンから素晴らしく実用的なアドバイスをいただいていると、その横をレイラが通りかかった。

 その顔が普段通り涼やかで、全く疲れた様子がないことにアルマークは驚き、思わず声をかけた。

「レイラ、君は試験前なのに全然疲れた顔をしてないね」

 レイラは足を止め、冷たい目でアルマークをちらりと見た。

「……必要なことは授業中に全部覚えているから。あなたは違うの?」

「全部はなかなか……」

「なら疲れても仕方ないんじゃない?」

 とりつく島もない、とはこのことだ。レイラは冷たい一瞥を残して去っていった。

「すごいなぁ。レイラは授業中に全部覚えてしまうんだってさ」

 アルマークがモーゲンを振り返ると、モーゲンは青い顔で首を振っている。

「すごいなぁ、じゃないよ。やめてくれよアルマーク。いきなりレイラに話しかけたりするの。心臓に悪いよ」

「えっ、どうして」

「だって怖いじゃないか」

「そうかなぁ……」

 愛想は悪いと思うが、怖いという感情はない。アルマークは首を捻った。

「レイラってきっと試験の成績も優秀なんだろ?」

 と聞くと、モーゲンは、そりゃね、と頷く。

「二年生の最後の試験では、ウォリスが学年全体で1位、ウェンディが4位でレイラが5位だったはず」

「すごいな。2組は優秀じゃないか」

「まあね。僕は後ろから四番目だったけど」

 モーゲンの言葉にアルマークは顔をしかめる。

「それって、君の方こそ補習が危ないんじゃないか」

「失礼な。確かに順位は後ろから四番目ではあったけど、補習は一科目もなかったんだよ。ネルソンなんか順位は僕より上でも二科目も補習に引っ掛かってたんだから」

 モーゲンは得意そうに言う。

「風の魔法のコツと一緒なんだよね。低空飛行でも決して墜落はしないのさ」

「……参考にさせてもらうよ」

 ウェンディのお屋敷には行けないかもしれない。アルマークはそんな悪い予感を感じていた。



 アルマークの試験勉強には、ウェンディが本当に力になってくれた。

 生まれて初めての試験勉強。

 やり方がわからず右往左往していたアルマークに付きっきりで勉強を教えてくれたのだ。

 さすがにアルマークは申し訳ないと遠慮したのだが、ウェンディは、自分の勉強にもなるから、と嫌な顔一つするどころか、もし迷惑だったら言ってね、とまで言ってアルマークの勉強に付き合ってくれた。

 アルマークが彼女に教えてあげられることといえば、武術の授業でのちょっとしたコツや、生物学でちらっと触れられた魔物についての知識の補足程度。

 魔物についての授業が本格的に始まるのは中等部かららしく、他には本当にアルマークからウェンディに教えてあげられることは何もなかった。

 アルマークの質問にすらすらと答えてくれるウェンディのきれいな睫毛を見ながら、アルマークは自分が彼女にしてあげられることは何だろう、とそればかり考えていた。



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