第45話 モーゲンの事情

 モーゲンはガライ王国西部の村の木こりの息子だが、木こりというのはもちろんそんなに稼げる仕事ではない。

 モーゲンの家も決して裕福とはいえない環境だったが、モーゲンがノルク魔法学院に入学することが決まり、名誉なことだとして領主から彼の家に幾ばくかの年金が出ることになった。

 もちろん働く必要がないほどの金額ではないが、それにより家の暮らしぶりはだいぶ楽になった。

 そのお陰もあり、一昨年、去年と夏休みには父親が迎えに来てくれて帰省することが出来たのだが。

「今年は妹が生まれちゃってさー」

 とモーゲン。

「二人目の妹なんだけどね。飯代も稼がなきゃならないし、妹の面倒も見なきゃならないし、父ちゃんも母ちゃんも今年は迎えには来れないって手紙が来たよ」

 仕方ないけどねー、と呟くが、やはり寂しそうだ。

「そういうことなら、まぁ、たまには付き合うよ。僕だって瞑想の訓練以外に予定はないし」

 アルマークはモーゲンの肩をぽん、と叩いた。

「二人とも何の話してるの?」

 話に加わってきたのはウェンディだ。アルマークとモーゲンの顔を交互に見る。

「ああ、夏休みの話。ウェンディは初日にすぐ帰るんでしょ?」

 モーゲンが言うと、ウェンディは頷く。

「うん。ガルエントルのお父様とお母様のところに」

 ウェンディはガライ王国の首都の名を挙げた。

「あれ、ガルエントル? バーハーブ家の領地ってもう少し北じゃなかった?」

 アルマークが尋ねる。この間、図書室でガライ王国の地図を見たばかりだ。

「お父様は今、王国の大臣も兼ねてらっしゃるから基本的には王都に住んでるの。領地のほうは代官が治めてるわ」

「へぇ」

 雲の上の話だ。

「他のみんなも帰るんでしょ?」

 とモーゲン。諦めきれずにまだ仲間を探しているようだ。

「そうだと思うけど……」

「ウォリスは?」

 アルマークはふと思い付いて聞いてみた。

「ウォリス?」

 とウェンディが眉をあげる。

「聞いたことはないけど……きっと帰るんじゃないかな。モズヴィル家はガライの西の端だから、王の道の白馬車を使っても、行くだけで10日近くかかってしまうわね」

 モズヴィル。

 アルマークは今初めてウォリスの姓を聞いた。

 別に聞くタイミングはいくらでもあったが、なんとなく聞きそびれて今日まで来てしまっていた。

 ウォリス・モズヴィル。

 モズヴィル家の領地もその地図で見たぞ、とアルマークは思い出した。

 辺境と言ってもよい場所に小さな領地を持つ家だ。

 家格はおそらくウェンディのバーハーブ家はおろか、トルクのシーフェイ家にも遠く及ばないだろう。

 意外だな、とアルマークは思った。もっとはるか高位の貴族かと思ったのに。

「あーあ、やっぱり帰らないのは僕とアルマークだけかー。毎日アルマークと釣りじゃあさすがに飽きるよ」

 モーゲンが既に勝手に二人で毎日釣りをすることを決めている。

「つ、釣り? いや、だから僕は瞑想が……」

「えっ、アルマークも夏休み残るの?」

 ウェンディが尋ねてくるので、アルマークはさっきモーゲンにしたのと同じ話をする。

「そうなんだ。そうだよね、遠すぎるものね。……あ、それなら!」

 ウェンディがいいことを思いついたように手を叩いた。目がきらきらと光っている。

「二人とも私の家においでよ! ガルエントルまでなら2日で行けるもの。アルマークとモーゲン二人だけでも来れるでしょ?」

「えっ、いいの!?」

 モーゲンが身を乗り出して目を輝かせる。

「うん。私もずっと家にいるわけじゃないけど、多分予定が合えばうちに10日くらいはいてもらっても……」

「うわー、やったー。アルマーク、行こう。絶対行こう、ウェンディに会いに行こう」

 モーゲンがウェンディの言葉を聞き終えるまで待ちきれずにはしゃぎ出した。

「いや、だから僕は瞑想の訓練が……モーゲン、聞いてるか?」

 アルマークが声を掛けるが、浮かれて興奮状態のモーゲンの耳には届いていない。

「あ、ごめんね。アルマークには迷惑だった?」

 かえってウェンディには気を使わせてしまった。

 ガライ王国という大国の大臣を務める大貴族のお屋敷。アルマークの今までの人生で全く縁のなかった類の場所だ。もちろん行ってみたくないわけがない。

 しかし、初等部三年生を数ヶ月も終えた段階で初歩の魔術一つ使えないという現実と天秤にかければ、そんな風に遊んでいる時間はないという結論に達せざるを得ない。

 亀はひたすら歩むのみ。

「いや、迷惑ではないけど……」

 アルマークが言いかけると、モーゲンがむしゃぶりついてきた。

「何言ってるんだよ、行こうよアルマーク。瞑想なら行く途中でいくらでも出来るよ。僕一人じゃガルエントルまでなんて行けないよ。お願い、一緒に行こうよ」

「あ、無理しなくていいよ、アルマーク。ただの私の思い付きだから」

 ウェンディが慌てて手を振るが、その顔にちらりと寂しげな表情が混じる。アルマークはその表情に弱い。

 学院長も、仲間とともに過ごす時間を大切に、と言っていたしな……と、こういう時だけ都合よくヨーログの言葉を思い出す。

「いや、行かないなんて言ってないよ、ウェンディ。ただ僕は、10日はさすがに迷惑だからその半分の五日で帰ろうって言おうとしてたんだ」

 その言葉にウェンディの顔がぱっと輝き、モーゲンのやったー、という叫びが教室中に響き渡った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る