第三章

第44話 夏の予定

 それからしばらくの間は、初等部の学生は森への立入りが禁止された。治癒術で使う薬草も、森に採りに行くのではなくセリア先生の薬草園で育てているものを使うことになった。

 じきに、大規模な調査隊が森に入ったらしい、という噂が流れた。数日の間、森の奥深くの方から立ち上るいくつもの煙が寮の窓からも見えて、あれは何の煙だろうか、先生や先輩たちが魔物と戦っているのだろうか、などと学生同士で噂しあったりもした。

 その後、しばらくして森への立入り禁止は解除された。調査隊が森で何を見たのか、魔物はどれくらいいたのか、どのような措置をしたのか、そういった説明は初等部の学生には一切なかった。

 ただ、もう森は安全になったので中に入ってよい、但し奥深くへは立ち入らないこと、という指示を受けただけだ。

 森に以前の通り入れるようになって、初等部の学生たちはすぐに日常の平穏を取り戻した。

 魔物にさらわれかけたエルドも、魔力を使い果たして気を失っていたことが幸いして、ほとんど何も覚えておらず、精神的なショックも小さかった。相変わらずシシリーとともにアルマークにありがたいアドバイスをしてくれる。

 魔物から下級生を取り返した、ということでアルマークとトルクの二人は、一時的に時の人になり、その時の状況をクラスメイトはもちろん、色々な人から聞かれたが、アルマークもトルクも別に怪我をしたわけでもなく、魔物を倒したとも倒していないとも言わず、その件について言葉少なだったため、徐々に学生たちの興味もそれていった。

 アルマークとしては、ジャラノン程度の魔物を倒したことは誇るほどのことでもなかったし、むしろ予想外に苦戦したことに忸怩たる思いがあった。

 トルクにしてみれば、アルマークと協力して魔物と戦ったなどと、吹聴してまわる奴がいたら逆にどやしつけてやりたいくらいの心境であった。

 ごく自然に、森への立ち入り禁止の解禁とともに二人の話もなくなっていった。



 夏が近づいてきた。

 最近のみんなの話題は、目下、夏休みをどう過ごすかだ。

 ほとんどの学生は、二ヶ月近い長期の休みを、親元に帰って過ごす。

 魔術師の卵とはいえ、みんなまだ年端もいかない子供だ。全寮制の学院で生活し、ずっと離ればなれになっている親のところに帰りたくなるのは当然だろう。

「すごいんだよ。 休みの初日には、みんなの親が迎えに来てさ。貴族の子なんかは親の代わりに執事が召使いをたくさん連れて迎えに来たり」

 教室での休憩時間。窓から入ってくる風が心地よい。

 モーゲンが頬杖をついて窓の外を眺めながら言う。

「ふーん」

 アルマークにはあまり興味がない。

 この学院入学から既に早数ヶ月。

 魔法についてはいまだに瞑想しかさせてもらっていない。

 イルミスには、あせるな、と言われ、それは自分でも分かってはいるが、魔術実践の授業でクラスメイトたちの魔法がめきめきと上達しているのを目の当たりにすると、自分は何をやっているんだろうか、と思ってしまう。

 石刻みの術は既に一回で成功できない者は誰もいなくなり、授業自体が徐々に高度な魔術に移行しているのが分かる。

 ノリシュの風便りの術のように、自主的にさらに高度な魔法に挑戦している者もいる。ジャラノン事件でのトルクの魔法も凄かった。

 モーゲンの話を聞きながら、アルマークは無意識に瞑想の心理状態を作っている自分に気付く。身体の中の魔力を心の指でぼんやりとこねくり回しているような感じだ。

「ちょっとアルマーク、聞いてるのかい」

 モーゲンの言葉で我に返る。

「ああ、ごめん。えーと」

「だからー、さっきから、君は夏休みどうするのって聞いてるのに」

「夏休みって……」

 アルマークは苦笑した。

「もし北に帰ったら、次に学校に帰ってくるのは早くて一年後だよ。父さんが今どこにいるのかも分からないし、僕に帰るところなんてない」

「じゃあ」

 モーゲンが顔を輝かせる。

「ずっと寮にいるの」

「それしかないだろ」

 言いながら、なぜモーゲンが喜んでいるのか分からない。話の流れが見えない。

「やったぁ。僕一人じゃないぞ」

「えぇ?」

「うちのクラスで夏休みに帰省しないの僕だけかと思ってたんだ。二ヶ月近くも何しようかって。でも君も残るならよかった」

 なんだ、そんな話か。アルマークが呆れ顔で

「そうは言っても、僕は君たちに追い付くために毎日瞑想の訓練をしなきゃならない。そんなに毎日は付き合えないぜ」

 と釘を刺す。しかしモーゲンは

「そんなの分かってるよ。でも一人じゃないと思っただけで気持ちが違うんだよー」

 と喜びを隠さない。呆れながらもアルマークは、モーゲンが帰らない理由を聞いてみることにした。



 

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