第43話 エルド
トルクの意外な笑顔にアルマークは少し驚いたが、すぐに地面に寝かされたエルドのところに歩み寄る。
「怪我は」
「外傷は無さそうだがな」
トルクはエルドの命に別状無さそうと見て、既に彼から興味を失っている。
アルマークは、エルドに出血がないのを確認し、耳元で呼び掛けた。
「エルド。エルド、しっかりしろ」
しかし、エルドは低く呻くだけで意識を取り戻さない。
アルマークは根気強く呼びかけ続けた。
エルドのあまりの反応の無さに、ジャラノンの死体をしげしげと眺めていたトルクも戻ってきた。
「目を覚まさねぇのか」
「気絶しているだけのはずだけど……」
アルマークが首を捻る。
「あの魔物は何か毒でも持ってるのか」
トルクの言葉に首を振る。
「何も持ってないはずだ」
「じゃあ何で目を覚まさねぇんだ」
「分からない」
その時、森を一陣の風が吹きぬけた。
「先生!」
アルマークは声をあげた。風とともに杖を携えたイルミスが現れたのだ。
「アルマーク、トルク。二人とも怪我はないか」
イルミスは厳しい表情で言う。
「はい。僕たちは……でもエルドが」
「なに」
イルミスは素早くエルドを抱きかかえた。
外傷の有無を手際よく確認し、白い光に包まれた右手をエルドの身体にそって滑らせる。その後で、ようやくふっと表情を緩める。
「この子は大丈夫だ。……魔力を使い果たしているだけだ」
「魔力を」
意外な言葉にアルマークとトルクは顔を見合わせた。
「校舎に駆け込んできた一年生の女の子……シシリーと言ったかな? 彼女が言っていたよ。原っぱに魔物が突然現れた時、エルドが自分をかばって辺り一面を霧に包んでくれた。早くにげろ、と言ってくれた、と」
「……そうでしたか」
アルマークは目を覚まさないエルドの顔を改めて見て、先日の彼の言葉を思い出した。
『僕は間もなく霧で辺り一面を包めそうな気がする』
よくある一年生の強がりかと思っていた。しかし、嘘ではなかった。エルドは自分の魔力を使い果たし、命を危険にさらしてまでシシリーを守ったのだ。彼もやはり、その才能を認められた天才の一人。
「こいつ、やるな」
アルマークの気持ちをトルクが代弁してくれた。
「なかなかできることじゃねぇ」
「そうだね」
アルマークは素直に頷いた。自分には勝つ算段があった。技術と知識があった。だからすぐに動くことができた。けれど、もし自分がエルドと同じ立場だったら……? 出来ただろうか。同級生を救うために自分に出来うる最良の選択を、それも自分の命の危険を計算にいれることなく。
「こいつはお前の面倒見てやってるような口ぶりだったが」
トルクはアルマークを見てにやりと笑う。
「こんな立派な一年坊主に面倒見てもらえて幸せだな」
アルマークは穏やかな顔で頷く。
「そうだね。彼からはまだまだ学ぶことが多いみたいだ。もうしばらく面倒を見てもらうよ」
はっ、とトルクが笑った。嘲りの響きはあったが、棘は感じなかった。
ジャラノンの死体を検分していたイルミスが、アルマークたちを振り返る。
「これは、君たちが?」
「……はい」
「ほとんどがアルマークです、先生」
「そうか」
イルミスは立ち上がった。
「まさか二体も出るとはな。二人とも、よくやってくれた」
「この森にも魔物がこんなに出るんですね」
トルクの言葉に、イルミスは頷く。
「多少はな。……だが、今年は少し様子が違うな。こんな浅いところまで魔物が下りてくるとは」
厳しい顔で続ける。
「近いうちに森の奥の実態調査を行い、あわせて危険な魔物の巣を駆除することになるだろうな」
「先生、俺も参加させてください」
トルクが言うが、イルミスは首を振る。
「調査隊は教師と高等部の学生が中心となるだろう。初等部の学生にはまだ早い」
トルクが悔しそうに顔を歪めたとき、再び風が吹きぬけ、後続の教師たちが続々と現れた。
「トルク君、アルマーク君!」
フィーア先生もやって来ていた。
「心配したわ。二人とも怪我はない?」
大丈夫です、と返事する二人を見て、フィーアは安堵のため息を漏らす。
「他のみんなも心配してるわ。さあ帰りましょう」
「……はい」
アルマークはエルドが薬湯を飲ませてもらっているのを見届けてから、ゆっくりと帰路についた。トルクもその後ろを黙って歩く。
と、不意にトルクが前に出た。
「お前は俺の後ろを歩け」
「なんでさ」
「ずっと俺の前を走っていただろう」
よく分からないトルクの言葉に、アルマークは首を捻りながらも、笑顔で答えた。
「わかったよ」
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