第42話 騎士

 背後からの爪がアルマークを捉えた、と見えた時にはアルマークは二体のジャラノンの横の隙間に跳びずさっていた。

 新たに現れた方のジャラノンが口を押さえて呻く。

 アルマークは背後からの一撃をかわしざまに、その顔面に反撃を叩き込んでいたのだ。

 とんでもねぇやつだ。

 心のなかでアルマークに舌を巻きながら、トルクはようやくエルドのもとにたどり着いた。頬を軽く叩くと低く呻く。生きている。

 ほっとする間もなく、トルクは魔法を発動した。大雑把な魔法はアルマークを巻き添えにしてしまう。だがまあ、この程度の魔法なら避けられない奴の方が悪い。

 トルクの左手の指先に炎が宿る。親指から小指まで、それぞれ一つずつ、全部で五つ。鬼火の術の応用、炎の指だ。

 トルクは五つの炎を極小にして一旦ぐっと拳に握りこんだ後で、立ち回っているアルマークたちの方に向けて勢いよく手を開く。

 五つの小さな火の玉がそれぞれ別々の軌道を描きながら飛んだ。

 三発がトルクに背を向けていた最初のジャラノンに当たり、もう一発はアルマークに向かって飛んだが、トルクの予想通りアルマークが首をひねってかわしたので二体目のジャラノンの胸に当たった。最後の一発は大きくそれて地面に落ちた。

 疲れているせいでコントロールが甘くなった。トルクは舌打ちした。

 しかし効果はてきめんだった。三発を背に受けたジャラノンは地面を転げ回って苦しんでいる。体毛に着火したのか、その背中から煙もあがっている。

 もう一体も突然の火球に目に見えてうろたえた。その隙を見逃さずアルマークが躍りかかった。

 打撃ではらちが明かないと判断したのだろう、木の枝を容赦なくその単眼に突き刺す。

 トルクが思わず顔をしかめて目を背ける。

 アルマークは木の枝を、折れるのも構わず単眼深くにねじ込んでいく。

 返り血を浴びるアルマークの表情に変化はない。淡々と必要な作業をこなしていく。

 身の毛のよだつ絶叫の後で、ジャラノンが動かなくなった。

 残りはもう一体。転げ回ってどうにか背中の火を消して、アルマークに向き直る。

 木の枝は折れてしまって丸腰になったが、アルマークに怯む様子は一切ない。冷たい目でジャラノンを見据えると、突然右手を振った。ジャラノンが単眼を押さえてよろめく。アルマークがいつの間にか拾っていた木の実を投げつけたのだ。

 そのままアルマークは全力でジャラノンに飛びかかった。アルマークにいきなり身体を預けられ、体勢を崩したジャラノンがよろめく。アルマークは器用に脚をジャラノンの脚に絡みつかせて、そのまま地面に押し倒した。

 ジャラノンが倒れた先に、先ほど倒したジャラノンの死体が倒れている。これもアルマークがいつの間にか仕込んだものか、死体の右手の爪が上を向いていた。

 アルマークはその爪の上に、全体重をかけてジャラノンを押し倒した。背中から胸まで貫かれたジャラノンの絶叫が森に響き渡る。それでもアルマークは全身の力を込めて、ジャラノンを爪に押し付け続けた。


 動かなくなったジャラノンの身体からアルマークがようやく身体を起こした。

 ぺっ、と血の混じった唾を地面に吐いてから、トルクの方を見る。

「ありがとう、トルク。君の声と魔法がなかったら危なかった」

 返り血を浴びたまま、精悍な笑顔を浮かべたアルマークを、ちょうど木漏れ日が照らしていた。その姿がまるで戦を終えた後の気高い騎士のように見えて、トルクは軽い嫉妬を覚えた。

「任せろと言った割には苦戦したな」

 憎まれ口を叩いたあとで、一年坊主は無事だ、と教えてやる。

「よかった」

 アルマークは屈託のない笑顔を見せた。

「トルク、さっき初めて僕の名前を呼んでくれたな。嬉しかったよ」

 確かに呼んだ。咄嗟ではあったが、躊躇いもあった。ずっとアルマークの名を呼ぶことを避けてきた。呼べば、アルマークをクラスの一員と認めてしまうことになる。つまらない意地だった。

 しかしこいつは、とトルクは背筋に寒いものを感じた。この戦いの中でそんなことまで考えていたのか。こいつは本当に別格だ。ウォリスと同じ類の人種だ。

 だが、トルクは今ではそれを認めることが決して不快ではないことにも気付いていた。

 自分が葛藤の末にようやくアルマークの名を呼んだということに気付かれたことが、なぜだか逆に嬉しかった。

 もちろんトルクはそんな感情はおくびにも出さない。

「確か、そんな名前だったと思ってな」

 仏頂面でそう言ってから、トルクはやはりこらえきれなくなり、笑った。



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