第41話 ジャラノン

 アルマークは斜面を驚くべき速度で駆け降りていく。その足音に、エルドを小脇に抱えたまま、ジャラノンが振り返った。

 人間の大人よりもやや小柄なその身体は茶色い毛で覆われている。単眼がギョロリと動き、アルマークの姿を捉えた。

 子供を片手で抱えたままで苦もなく歩いていることからも分かる通り、ジャラノンの腕力はその体格からは想像できないほど強い。

 何よりも警戒すべきは両手の硬質化した長い爪だ。物を切断するほどの鋭さはないが、刺突武器として威力を発揮する。

 アルマークはわざと音をたてながらジャラノンに突進していった。手に持つ枝をこれ見よがしに振り回す。

 もちろんこれはさっき折ったばかりの何の変哲もないただの木の枝だが、アルマークは大層な武器であるかのように振りかざした。

 案の定、ジャラノンが低く唸ってエルドを地面に放り出し、両手で身構える。作戦成功だ。地面に投げ出されたエルドが、小さく身じろぎするのが見えた。

 アルマークはジャラノンの爪が届く直前の位置で立ち止まった。

 剣と同じように木の枝を構える。

 ジャラノンは鋭い爪をアルマークに見せつけるようにかざしながら、じりじりと間合いを詰めてくる。警戒しているのか、いきなり突っ込んでくるような真似はしない。

 トルクは、今のうちにエルドを助けようと、遅ればせながら斜面を下り始めていた。だが、とてもアルマークのように素早く駆け下りることはできない。

 お前はそのままジャラノンを引き付けておけ、とトルクは思った。そのままじりじりとエルドから引き離せ。

 しかし、アルマークはトルクの予想を裏切り、自ら動いた。

 素早い踏み込みから、下から擦り上げるように木の枝を振るい、ジャラノンの顎をしたたかに打つ。その打撃の速さにジャラノンは全く反応できない。怒りの声を上げて爪を振るが、アルマークはさっさと距離をとり、それをかわす。

 と思うと、再び踏み込み、今度は横殴りにジャラノンの顎を叩く。ジャラノンの口から血が滴る。

 やはり少し勝手が違うな、とアルマークは思った。愛用の長剣なら最初の一撃で首を飛ばして終わっていた。だがこいつ、打撃には意外と強いぞ。

 ジャラノンは今や怒りの声を上げて両手の爪を振りまわし、アルマークを狙っていた。しかし、アルマークはその激しい攻撃を身体に触らせることすらない。動きづらいローブを着ていてもなお、その体術は圧倒的だ。

 攻撃をすればそこに隙が生まれる。アルマークはジャラノンが爪を振るう度に、それをかわして木の枝をジャラノンの顔や身体に叩きつけた。人なら一撃で死に至りそうな鈍い音が響くが、ジャラノンの動きはなかなか衰えない。

 しかし、ジャラノンはアルマークに誘い出され、エルドの倒れている位置からは徐々に距離が開き始めていた。トルクは息を切らしながら、エルドのほうに近寄っていった。

 あの分なら魔物はあいつ一人で大丈夫そうだ。そう思いながらアルマークのほうに目をやったトルクは、信じられないものを見た。

 アルマークとジャラノンが戦う、そのすぐ後ろの茂みから突然もう一体、新たなジャラノンが姿を現したのだ。

「なっ……」

 トルクは絶句した。アルマークはそれに気付いているようには見えない。このままでは挟み撃ちにされてしまう。

 ああ、やっぱり来るんじゃなかったぜ。

 トルクはぎりっ、と歯軋りし、叫んだ。

「アルマーク!! 後ろだ!!」

 アルマークが、はっと後ろを向く。その時には背後のジャラノンはもう爪を振り上げていた。




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