第40話 トルク
淡い黄色い光は、森の奥まで断続的に続いている。
途中、足跡は途切れてしまったが、トルクの魔法のお陰で迷うことはなかった。空気中の匂いはすぐに拡散してしまうが、木や石など、魔物がじかに触れたところに付着した匂いは、淡い光を放って二人の目印になった。
魔物だけあって、人の歩く道にこだわることなく、茂みや獣道を自在に歩いていっていることが分かる。アルマークは驚異的な体力と脚力でそれを踏破していったが、ついていくトルクは必死だ。
トルクは何度も、待て、と声をあげそうになったが、それを飲み込んだ。
事態が一刻を争うことはトルクにも分かる。早く追い付かねば下級生の命が危ない。自分が食らいついていくしかなかった。
今までどんな訓練を積んできたら、こんな化け物みたいな体力がつくんだ。トルクは歯噛みしながら思った。
こいつは本当に魔法以外は伊達じゃねえ。剣だけじゃねえ、頭も回る。何でもできやがる。
魔法にしてみたところで……
トルクは苦しい息の下で、流れ落ちる汗を拭いながら、アルマークが発動させた炎の魔法を思い出す。
ほとんど何の訓練もなしにあんなでかい炎が出せるやつなんて見たことねえ。しかもその日のうちにけろっとした顔で寮に帰ってきやがった。
いずれ魔法でも俺はこいつに追い抜かされる。
それはトルクにとって恐怖に近い確信だった。
今、俺がこうしてこいつの後ろを必死で走っているように、魔法でもこいつの背中を追わなければいけない日がいずれ必ず来る。
トルクは、自分の故郷を、シーフェイ家を思った。
幼き日の誓い。トルクにとってそれは、自分の生き方そのものと言っても良かった。
本来、俺にだってあのくらいの力があってしかるべきだった。トルクは思った。俺が才能だと思っていたもの、努力だと思っていたものが、こいつを見ているとひどくちっぽけなものに思えて、どうしようもなく惨めになる。
「くそ!」
トルクは声に出して毒づいた。
アルマークはもうトルクを振り返りもしない。トルクが獣追いの術で照らした光を一心不乱に追っている。その背中がどんどん小さくなる。
こいつはそうやって、自分の目標に向かって、余計なことを考えず、脇目を振らずに走っていくことができる。そういうやつだ。それも才能か。
だが、今はこいつのそういう性格がありがたい。もしも振り返ってこちらに気遣いでも見せられたら、その方が我慢ならない。
いずれこいつは魔法でも俺の先を行く。その時も俺のことなど振り返りもせずに、当然のように抜き去っていくのだろう。
トルクは歯を食いしばった。
だが、それは今ではない。
俺は、少なくとも今はまだ、魔法においてはこいつよりも遥かに前にいる。
待てとは言わない。俺だって走れる。こいつと同じくらいの速さで。否、走らなければならない。あの日の誓いに、シーフェイの名に懸けて。
必死の形相で、トルクはアルマークを見失うまいと走り続けた。
「見えた!」
アルマークは足を止めた。
光を追って小さな斜面を駆け上がると、すぐになだらかな長い下りになっていて、その先が見渡せた。
視界が開けると、そう遠くない場所に、ローブ姿の少年を小脇に抱えて肩を揺らしながら歩いている一本角の鬼の姿が見えた。体からふわふわと黄色い光を発しているのは、トルクの魔法が鬼の本体まで届いている証拠だ。
だいぶ走ったが、魔法は決して途切れなかった。トルクはすごいな、とアルマークは感心して、そこで初めて後ろを振り返った。
トルクは膝に両手をついて、体を押し出すようにして必死に斜面を登ってくるところだった。
意外にトルクが近くにいたことにもアルマークは驚いた。
口だけじゃない。根性もあるやつだ。
「よくついてきたな、トルク。見えたぞ」
アルマークが声を掛けると、トルクは荒い息で顔を歪めて、当たり前だ、と吐き捨てた。
「まだ一年坊主は無事なんだろうな」
「大丈夫だと思う。ここまで助かったよ、トルク」
アルマークは手に持った木の枝を振った。ひゅん、と鋭い音が風を裂く。
「ここから先は僕の仕事だ。任せてくれ」
いいざま、アルマークは斜面を一気に駆け降りた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます