第39話 追跡
アルマークは飛ぶように走って森に入ると、すぐに手近の木の枝を手頃な長さで折った。ひゅっと一振りして感触を確かめる。丸腰よりはましか。
「おい、待て!」
背後の声に振り向くと、トルクが息を切らしながら走ってきていた。
「トルク! なんで来たんだ」
トルクは、はあはあと息を切らしながらアルマークに追い付く。
「お前、足が速えんだよ、くそっ」
毒づいてからアルマークを睨む。
「魔物が出たから俺が倒す? お前は先生を呼んでこい? ふざけるなよ」
トルクは額の汗もそのままに、アルマークに言い放つ。
「魔物と聞いて俺がびびると思ったか? 慌てて先生を呼びに行くと思ったか? 俺をなめるな。下級生が魔物にさらわれたと言うなら、なおさら魔法の一つも使えない、この森の道もろくに知らない、お前一人に任せてなどおけるか」
アルマークは意外なものを見る目でトルクを見た。
「そんな風に受けとるんだな」
でもトルク、と続ける。
「誇り高いのは結構だが、誇りは命まで守ってはくれないぞ」
トルクは、ふん、と小さく首を振る。
「お前には分からん」
貴族の誇りか。
アルマークは北の地での騎士たちの戦いぶりを思い出した。そうだな、傭兵には騎士の気持ちは分からない。
「よし、それなら行こう。ついてくるからには自分の身は自分で守ってもらうぞ」
「抜かせ。俺の台詞だ」
二人は再び走り出した。
「どこに行けばいいのか目星はついてるのか」
トルクが息を切らしながら尋ねると、アルマークは対照的にほとんど息を乱すことなく答える。
「学生が行ける程度の浅い森には魔物の巣はない。ということはできるだけ森の奥に……」
「バカか」
トルクが吐き捨てる。
「やっぱり俺が来て良かったぜ。そんな曖昧なことじゃ5日かかったって見つかるものか。ここの森は奥に深いしそこに至る道だって何本もあるんだ」
「そうか。いいアイディアがあるのか?」
「一年の連中が魔法の練習をするのは向こうの原っぱの近くだ。そこから足跡を拾えれば……」
「よし、それでいこう」
アルマークはぐるりと方向を変え、全く速度を落とさずに坂道を駆け上がっていく。
「あ、待て! ……くそ、足は速えな!」
トルクがようやくアルマークに追い付くと、アルマークは既に原っぱでかばんを一つ拾い上げていた。
「エルドのだ」
言いながら、アルマークは地面を指差す。そこには、明らかに人のものではない足跡が残っていた。
「思った通りだ。シシリーはちゃんと見ていた。怖かったろうに、大した子だ」
「なにがだ」
ぜえぜえと息を切らしながらトルクが尋ねる。
「シシリーの話からも、この足跡から見ても、おそらく魔物はジャラノンで間違いない。森に住む邪悪な鬼だ。気が向けば人を襲って食べることもある。だけどこれで希望が出てきた」
「……どういうことだ」
「ジャラノンは新鮮な肉を好む。獲物を巣まで持ち帰ってから殺す習性があるんだ。つまり、エルドはきっとまだ生きている」
足跡を見ながら冷静に話すアルマークを、トルクが険しい顔で見る。
「魔物に詳しいな」
「好きで詳しくなった訳じゃない。生きていくためだ」
そう言うと、アルマークは足跡を見ながら走り出した。
「暗くなるまでにけりをつけよう。こっちだ」
「ああ、待て待て! 勝手に走り出すな野蛮人!」
そう言った後で、おっと、と口を押さえる。
「今のは無しだ。ったく、ちょっとは頭を使え。お前の隣にいるのは魔術師だろうが!」
言いながら、トルクは両手の指を複雑に、まるで楽器を演奏するかのように動かした。普段の言動からはとても想像のつかない繊細な動きだ。
すると、地面に残された魔物の足跡が淡い黄色の光を放ち始めた。
「これは……」
「魔物の匂いに色をつけた。これで追いやすくなったろう。さあ行くぞ!」
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