第38話 魔物

「魔物?」

 こんな明るい時間に魔物だと? アルマークは一瞬シシリーの言葉を疑った。しかし、躊躇している暇はない。

「シシリー、魔物ってどんなやつだい」

 アルマークはシシリーの肩を両手で優しく掴み、怖がらせないよう極力落ち着いた声で尋ねる。

「どんなやつって……わかんない、大きくて怖いやつ」

 シシリーがしゃくりあげながら答えるが、要領を得ない。

「どんな色をしてた? 人みたい? それとも犬みたい?」

 アルマークは根気強く尋ねる。最低限の情報を聞き出して、それから森に全力疾走だ。

「わかんない。シシリー怖くて……よく見てない」

 シシリーが首を振る。アルマークはしゃがみこんでシシリーと目線を合わせる。

「しっかりするんだ、シシリー。君は魔術師だろう。エルドは僕が助ける。約束するよ。だから、君が見たことを僕に教えて」

 魔術師、という言葉にシシリーが反応する。涙に濡れた大きな目でアルマークを見た。アルマークはその目を強く見返して頷く。

 シシリーは少しためらってから、おずおずと答えた。

「……茶色い毛むくじゃら……背は中等部の人くらいで……一つ目で角が生えてた……と思う」

「上出来だ、シシリー」

 アルマークは立ち上がった。

「君は校舎に戻って先生を呼んできて。僕は先に森へ行く。一人で行けるね?」

 シシリーが気丈に頷く。

「よし、急いで」

 と言いながらアルマークが校舎の方を振り返ると、こちらにぶらぶらと歩いてくるいつもの三人組が目に入った。

「トルク!!」

 アルマークに急に大声で名を呼ばれ、トルクたち三人はぎょっとしたように足を止めた。が、すぐにトルクが皮肉めいた口調で言葉を返してくる。

「なんだ、また一年と遊んでるのか? お前にはお似合いかも知れねぇが」

「エルドが魔物にさらわれた!」

 アルマークはトルクの言葉を意に介さず続けた。

「魔物?」

 トルクが目を丸くする。

「僕は先に森へ行く。先生を呼んできてくれ。それとこの子、シシリーのことも頼む」

「ま、待て待て! 話が見えねぇ!」

 トルクが慌てて遮るが、アルマークは続ける。

「悪いが、この子が見たものが本当ならことは一刻を争う。ゆっくり説明している暇はないんだ」

 トルクは呆気にとられた顔でアルマークを見返した。

「魔物に一年がさらわれて……で、お前は一人で森に行ってどうしようってんだ……?」

「エルドを取り返す。必要なら魔物は倒す」

 アルマークは簡潔に答える。

「魔物を倒す……」

 トルクは鸚鵡返しに呟いた。

 アルマークは、頼むよトルク、と一言言い残して身を翻し、森に向かって走り出した。

 トルクは走り去っていくアルマークを見て、急に顔を歪めて、ちっ、と舌打ちした。呆気にとられているガレインとデグを振り返る。

「お前ら、この一年と一緒に行ってやれ。それで先生を呼んでこい。大至急だ」

「えっ」

 二人が意外な言葉に目を丸くする。

「ト、トルクは」

 ガレインが聞き返したときにはもうトルクは走り出していた。

「魔法以外は何でもできると自惚れてるあのバカは、この森のことなんか何一つ知らねぇんだ。俺が行くしかねぇだろうが!」



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