第37話 一年生
ある日の朝のこと。
アルマークが寮から校舎に向かって歩いていると、
「アルマーク」
と後ろから声を掛けられた。
振り返ると、アルマークよりも頭一つ分小さい男の子がアルマークを見上げていた。
「やあエルド」
「お前も今から学校に行くところか」
「ああ、そうだよ」
「何か魔法使えるようになったか」
「いや、まだ……」
「まだかよ。お前、ほんとにそれでも三年生なのか?」
このぞんざいな口のききかたをする少年の名は、エルド。初等部の一年生だ。
「あ、アルマークだぁ」
もう一人、ローブを着ているというよりまだローブに着られている、という形容がしっくり来る、エルドと同じくらい小柄な女の子が後ろから追いついてきた。
「おはようシシリー」
アルマークが挨拶すると、シシリーは
「ごきげんよう」
とませた挨拶をする。
「シシリー、こいつまだ何にも魔法使えないんだってさ」
エルドがさっそくシシリーにそう言うと、シシリーは眉を八の字にして
「えー、そうなの。かわいそう。魔法学院の三年生なのに魔法が一つも使えないなんて」
とアルマークの気にしていることのど真ん中を射ぬいて心配してくれる。
この二人とは、アルマークがフィーア先生に頼み込んで一年生の瞑想の授業に参加させてもらったときに知り合った。
二人ともなぜかアルマークのことが気に入ったらしく、なんやかやと話し掛けてきて、瞑想の授業にならなくなってしまった。アルマークが授業を追い出されたのも、この二人のせいと言えなくもない。
その時に、アルマークは二人から格下認定されたらしく、学校や寮で見かける度に年長者のように話しかけてくるので、それを見たネルソンやモーゲンが毎度毎度大爆笑している。
「しっかり励めよ、アルマーク。僕たちはこの間、霧の魔法を習い始めたところだ」
「シシリーね、この前の授業で、手からちょっと水蒸気が出たんだよ」
「僕は間もなく霧で辺り一面を包めそうな気がする。今日も放課後は森で特訓するつもりだ。アルマーク、魔法の基礎は瞑想だ。僕らを見習って諦めず努力しろ」
イルミス先生の口調にそっくりで、思わずアルマークは苦笑してしまう。先生ぶりたい年頃なのだろう。
「ああ、ありがとう……」
一年生と一緒に歩くと、歩幅の関係でどうしてもペースが遅くなる。後ろから歩いてくる他の学生たちにどんどん追い越される。知らない学生ならまだいいが、この姿をクラスメイトに見られるとさすがに気まずい。
現に今、氷のような無表情でレイラがアルマークの横を通り抜けていった。
そろそろ二人に別れを告げて歩く速度を速めようかとアルマークが考えたその時、後ろからこれ見よがしの「はっ」という嘲りの笑いが聞こえた。
振り返ると、トルクがガレインとデグを引き連れて追い付いてきていた。
「おはよう、トルク」
とアルマークが挨拶すると、トルクはそれには答えず、
「お前たちも朝からガキのお守りは大変だな」
と、あろうことかアルマークにではなくエルドとシシリーに話しかける。
「そうでもないよ」
とエルドが澄まして答える。
「こいつはまだ何も魔法が使えないかわいそうなやつなんだ。お前たちからもいろいろ教えてやってくれ」
うん、わかった、と二人が頷くのを見て、トルクは笑いを噛み殺しながらアルマークを追い抜いていった。
「……アルマークはクラスでもバカにされてるのか?」
トルクたちがだいぶ小さくなってから、エルドが言った。
「いや、そうでもないよ」
アルマークは答えるが、エルドとシシリーは顔を見合わせて、
「僕らが仲良くしてあげないとな」
「うん。今の三年生たち意地悪そうだったもんね。あんな人たちと同じクラスでアルマークかわいそう。何から何までついてない人」
と好き放題に言い合っている。
大きなお世話だが、二人が自分に好意を持ってくれていることが分かるので、そうむげにもできない。今だってわざわざトルクたちに聞こえなくなるのを待ってから聞いてくれたのだ。
「何かあったら僕らに言えよ」
というエルドの言葉に、アルマークは精一杯の笑みを浮かべて頷くのだった。
それからしばらくしたある日の放課後だった。
アルマークは、来週の授業で使う薬草を採りに行くため、イルミス先生に断って森へ向かっていた。
授業が終わって間もない時間。日はまだ高い。いつも授業が終わればすぐに瞑想の訓練に直行していたので、この時間に森への道を歩くのは新鮮な気分だ。
一年生たちが歓声を上げて走り回ったり、二年生や三年生がグループになって思い思いの場所で輪を作って何かの話し合いをしたり、魔法の練習をしたりしているのを見ながら、森に近づいていく。
森に近付くにつれ、人影もまばらになる。また森の中に入れば小川や原っぱなどには学生のグループがいることだろう。
「……ん?」
アルマークは森の方から走ってくる小さな人影に気付いた。あれは……
「シシリー?」
小さな体を揺らしながら、必死で走ってくるのは一年生のシシリーだ。
「シシリー、どうした」
アルマークが声を掛けると、彼の姿を認めたシシリーの顔がくしゃっと歪んだ。その目からぽろぽろと大粒の涙がこぼれる。
アルマークは彼女に駆け寄り、尋ねる。
「どうした。何があった」
シシリーはしゃくりあげながら、必死になにかを伝えようとするが、うまく言葉にならない。
「エルドが……エルドが」
「落ち着け、シシリー。エルドが、どうした」
アルマークはただ事ではない雰囲気を感じ取った。
「ま、魔物に……魔物に連れていかれちゃった」
シシリーの言葉にアルマークは目を見開く。シシリーは堪えきれなくなったようにアルマークの胸に倒れ込んだ。
「お願い、アルマーク。エルドを助けて」
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