第31話 魔笛
夜の森に響いた、笛の音のような奇妙な音。北の人々はあの音を「森の魔笛」と呼ぶ。
その音が何から発せられているのか、アルマークも知らない。父は「死神の笛の音だ」と言い、旅の魔術師は「闇が形をとるときの音だ」と言った。しかし、おそらくはっきりと知っている者はいないのではないか。
ただ、夜、森の暗さがある一定の程度に達したとき、まれにこの音が聞こえることがある、というのは北の人間なら子供でも知っていることだ。
そしてそれは、森の奥から異形の魔物がやってくる合図だ。
普段から森に潜む普通の魔物とは全く質が違う。
たとえば、全身が黒い毛に覆われた双頭の怪人、ボラパ。
たとえば、逆立つ毛が刃のように鋭い魔獣、デリュガン。
たとえば、鱗に覆われた体で奇怪な魔法を操る魔人、マルムダン。
その生態も分からず、人を襲う目的も分からない。
ただはっきりしているのは、やつらが人を強烈に敵視しているということ。そして恐ろしく強いということ。
歴戦の傭兵でもやつらと戦うことは躊躇う。
アルマークも数度出くわしたことがあるが、それは恐ろしい体験だった。
今でもやつらの発する鳴き声のような、あるいは異界の言語のような醜悪な音を思い出せば全身が総毛立つ。
人の闇への恐怖が具現化したかのような存在。殺戮の限りを尽くし、朝になればいずこへともなく消え去って行く。
運悪くやつらの大群に出くわしてしまい、一晩で壊滅した傭兵団もあると聞く。
しかし確かに、それは北の森でのことであった。メノーバー海峡を渡って中原に至って以来、夜の森であの音を聞いた記憶はない。
アルマークはリルティの事件の翌日、フィーア先生に森で聞いた音について伝えた。昨晩、もしもやつらが本当に森から現れたならば、丸腰のアルマークにリルティを守りきることなど到底できなかっただろう。
話を聞いたフィーアは何事か考えながら、夜、学生が森に入らないよう指導を徹底しましょう、と答えてくれた。
アルマーク自身も実際に魔物が出てくるのを見た訳ではない。あの音が北の魔笛と同じものだったという確証もない。それ以上の要求はできなかった。
ただ、その日以来、自室に帰ってからのアルマークの日課に、瞑想以外にもう一つ、愛用の長剣の念入りな手入れが加わった。
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