第9話 レイラ

「朝ごはんと着替えを持ってきたよ。今晩からは下の食堂でみんなと一緒に食べてもらうことになるけど、今朝はまだ席がないんだ」


「あ、いい匂いですね」


 アルマークは朝食の載ったトレイを受け取り、ベッドに腰かけた。


「いただきます」


 朝食を素早く手際よく、口に入れる。ほとんど味わっているようには見えない。


「ごちそうさまでした」


 ほんの一分足らずで朝食を食べ終えると、アルマークは勢いよく立ち上がった。


「顔を洗って寝癖を直したいんです。初日はちゃんとしないと。水はどこにあるんですか?」


「ああ、寮の中に洗面所もあるけど一番手っ取り早いのは……ほら、あそこだ」


 ジードは窓から下を指差した。なるほど、そこには大きな井戸が五つもあった。


「ほんとうだ、ちょっと行ってきます」


 アルマークはジードの持って来てくれた服に手早く着替えると、部屋の外に出た。


 駆け足で階段を下りる。一階の、玄関からすぐの大きな部屋から子供達の笑い声が聞こえてきた。


 ここが食堂なんだな、とアルマークは思った。


 そっと覗きこむとたくさんの子供達が喋り、笑い合いながら食事をとっていた。


 一瞬、彼はそこでたくさんの友達に囲まれて食事している自分を想像して、そのあまりの現実感のなさに苦笑した。さぁ、僕は今僕にできることをやろう。




 井戸には先客がいた。アルマークと同い年くらいの、上品な顔立ちをした女の子だ。腰まで届きそうな艶やかな黒髪を丹念に洗っている。


「……おはよう」


 アルマークが声をかけるとその子はちらりと彼を見た。勝ち気な目をしていた。


「あなた、誰?見ない顔ね」


 きれいだが、冷たい声。


「昨日、ここに着いたんだ」


「……ああ、あなたが転入生なのね」


 少女はつまらなそうに鼻を鳴らした。


「僕のこと知ってるの?」


「昨日から、その噂で持ちきりよ。転入なんて、ここ何十年で一度もなかったって言うんだから。どんな素敵な人が来るのかってみんなワクワクしてるのよ。……でも……そう、あなたが転入生なの」


 少女は明らかにアルマークに興味を失ったようだった。


「期待はずれで残念だったね」


 アルマークはさして気に留めず、井戸から水を汲み上げ、ばしゃばしゃと顔を洗った。冷たい水が心地よい。


「僕、アルマーク。君は?」


「レイラよ。レイラ・クーガン」


 姓を持っている。やはり貴族の娘なのだ。


「みんな朝食を食べてるみたいだけど」


 寝癖を直しながらアルマークは言った。


「君はいいの?」


「朝は少しでいいのよ」


「ふーん。怒られたりしないのかい」


「マイアさんに見つかるとうるさいけど。あの人は、いるの最初だけだから」


「ふーん」


「もういい?聞きたいことがあったら後で他の人に聞いて」


 レイラはそう言うと向こうを向いてしまった。


 アルマークも黙って寝癖を直すと、部屋に戻った。



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