第8話 朝
冷たい風の吹き荒ぶ、北の大地。
その草原をアルマークは疾駆していた。
手に愛用の長剣を持ち、体には黒く染められた厚いなめし革の鎧を着込んでいる。
彼の周りを並走する数十人の仲間たちも同じ格好をしていた。
そして彼らが狼のように凄まじい速さで突っ走るその先に、敵の一群がいた。
巨大な馬に乗り、重厚な鉄の鎧で身を固めたその一団はしかし、アルマークたちの突進に対して何の反応も示さなかった。
敵がぐんぐんと目の前に迫り、アルマークは体にみなぎる熱い滾りを雄叫びにして迸らせた。仲間たちも一斉に鬨をあげる。
その瞬間だった。
突然アルマークたちの足下の草が意思あるもののように動き、足に絡み付いた。
足の自由を奪われた彼らに対して、初めて敵の大将が反応した。
ぎろりとアルマークを見た兜の奥の凄みのある目。アルマークは彼を知っていた。ゼール迎撃傭兵団の"鉄騎士“マリスモーグ。全てを受けて立ち、決して倒れない男。
「刈り取れぇいっ!!」
マリスモーグが叫んだ。その途端、騎馬の一群はアルマークたちに向かって怒濤の勢いで迫ってきた。
アルマークは必死に足を動かそうとするが、草はぐねぐねと絡まり続ける。
先頭に立つマリスモーグはもう目の前だ。巨大な槍が振りかざされる。
「う、動けぇっ!!」
アルマークは自分の声で目を覚ました。
窓から昇ったばかりの朝日が射し込んでいる。
彼は反射的に飛び起き、愛用の長剣を手探りで探し、ベッドから転げ落ちてようやく自分の今の状況を思い出した。
「そうだ……ここはノルク魔法学院なんだ……」
立ち上がってがしがしと頭を掻いてから、長剣を手に取る。
夢で見た景色は覚えている。
現実にアルマークが味わった体験だ。
実際にはマリスモーグとの距離は夢の中ほど近くはなく、身動きを封じられてすぐに、横合いから父の指揮する騎馬隊が飛び込んできたので大事には至らなかった。
後で仲間から、あれが魔法であることを聞いた。ゼール迎撃傭兵団は当時、魔術師を雇っていたのだ。
そういえば、あれが実際に目にした初めての魔法だった、とアルマークは思った。
父は迷信やジンクスにあまりこだわらない人だったが、アルマークが初めて出会った魔法が、彼の命を奪おうとするものだったことをひどく嫌がった。
敵の中に杖を持っているやつ、ローブを着ているやつがいたら真っ先に切り捨てろ、と部下に何度も指示していた。
そのあと、戦の経過がどうなったのか、アルマークはあまり覚えていない。
アルマークはゆっくりと剣を抜いた。無数の刃こぼれのある使い込まれた刀身の鈍い光を見ていると次第に心が落ち着いてきた。
鞘の先の小さな出っ張りを指でいじると、カシャッと軽い音がして、小さな赤いペンダントが出てきた。
シェティナ……アルマークの母の形見だ。
父からもらった当初は首から下げていたが、度重なる危難の途中でなくしてしまうことを怖れ、自分で鞘に細工して入れる場所を作った。
そこが一番自分の命に近いと思ったからだ。
長剣を失う時は自分が死ぬときだと思っていた。
何度も死の危険をくぐり抜ける中で、アルマークはこのペンダントに守られた、と感じることが確かにあった。
あり得ない強運。
それがなければ、とてもここまではたどり着けなかっただろう。
父の長剣と母のペンダント。アルマークはずっとこの二つに守られてきたのだ。
「着いたんだよ。父さん……母さん」
ガチャ、と音がした。
ドアを開けてジードが入ってきたのだ。
「おはよう、よく眠れたかい?……うわ、物騒なもの持ってるなぁ」
「あ、おはようございます、ジードさん」
言いながらアルマークは素早くペンダントを鞘の隠し場所に放り込むと、剣を収めた。
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