第10話 ローブ

 部屋に戻ると、ジードが壁に立て掛けられた長剣をしげしげと眺めていた。


 アルマークが帰ってきたのを見て、


「あぁ、おかえり。すごい剣だよね。僕は剣とかには詳しくないんだけど、これっていわゆる業物みたいなやつなのかい」


 と尋ねてくる。


 アルマークは首を振る。


「僕も分かりません、父にもらった剣なので。いろいろと無理な使い方はしましたが折れずにすんだので、頑丈にはできています」


 ジードは、無理な使い方ね……、と呟き、改めてアルマークの顔を見た。


「ちょっと疲れた顔してるね。下で何かあったかい?」


「……下で女の子に会いました」


「へえ、誰だい」


「レイラ……レイラ・クーガンって言ってました」


「レイラか! ちょっときつい子だよな」


 ジードは言いながら、くすくすと笑った。


「そうか、ははは。最初に会った女の子がレイラかぁ。ははは、災難だったなぁ。ウェンディだったら良かったのに!」


「ウェンディ?」


 アルマークは初めて聞く名前に反応した。


「誰ですか、ウェンディって」


 ジードは答えようとして口を開きかけたが、外の様子に気づいてさっと顔色を変えた。


「しまった、もうこんな時間だ!急いで制服のローブに着替えてくれ、アルマーク。もう学校に行かないと」


 分かりました、と答えてアルマークはローブを羽織った。


 ジードに急かされるので、感慨を感じる暇もなかったが、生まれて初めて身に纏う濃紺色のローブに、アルマークの胸は高鳴った。



 魔法を操る者。 見えない力を行使する者。世界の深淵に触れる者。


 魔術師。


 北にいる頃は、アルマークにとって魔術師とは、ただの厄介な戦い方をする連中という程度の存在だった。


 だから最初に父から、お前はいずれ魔法を学べ、と言われたときには愕然とした。


 独学で剣の訓練を始めたのも、それが理由だ。自分が剣を磨き強くなれば、父も気を変えるのでは、と思ったのだ。


 父に認められ戦場に出てからも、傭兵を続けることに迷いはなかった。周りは全員が傭兵だ。それ以外の生き方など考えられなかった。


 自分は剣で生きていける。その自負も芽生え始めていた。


 だが、父は意思を変えなかった。


 旅立ちの前日、父の話を聞き、父の目を見た。


 アルマークはそこで、その場で、傭兵としての自分を諦めた。


 傭兵団に未練はあった。それは間違いない。


 だが、それ以上に父の希望を叶えたかった。


 尊敬する父から、大した息子だ、と思われたかった。


 魔術を学ぶ。魔術師になる。自分にとって全く未知の事柄だ。


 自分が未知のものを畏れている臆病者だと父には思われたくなかった。


 自分は勇敢な傭兵レイズの勇敢な息子であり、魔法の世界でもやっていけるのだということを父に見せたかった。


 だが旅の間にアルマークの魔術師への認識は大きく変わった。


 北の魔術師が使っている破壊の魔法などはごく一部の限られたものにすぎなかったことを知った。


 南の国々は魔法の本場だ。


 人々の暮らしに魔法が深く根差している。


 自分も魔法を使いたい。進んだ南の魔法を北に持ち帰りたい。


 父の希望という以外に、自らの意思でそう思うようになった。




 ジードに急かされ、アルマークは外に出た。


 彼のあとに着いて校舎まで早足で歩く。


 バサリバサリと足に絡み付くローブの感覚が新鮮だ。


 僕は魔術師になる。


 アルマークは思った。


 僕は魔術師になるんだ。



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