第20話 語り部ダッチェス

 ●


 ヒューゴが唾を飲む。

 今、再び、この講堂へと足を踏み入れようとしている。あれが遠い昔のようだ。


 荘厳なあの石の扉は、片方が外れて横たわっていた。

 扉に刻まれた巨神アトラスも倒れ伏している。踏み越え、暗闇と静寂に包まれた地下の講堂へ、サリヴァンを先頭にして、グウィン、ケヴィン、ヒューゴと踏み入れる。魔人たちは、それぞれの主の影へと消えている。影の中からようすを伺っているだろう。

 しかし、三人が動揺したのはそのありさまにではない。


 中央に鎮座する禍々しい黒鉄の奇像と、その前に座り込む、老人の亡霊の姿。背を向け、奇像を見上げている姿は、拝礼のようすにも似ている。

 しかしここは、もはや神聖な場所では無く、悲劇のあとの残骸になってしまった。


 その奇像は、黒鉄でできた無数の手が、足が、胴が、頭が、絡み合い、溶けあって、いびつな卵にも似た、ひとつの大きな塊になってできている。

 それはあまりに醜悪。

 埋め込まれた顔たちが、穏やかにも見える無表情だというのが、逆に異様さを際立たせている。


 サリヴァンがグウィンと視線を交し、頷いた。……亡霊と対話を試みても良い、という合図だ。


「父上……? ここで何が……」

 レイバーンは疲れたようすで首を振り、近寄る息子たちに向き合った。


「……すまなかったな。サリヴァン、きみも……」

「いいえ、陛下。巻きこんだと思われたのなら、それは違います。おれはきっと、爺さんの代わりでもあったんです」

「ありがとう。……今更だが、きみに会えてとても嬉しい。息子たちを助けてくれてありがとう」

「お約束は、果たせましたか」

「ああ……。確かに果たしてくれた」

 レイバーンは目を閉じて頷いた。

「……グウィン、ケヴィン、ヒューゴ」


 そして目を開けた時、レイバーンの青い瞳は、冷徹な皇帝の瞳に戻っている。

「よくぞ無事に戻った。話すことがある」

 そう言って、レイバーンが息子たちに片腕を広げて歩み寄ろうとした、そのときだった。


 不吉な音がした。

 カツ――――ン……。

 その音は、広間にやけに大きく響いた。


 カツ――――ン……カツ――――ン……カツ――――ン……。


 その場の誰もが息を殺し、『それ』を見た。

 悪趣味な、黒い卵のようなオブジェが、小刻みに揺れている。音はオブジェが動くことで、石畳を瓦礫が叩く音だった。


 空気が漏れる音が、そこから漏れている。

 フゥ――――……と、溜息や、寝息にも思える音が。


 ズッ、と、黒い卵は身じろぎした。少しだけ、石畳をこすって卵は前進する。

 ズズッ……目を見張る一行の目の前で、それはまた少し、歩を進めた。


 黒光りする表面に、うすく赤い光が漏れる。

 鼓動にも似た、赤い点滅。

 高い天井に届くほどに大きなそれの――――内側で蠢くもの。


 崩壊は一瞬だった。黒い卵は前のめりに倒れ、瓦礫の上に横倒しになった。その瞬間、ほんとうに卵の殻が割れるようにあっけなく、枷は破られた。


「レイッ! 危ない! 」

 レイバーンは、ダッチェスの腕が、突き飛ばすように自分に伸ばされるのを見た。


 生前ならば、ダッチェスは絶対にレイバーンに手を伸ばすなんてことはしなかっただろう。ダッチェスの中で変わった何かが、レイバーンを助けようと、とっさに身体を動かしたのだ。

 レイバーンの青白い輪郭に伸ばされた小さな手は、しかしその魂の中心を突き抜けるだけだった。ダッチェスの金色の瞳が、レイバーンの右目の横で大きく見開かれる。

 金色の燐光をまとった彼女は、しかし、まだ実体を保っていた。


 その黒衣の腹を、爛れたように赤く焼けた棘が、刺し貫いている。

(……あたしの、ばか……っ! )


「―――――ダッチェス……ッ!!! 」


 卵から伸びたそれは、ダッチェスを貫いたまま巻き戻っていく。躍り出たのは長剣を構えたサリヴァンだった。刃が弾かれる。

 左手に『銀蛇』を振りかざし、右腕を伸ばしながら、胸からダッチェスにぶつかっていく。黒衣の矮躯を抱え込んだサリヴァンは、棘に引きずられながらもダッチェスを離さなかった。ズルズルと少女の体の中を通過した棘は、名残惜し気に殻の中へと戻っていく。


「ダッチェス! 」

 皇子たちが、サリヴァンの抱えた語り部に駆け寄った。

「ダッチェス……! おまえ、なぜ……!」

 レイバーンは顔を歪め、石畳を叩く。

 黒い卵の中で驚くほど小さな人影が、緩慢に立ち上がったのを、視線の端に捉えた。


「広間の外に! 」

 グウィンが叫ぶ。瓦礫を飛び越え、一行は瓦礫の向こうへと駆け出した。


 背後から破壊の音が響いている。ドン、と建物が揺れて、思わず振り向いた広間には、天井に大きな穴が開いているのが見えた。

 赫赫と光があふれ、熱波が背中を焼く。地響きを立てながら殻を破った中身は、触手を伸ばして上へ、上へ。


 地下にいるのは危険だった。

 走り抜け、ようやく立ち止まったのは、サリヴァンがジジとともに巨人のスート兵を斃した、あの玄関ホールだった。

 開け放たれた大扉の外では、いつしか雨が降っている。


 サリヴァンがレイバーンの元へとダッチェスを運ぶと、ダッチェスはうすく瞼を開き、「……あたしってばかね」と、小さく自嘲した。白い額を、冷や汗が濡らしている。


「き……消えかけの、くせして……死んだ主を、守ろうとするなんて……なんってバカなの」

「ダッチェス、なぜこんなことを! 」

「わっかんないわよ、あたしにだって。あたしは、あたしのことが、いちばん分かんないだから……」

 ダッチェスは顔を歪めながら笑った。


「大丈夫。もう少しは消えないわ。語り部はね、長生きするほど魔力を蓄えンのよ。年取ると無駄なことをしたくなるの。こんな傷、たいしたことないわ。王様でしょ……」

「……おまえ」


 ダッチェスの額から流れる汗をぬぐおうと手を伸ばしたレイバーンは、その手が彼女に触れられないことに気が付き、こぶしに固めて床に下ろした。

 ダッチェスはその手を引き寄せるように促し、自分の手と重ねて、頬に当て、苦し気に息をつくと、まぶたを閉じる。


「……あたしね、今ほど、子供の姿を恨んだことないわ」

「……なぜだ? 」

「絵にならないでしょ……女心が分かってないわね……ふふ」

「なぜ笑う? 」

「笑うしかないでしょ。……あ~あ。バカね。あんたもあたしも、二人とも。……いや、もうあんたは、あたしの主じゃあ無いのよね」

「………」

「ねえ……後悔があるなら、それを捨てる努力をすべきよ。レイバーン・アトラス。あたしはそうしたわ。したから、ここにいるの。今の状況は、貴方にとってチャンスだと考えるべきだわ。貴方には、やり直す猶予が与えられたのだから……」


 それきり、ダッチェスは目を閉じて黙った。

 やがて小さな寝息が、血の気を失った唇から漏れ出す。

 その身体には、絶えず金色の燐光が纏わりついていたが、彼女が言うようにまだ消えるには猶予がありそうだった。


「……少し、彼女を見ていてくれるかい」

「はい」

 サリヴァンが頷くと、レイバーンは立ち上がり、息子たちのほうへと歩いていった。

 レイバーンと息子たちが、連れだって大扉の外の雨を眺めに行くと、サリヴァンの腰の下から伸びた影からジジが言った。


「……上手な狸寝入りだね。語り部が眠るわけないじゃない」

「あら、あたし、空気が読める女だもの」


 ダッチェスは身を起こし、背後にあった大扉の残骸に背中を預けて座った。ジジもその隣へ腰を下ろす。

 サリヴァンは無言で、火をおこし、温かい飲み物を作った。


「手際がいいもんね。でも、あたしはいらないわよ。語り部だもの」

「うちの魔人はよく食べるし飲むんだ。負担にならないのなら、湯冷ましくらい口に含んでもいいだろう? 」

 まだ温かいカップを差し出され、ダッチェスは苦笑しながら両手で抱える。


「ねえ、魔法使いさん。ほんとうにアルヴィン様を助けられるの? 」

 ダッチェスは微笑みながら、そう口火を切った。


「すくなくとも、もとの心は取り戻すことができるだろう。これがあれば」

 サリヴァンは銅板を取り出し、ダッチェスに見せた。


「『星よきいてくれ』……あの子の詩歌の一節ね。らしい言葉だこと。『星』なんて」

 ダッチェスは腕を伸ばし、指先で表面を撫でた。


「足りる? これだけで」

「あるいは」

「それじゃあ困るわ」


 ダッチェスは憮然とした。

「ずいぶんと穴だらけの計画ねえ 」

「わかってるよ。準備に時間が足らない。かなり行き当たりばったりになる」

 サリヴァンはぼりぼりと頭を掻いた。


「もったいぶらずに、知っていることを教えてくれ」

 ダッチェスは喉の奥で、くくくと笑った。


「『銅板』にはね、力があるわ。男前さん」

 サリヴァンは視線で先を促す。

 体はどんどん前のめりに俯きがちになり、カップを持つ手が重そうに下がっていく。焚火の熱で温まりつつある体は、あきらかに休息を欲していた。


「いいこと? 『銅板』の原材料は『混沌の泥』。無限の可能性を司る素材よ? そして語り部は、そんな銅板に宿る魔人……。寿命は九人の主を看取るまで。どうして九人までか、わかる? 」

「機能限界だ。寿命がある」

「そう。九人までが、ぎりぎりあたしたちが許容できる人数なの。……その『許容するもの』って何かしら」

「……そりゃ、記憶とか記録とか、あとは魔力とかって……————あっ! 」

 サリヴァンは膝を叩いた。


「『語り部』の魔力を使えって? 」

「そうよ。役目が終わった銅板は、魔力を蓄えたただのレトロな板。それで「皇子を蘇らせる? 」そうよ! そうして! 察しがいいじゃない! 」

 ダッチェスの平手が、ばしばしと何度もサリヴァンの肩を叩いた。


「あたしの蓄えた魔力を使って、奇跡を起こすの。アルヴィン様を蝕むミケの銅板は、どうしたって一枚ぶんじゃあない。割れてるうえに、たった十四年分の魔力しか蓄えていないのよ。いくら肥大したとはいえ、あたしの二千年ぶんの魔力に勝てるかしら? 」


 サリヴァンの顔が明るくなったのを見て、ダッチェスは勝気な微笑みを浮かべた。瓦礫の上にカップを置き、ぐい、と力強くサリヴァンの手を取る。


「『教皇』の選ばれしもの。魔術師サリヴァン。あなたに託すわ。あたしのすべてで、奇跡を起こして。あたしで、ハッピーエンドを作って」

「……レイバーン帝に何も言わずに決めてもいいのか? 」

 ふはっとダッチェスは笑った。


「いいの! 今のあたしは、ただのダッチェス。レイバーンはあたしの大好きな人! それだけの話よ! お互いにもう先が無いんだから、好きなようにいくわ。でも、最後に別の男の手を握ってるっていうのは、あんまりよくないわよね」

 そう言って体を横たえたダッチェスの体を、金の燐光が包んでいく。


「……本当に、いいのか? 」

 ダッチェスの最後の言葉は、実にさっぱりとしたものだった。


「ばかね! 語り部が主に看取られるなんて、そんなの生涯の恥じゃない。やーよ! あたしは今のうちに消えとくわ。あとは任せたわよ」


 そう言って、ダッチェスはひらひらと、手袋をはめた手を振った。その瞳が最後にレイバーンがいる門の外の空を見た。

 光の粒になって消えた彼女のあとには、古ぼけた銅板が一枚、僅かな明かりの中で、残り火のように輝いていた。


 ●


 その物語は、一人の男の回顧録の形式で綴られていた。


 未熟児で生まれたこと。病気がちの身体への不安、恐怖。病床にこなれてきて、ベッドの中でいろんな遊びを考えたこと。両親のこと。姉のような語り部のこと。いつも一緒にいてくれたメイドのこと。二人の叔父のこと。両親の死を知った日のこと。部屋を出ていく叔父たちの背中。手紙。


 ある日、ベットから立ち上がって、語り部あたしの背を越しているのに気が付いたこと。


 湖を散歩したこと。ある女性と出会ったこと。皇帝ジーンのこと。結婚したこと。子供が生まれたこと。

 嬉しかったこと。

 悲しかったこと。

 すべては語り部ダッチェスが、レイバーンの目を通して見てきたことだ。


「……ほんとうは、もっと改稿を重ねて丁寧に組み上げたかった。ごめんなさい……ほんとうに時間が無かったの」

 語り部は、暗闇に向かって呟いた。


「……あたしは、たくさんの人に仕え、たくさんの最期を描いた。長い時、さいあくの時代にさいあくの最期を迎えた主人もいた。悪人も英雄も、言葉を話せないうちに死んでしまった子もいた。たくさんの物語を書いた。語り部だもの。どの物語が特別ということは無いけれど……。あなたが愛したもの。あなたが夢みたもの。あなたが許せなかったもの。あなたが守りたかったもの。あなたが遺したもの……それを想ったら、こんなものが出来上がったのよ。

 ふふ。こんなの初めてよ。あたしは、あなたの人生を悲劇にしたくなったのね。

 だって見て。この字の汚いこと! 溢れて止まらなかったの!


 あたし、分かったの。あなたが好きよ。あなたを愛しているわ。ほら、いつも泣いてしまうの。

 語り部にとって、主はもう一人の自分だもの。

 でも、ねえ、内緒よ……。

 あたしはあなたほど、可愛い主はいなかった。

 あなたほど誇らしい人はいなかった。

 あなたは英雄でも、最高の父親でもなかったけれど、あなたはあたしの、最高の主でいてくれた。

 あたしはあなたの人生を描えがけることが、こんなに誇らしい」


 インクが染まった指先が紙を撫でる。赤ん坊の髪を撫でるように。


「でも、ほんとうは、少しミケがうらやましいの……ああやって、まっすぐに主を想うことが出来ることがうらやましい……。

 主のために先にいなくなる語り部なんて、本末転倒だわ。憤死ものよ。でも、あたしだって、あなたのためにそうしたかったのに。

 それなのに、あなたが泣くから。あの子たちを想って泣くから。

 迷うあたしに「さようなら」を言うから。

 子供たちに、ばかなあなたの見えづらい優しさを届けられるのは、語り部のあたしだけだったから……。レイがあたしの、最期のひとだったから……。

 レイが好きよ。大好きよ。あたしの九番目のあるじ。あたしの最期のひと。

 こんなに愛おしい人間はいなかった。

 もし、語り部もあの世へ行けるのなら、約束通り、今度こそあなたと旅がしたいの。

 さようなら。さようなら。レイ、あなたを愛しています。レイバーン・アトラス。あたしの主人」


 ベルトに挟んでいた手袋を取った。

 すべてを描き切った今、これを再び脱ぐことはない。

 両の指をそろえ、目を閉じる。

 明かりなんてない暗闇だ。それでも、語り部は胸の内に祈るものを持っている。


「……どうか、この物語がハッピーエンドになりますように――――」


 ●


 レイバーンは、ダッチェスの訃報に「そうか」と一言、呟いた。

 古びて黒ずんだ銅板の端には、真新しい断面の欠けがある。グウィンの指が、なめらかな飴色の断面を撫で、小さく祈りの言葉をつぶやいた。


「……あれは誇り高いだった。私も、彼女にじゅんじる頃合いだな」

 レイバーンはそう言って、息子たちに微笑んだ。憑き物が落ちたような笑顔だった。


「……グウィン。そろそろいこうと思うのだ。いいだろうか。あとは任せても」

「早く迎えに行くべきですよ。父さん」

「待ってる女が三人もいるんだからな」

 グウィンが微笑んで言い、ヒューゴも軽く返した。


 レイバーンはふと、微笑みを引き締め、まっすぐに瓦礫を眺めた。

「……最期におまえたちと話せて良かった」

「……それは本心からか? 」

「本心だとも。後悔は山ほどあるさ。けれど死人が遺せるのは、言葉だけだから」


 グウィンの低い声が、銅板の文字を読み上げる。

 本来なら、語り部自身が主の葬儀で口にする言葉だった。


「”硝子の靴を履き、葬列の末尾を踊ろう”

 ”涙を真珠に変えて撒き、野ばらの戦士の旅路を飾ろう”

 ”言祝ぐうたはいずれ蒼穹へと刻まれる”

 ”硝子の棺は光なき場所へ収められる”

 ”しかし、その上には永遠を誓う野ばらが茂り、わたしが共に横たわる”」

 言葉が音になるたび、銅板の文字が魔法の残滓で金色に輝く。

「”数多の言葉を墓標としよう。わたしは屍に寄り添うもの”

 ”九度ここのつの愛。九度ここのつの誓い”

 ”死も、時も、わたしとあなたを別たない”

 ”わたしはあなたに寄り添うもの。あなたを永遠に変えるもの”」



 瓦礫の城でひっそりと、城のあるじが消えていく。

「――――”わたしは、あなたの葬列を言祝ぐもの”」


 銅版が煌めいた。その光がグウィンを照らし、風が光をまとって巻く。

 新たな王の生誕を祝福した銅板は沈黙し、あとには、古い王がいなくなっただけだった。


 ……地響きが聴こえる。

 グウィンの背後で、門の向こうが急速に赤く染まった。

 サリヴァンが足早に門の外へと駆け出す。城の全景を視界に入れ、サリヴァンは黒い目を大きく見開いた。

 その目に映ったのは――――。


「―――――なんだ、あれは……っ! 」

 ぐらぐらと揺れる地面に抗いながら、全員が城を出た。そして、頭上を覆うものに驚愕する。

 ヒューゴの顔が悲しみと絶望に歪んだ。


「アルヴィン……!」


 ――――それは、さながら空に咲いた『あかい花』。

 燃え盛る業火の花が、今にも落ちてきそうに空に咲いている。

 固く結ばれた蕾の先は、いまにもほころびそうに、炎を吹いて揺れている。

 その炎の先に、黄金に輝く人影がある。

 全身からダッチェスを貫いた赤く焼け爛れたを伸ばし、束ねて、体をくるむ翼の形に広げ、花芯のように逆さにぶら下がる人影がある。

 火炎のあかい影は、フェルヴィンの空を覆う雲を照らし、世界を血濡れを思わせる真紅に染めていた。



「―――――『皇帝特権施行スート』。『剣の王』」

 グウィンの低い声が、一行を正気に戻した。


 紅い影に塗れながら、瓦礫がガラガラと音を立てる。最初は手。次に腕、肩、頭――――。


 数は一そろいで十二。

 『王』を守る近衛兵たちは、サリヴァンには見上げるほど大きな皇帝グウィンよりも、さらに二回りは大きい。

 漆黒の鉄の体は、レイバーンのそれよりも洗練され、曲線的な線を描いている。露出した口元は優し気で、女性的である。兜の奥では、柔らかな赤い光が、大きく一つ灯った。


 ガツン! と、グウィンの背後に立った『剣の女王12』が、大盾を地面に突き立てた。


 扇状に展開した兵たちもまた、盾を打ち鳴らす。



 ―――――ガン! ガガン! ガン! ガガン!

 ―――――ガン! ガガン! ガン! ガガン!

 ―――――ガン! ガガン! ガン! ガガン!

 ―――――ガン! ガガン! ガン! ガガン!



皇帝グウィン』が拳を上げる。兵は静止した。

「行くぞ」

 鬨の声が上がった。

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