第14話 『宇宙』のミケ

 ●


 サリヴァンが瞼を開けると、そこはまたあの星の海だった。

 眠りから覚めたときのような、頭の奥が痺れているような感覚はなく、まるで目を閉じたら夢と現実がそっくり入れ替わったような感覚だった。あたりに建物は無く、足元には心地よくぬるい水が満ちている。ブーツの甲がぎりぎり浸かりきらないほどの水深だった。

 ぱちゃぱちゃと水音がして振り返ると、見慣れた背中がそこにあった。


「ジジ? 」

「えっ、サリー。いつからいたの」

「さあな。同時かも」


 ジジの驚いた顔が、すぐに不機嫌そうな渋面に変わる。ジジは長年の一人旅で辛苦を舐めた経験からか、計画外のことを強要されることを非常に嫌がるのだ。


「ここどこ? 」

「さぁなあ」


 サリヴァンはわざと軽く言って、首の後ろを掻いた。果ての見えない水たまりには、湿気と真水のにおいが満ちていた。


「変な場所だ。すごく変だ。悪いところってかんじはしない。むしろ懐かしいような」

 ジジがまた、一瞬だけ顔を驚きに染めた。


「いまボク、懐かしいって言った? 」

「言ったな」

「……きもちわるっ」

 ジジは口元を拳でおさえ、忌まわしそうに星々を睨んだ。故郷を探しているくせに、ジジはその場所が悪辣な場所だったに違いないと思っている節がある。

 猜疑心に満ちた金の瞳が、この世界の裏を探してぎらついていた。


「……ここを出なくちゃ」

「じゃあ、ちょっと歩いてみるか」

「待って。水深が分からないから、ボクが前を歩く」

「そうだな。……お前がいて助かったよ」

「そうでしょ? ボクほどピンチに心強い魔人はいないさ」


 ジジは一瞬でいつもの調子を取り戻し、皮肉気に唇の端を持ち上げて笑った。

 他愛もないことを話しながら歩く。話題はジジの好物の、馴染みの肉屋が出す内臓煮込み。しかし話題がどうであっても、緊張感のある道程は速度が上がらない。


「あっ」と、ジジが足を止めた。

「サリー、ここだ」


 ジジが右足を直角に持ち上げて何もないところを踏む。「見えない階段がある」

 虚空を踏み出したジジは、軽やかな足取りで一気に三段ほど上った。


「……どうなってんだ」

「ファンタジーってことさ。行こう」



 思いのほかしっかりとした足場だった。

 ぐんぐんと上がっていく。天地の境も分からないところでなければ、あまりの高さに眩暈がしていたことだろう。

 もう数えるのも嫌になるほどの段差を上りきると、星々の隙間のような黒い物体が行く先に見えた。それが見えた瞬間、地面が平らになったのが分かる。


「あれが『出口』か」


 近づくと、思いのほか小さい。そしてそれが泣いている声が、はっきりと分かるようになった。


 うずくまり、押し殺すように嗚咽する子供がいる。

 顔をカーテンのように覆って背中を流れる髪は水面を撫でるほども長く、黒々としていて、着ている服もまた闇のように黒かった。

 サリヴァンは隣で憮然とする相棒を見た。腰に手を当てて仁王立ちしていたジジは、ため息を吐いて、泣く子供の顔を覗き込んだ。


「ちょっとー。もしもーし」

「ヒャッ」

 跳ね上がった子供は、身を縮めてあたりを見渡し、ようやく来客に気付いたようだった。

 髪の間から、涙の名残が水面に落ちていくのが見える。金の瞳はまだおおいに潤んでいた。


「キミは? 」

「わ、わたしは、『宇宙』にえらばれしもの……」

「名前は? 」

「な、なま、え? 」


 きょとんと立ち尽くす『宇宙』を面倒くさそうに眺めて、ジジは深いため息を吐いた。


「あんた、ミケだろ。語り部の。ボクと同じ顔のやつが、この世に二人もいてたまるもんか」


 鼻をすすった子供は、両手ぜんぶで顔をぬぐうと、カーテンのように垂れた髪を耳にかけた。大きな瞳があらわれる。下がった眉のせいか、ジジよりも素直そうで、しかし同じ造形をした顔があらわれた。性格の違う双子のようだ、とサリヴァンは思った。


「あ、あの……」

 ミケは、戸惑ったようにジジとサリーを上目遣いに見る。


「わ、わたしは、ミケという名前なのですか? 」

「……うっそでしょ。めんどくせ。ハァ~」

「こら、ジジ。記憶喪失なんだぞ。優しくしろ。おまえも仲間じゃないか」

「ケッ」


 サリヴァンは腰を折ってミケと視線を合わせると質問した。

「なんで泣いていたんだ? 」

「哀しくて……」

「そうか。ここにずっといたのか? 」

「気づいたらここにいて、そのときはまだ自分が誰なのかを分かっていた気がします」

「そうか。なんでわからなくなったんだと思う? 」

「渡したからです。あの人に。たぶん、ぜんぶを渡してしまったから」


 涙にくれていた目が、瞬きを繰り返すたびに冷静さを取り戻し、伏せられた。

「渡さなきゃ、と思ったんです。でも渡したら、こうなってしまって。それからずっと、これを見ていました。そうしたら、とても……耐えられないくらい哀しくなって」

「これ? 」


 ミケは、「これです」と、サリヴァンの手を取った。

 するととつぜん、サリヴァンの目の前に、膨大な、音と、においと、言葉と、状況と、感情が流れ込んでくる。


 息を止めていたらしい。気が付けば、ジジがサリヴァンの前で腕を広げ、ミケが尻もちをついて怒気をあげるジジのことを見上げている。サリヴァンが咳き込んだことで、ミケは青くなってうろたえた。ジジが無言で背中をさすってくる。


「今のは……」

「す、すみません、こんなことになるなんて、わたし、わたし……」

「大丈夫なの、サリー」

「ああ、大丈夫。じゃあミケ、もう一回頼む」

「はあ? 」ジジの目が、今度はサリヴァンを大きな目で睨みつけた。


「あっというまで、よくわからなかったんだ。だから、もう一回」

「キミ、いきなり目を回してひっくり返ったんだよ!? 」

「そんなに言うなら、おまえも一緒に見てくれ」

「はあ? ちょっとアンタ、こいつに何見せたらこうなるんだよ」


 にじり寄るジジを手で抑えて、サリヴァンは言った。

「ミケには説明が難しい。あれは、ミケから見た、十四年分のミケと皇子の思い出だ。自分の名前も分からないいまのミケじゃあ、これが誰から見た記憶なのかも自覚できないはずだ。その記憶の最後のほうに、この件の主犯の姿が見えたような気がするんだよ」


 ジジの片方の眉が上がる。無言だったが、『それで? 』と先をうながす声が聞こえた気がした。


「……アルヴィン皇子とミケは、おそらく状況をちゃんと見ていると思うんだ。これからおれたちが対処しなければならない敵の正体や、何が起こってこうなったのか、その顛末に、誰よりも近くで立ち会っている。正直、ダッチェスの言葉だけじゃあ、アルヴィン皇子の現状も、この国に起きてる問題も、推測の域を出ないんだ。なにがしかの闇の儀式を行われていたのなら、それがどんなものかを知りたい。アルヴィン皇子を救う手立てになるかもしれないし、」

「けっきょくそれか! 」

 ジジは𠮟りつけるように叫んで、うめきながら顔を覆った。特大で、特長のため息が続く。


「……わかった。ボクも見よう。うん。結局それが一番いいんだ」

「付き合わせて悪いな」

「ハァ~……悪いと思ってんなら……いや、いいや」


 頭を振ると、ジジは座り込んだままのミケの手を取り、立ち上がらせた。

「髪の毛ぐっちゃぐちゃ。そんなに長くてどうするの? 」

「そ、そうでしょうか」

「魔人だろ。自分にいちばん正しい姿を見つけて整えろよ。見苦しいな」


 ミケが上目遣いに、サリヴァンとジジの顔を往復する。ジジはおもむろにその顎をつかみ、顔をのぞきこんだ。


「いい? アンタは今からボクらにそれを見せるけど、アンタもただ眺めてるだけじゃあなくってちゃんと観察するんだ。少しでも思い出せるようにね。感情だけを拾うんじゃあない。なぜそうなったのか、なぜそう言ったのか、それからどうなるのか。アンタなら見てるだけで次にどうなるのかもぜんぶ予想ができるはず。ボクが思うに観察眼と記憶力という点においては、語り部とボクの性能差はそんなにない。ましてや今回はアンタ自身の記憶なんだから、自分の思考の流れをつかむうちに『自分がなるべき正しい形』がおのずと見えてくるはずだ。ボクら魔人は不確定な存在だけど、いまこの瞬間に『いちばん正しい形』はひとつなんだ。わかった? 」


 ミケはゆっくりと深く頷いた。


「……やってみます」

 ミケがてのひらを上に向けて、それぞれに差し出した。サリヴァンは積極的に、ジジも嫌そうに手を伸ばす。そうして、小さな手が――――触れる。


 ●


 フェルヴィン皇国。

 多重海層世界第二十海層。国土面積約900㎢。平均気温二十四度。首都はミルグース。総人口は十九万人ほど。


 小ぶりな海に囲まれた、弓なりに細長い島国で、ゲルヴァン火山から為るフェルヴィン山脈が形成する起伏の激しい土地である。いくつか希少な金属が出るために、海外には鉱山と鍛冶細工の国として知られる。


 気候は慣れれば過ごしやすいと云われる。四季の移り変わりは激しくない。

 小さくてぬるい海に浮かぶこの国を吹く海風が、山脈にぶつかることで成る気流により、分厚い雲が常にかかっている。そのせいで日照時間が極端に短く、陽が出ても黄昏時を思わせる陽光が斜めに差し込むだけ。


 『魔法使いの国』以上に閉鎖されたこの国は、隣国にあるかの国に倣うかたちで留学制度を採り入れ、もともと優れた職人が多いこともあって、ゆるやかに、しかし確実に、近代化が進んでいる。薄暗い国だけれど、その国民性は穏やかで素朴。温泉と読書の時間を何より好み、空想好きで、試行錯誤を苦にしない。


 フェルヴィン人は、樹木のように背が高く、蝋のように白い肌と、故郷の黄昏の空を映しとった髪と瞳、何より特徴的な長い耳を持つ。神話では、神々が天上へ鍵をかけたあと、魔女と共に安息の地を捜し歩いた罪人や、流民たちが興した国とされる。実際近代の研究でも、フェルヴィン人の先祖は様々な人種が入り乱れたものだと証明がされたそうだ。

 神秘と秘密に彩られたフェルヴィンは、御伽噺の妖精になぞらえて『土のエルフ』とも、その鍛冶の腕と穴倉のような住処を指して『ビッグ・ドワーフ』とも称される。


 現皇帝の名はレイバーン・アトラス。背が高くしっかりとした体躯は、空を穿つ槍のごとき杉の木を思わせる偉丈夫である。

 昨年七十を数えた皇帝には、五人の若く健康な皇子と皇女がいた。



 長兄のグウィンが連れて行かれて、もう二日は経っただろうか。

 アルヴィン・アトラスは、もうすっかり慣れてしまった寝台で、壁に向かって横たわりながら考えた。


 ここはおそらく地下だろうと、アルヴィンは思う。

 フェルヴィンの首都、ミルグースの今ごろの季節なら、シャツ一枚で昼夜を過ごせるはずなのに、気温はやけに肌寒い。部屋には窓が無く、呼吸音すら響く静寂にだいぶ慣れてしまった。

 ここに監禁されてから、三日、もしかしたら四日ほども経っている。


 その日の昼下がり。アルヴィンと姉ヴェロニカは、王城にいくつもある応接室のうちの一つで、三男のヒューゴ帰国の知らせを今か今かと待っていた。


 その応接室は、今は亡きアルヴィンの母がお気に入りの調度品を集めた一室で、五人の兄弟の団欒の場所であった。アルヴィンと上の兄弟たちは、いちばん歳が近いヒューゴでも十四歳も年が離れている。兄も姉も末っ子にはめっぽう甘く、しかしアルヴィンは捻くれたところの無い素直な少年へと成長した。そんなアルヴィンも十四歳。兄姉たちは、国で父王の秘書をしている次兄ケヴィンを除き、全員国外を飛び回っている。


 それというのも、兄弟全員が『皇子』『皇女』とは別に、副業を持っているためだった。


 長男グウィンは、二十四歳まで軍人であった。一念発起して退役し、ずいぶん遠い国の有名大学へ留学して、言語学と歴史学の学位を取って帰って来た。ここ数年は、皇太子としての執務で忙しくしているが、持ち歩く鞄にはいつも紙の束がずっしり入っていることをアルヴィンは知っている。


 長女ヴェロニカは、地質学者である。とある高名な地質学者に気に入られ、十九歳のときに二十ヶ月のフィールドワークに同行し、そのまま弟子入り。他の兄弟に比べれば故郷で机仕事をしていることが多い彼女だが、ひとたび呼ばれれば外交も兼ねての旅で数か月単位で帰ってこないということもざらにある。


 さらに次男ケヴィンは数学と統計学、三男のヒューゴは美術大学。


 フェルヴィンの皇子たちは、それぞれ違う形の才能を抱えた若者たちであるのだ。


 皇帝レイバーンは、我が子たちの教育には惜しまない男だった。近年まで鎖国体制を敷いていたフェルヴィンは、今、急速に近代化している最中である。


 家族が全員、まともに集まるのは、まる四年ぶりだった。

 長兄であり皇太子のグウィンは、今回婚約者をともなって帰国した。今回皇帝一家が全員そろったのは、この兄の婚約を公的に知らせるためだ。次期皇太子のグウィンは、国で父王の秘書と皇子を兼任する次男のケヴィンと職務的にもプライベートでも積もる話があるようで、帰国そうそう休む間もなく視察にあいさつ回りにと忙しく飛び回っていた。


 これで兄弟は四人まで揃ったわけだが、残った三男ヒューゴは、兄弟一活動的な男だった。

 一日刻みで海を越えることも珍しくないが、かといって仕事人間というわけでもなく、やれ知人のパーティーだ、友人の出る舞台が、と言って海から海へと飛び回り、分刻みで遊びと仕事を両立させている華やかな文化人である。その外交の腕はすでに国の柱といってよい。


 茶を飲みながら、アルヴィンとヴェロニカは思い思いに暇をつぶしていた。

 アルヴィンの母は、リリオペの花を好んだ。この、紫色をした房状の小花を咲かせる一見地味な野草は、多湿で日が差さないフェルヴィンでは、珍しくそれなりに育つ植物である。母はその柄をした布をわざわざ探し、自分でクロスを縫うくらいには好きだった。どこから探してくるのか、王妃のために茶器やらランプやらが集まり、応接室を飾ることができるようになるまでになったのだ。


 そんな大切な一室に向かって慌ただしい足音が廊下からしたとき、アルヴィンは「ヒューゴ兄が帰って来たんだ」と思った。視線を向けた扉が、けたたましく蹴破られたその瞬間、アルヴィンは予想が裏切られたことを知ったのだ。


 男の怒号(今思えばそれは、他でもない兄ヒューゴのものだったのかもしれない)と暴力の気配に、アルヴィンの意識はあっというまに遠くなった。


(……ああ、最悪の後遺症だ)


 そして気が付けば、兄弟五人、地下室らしき窓の無い部屋に押し込められていた。

 緑色のローブで身形を隠した、不気味なものどもによって。


 最初に見張りと交渉しようとしたのは、長兄のグウィンであった。

 次兄のケヴィン、その下のヒューゴ兄も、死刑囚が順番に椅子に座るように、ベッドとテーブルだけのこの窓のない部屋からいなくなった。残ったのは長女のヴェロニカ、末のアルヴィンの二人きりだ。


 今年三十二歳になる姉は、長く兄弟の母親代わりを務めたためか、本質は男勝りで気が強い。そんな彼女が泣き腫らす様を見たのは、父の後妻であるアルヴィンの母が死んだその日、一度きりだった。小さな子供のように身体を丸めて、十六も年の離れた弟の背中に張り付いて眠る姉を、さてどうしようかと壁に向かってアルヴィンは考える。


 生まれた順番でいくなら、姉は次兄の前に連れて行かれているはずであった。姉と抱き合って怯えた数日前が嘘のようだ。『おそらく明日は自分だろう』と思い当たると、不思議と頭がすっきりと凪いで落ち着いている。『怒りと悲しみほど消耗するものはない』と、以前読んだ本で主人公が言っていたが、なるほどその通り。並みの男よりタフな姉がこんな様子なのだから、自分は疲れ切ってしまったのだと思う。


 助けが来るなどという期待は、もう捨てていた。そもそも、皇太子を含めた王族が、こうして王城の地下に監禁されているのだ。こうも易々と国の中心が押さえられていて、誰が助けに来られるというのだろう。そもそも、皇太子である長兄がいなくなってしまえば、それだけでアルヴィンにとっては最悪に思える。


 アルヴィンの目にも、『王』となるべき人は長兄だけに見えた。


 長女ヴェロニカは王にするには優し過ぎ、次兄ケヴィンは体が弱く、三兄ヒューゴは健康だが、敵を作りすぎる気質である。何より、一つの場所に留めることはできない男だ。


 ――――こういうとき、ジーンとコネリウスならどうするのかな。

 何度も読んだ伝記小説を思い出し、アルヴィンは深く息をつく。


「……ミケ。ミケ、いるか、ミケ」

 壁紙の白い花に向かって小さく呟く。見慣れた姿が顔を出す様子はない。


「やっぱり駄目、か……」


 ジーンとコネリウス。先代皇帝であるジーン・アトラスと、その双子の弟コネリウスの青年期を描いた伝記小説だ。国を飛び出し、各国を旅してまわったという二卵性双生児の見聞録は、近代の王族伝記の中で飛びぬけた人気を誇る。大人たちの子供時代にいた人で、容姿端麗だったと知られていれば、少年も少女も夢中になるヒーローになった。


 その英雄ジーンはアルヴィンと同じ『王族の先祖返り』で、小さな体と短い寿命を持っていた。

 祖父である皇帝にその才気を見込まれて、十二で手元に置かれたというジーンと、期待されていた留学を半年で切り上げて出戻った自分を比べ、アルヴィンは暗鬱とした気持ちになった。

「帰国してからアルヴィン殿下は暗くなった」と、言われていたことは知っていた。まだ、あのとき折った肩が疼くような気がするし、夜じゅう自己嫌悪で壁に唸る日もあれば、大きな声はもちろん、あたりに響くような笑い声ですら嫌な記憶が蘇って息が詰まる。


 帰国してもうすぐ一年となろうとしているのに、自室と母の応接室、図書室を往復する日々。

 帰国してすぐ、自分をちらりと見下ろした父の視線が忘れられない。去っていく背中。なんの興味もない視線。いや、あれは侮蔑だったのかもしれない。

 アルヴィンはたしかに、溺れるほど愛されて育った。……父以外には。


 奇しくもこうなってしまってから、アルヴィンが怯えるものはすべて遠ざけられた状況になっていたことで、アルヴィンの頭は冷えていた。


「……ミケ。おまえがいないと、静かだよ」


 兄姉と語り部たちの笑い声。それだけは、アルヴィンの傷を刺激しない。あの団欒を取り戻すためなら、なんでもできる気がした。


「おまえは今どこにいるんだろうなぁ」

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