第14話 怪異隊長
怪異を集める連中、組織が存在する。彼らは恨みや妬み、それらを理由とした殺しの依頼を引き受けるような組織。その殺しの実行に怪異を使うらしい。そうする事で、実質的に手を汚さずに仕事ができる上、足もつかない。証拠も残らない。傍目で見たらただの
怪異をいくつか使役している怪奇連盟は、彼らにとって兵器庫のようなもの。いつか狙われるとは思っていた。それ故に大きな屋敷を用意し、警備を行い、隊員達をここに住まわせる事で、有事の際に備えていた。
しかし、真っ先に怪異隊長が襲われるのは少し予想外だった。
「連絡するとこには連絡した。二人とも、私から離れないで」
「は、離れはしませんが……。もしかして矢坂さん、隠しているだけで、異能力を持ってるんですか?」
「ないわ。ただの人間。耐性が異様に強いだけのね」
この状況において、怪異への耐性が強い事は、なんの意味も為さない。
なんとか状況を変えたいところだが、窓から顔を出せば撃たれる可能性がある以上、下手に動くことができない。
「琴音、大丈夫?」
「う、うう、舞さん、舞さんがああ……」
琴音は掠れた声を出しながら泣いている。亡骸を見る事は出来ないが、床に流れている血は本物。よく見ると、矢坂さんの足元まで広がり、彼女はその血溜まりを踏んでいるようだった。
「しかし、舞ちゃんを狙うとはね……」
そう独り言を呟く矢坂さんの目は、まだ真っ直ぐだった。
「全く、彼らも運が悪い」
そんな時だった。背筋が凍りつくような、息苦しく、寒気を伴った、重く粘り気のある空気が部屋を満たした。
怪異への耐性を持っているはずの夜頼ですら、思わず身震いをし、身体が竦んでいた。怪異そのものである琴音も似たような状況になっている。息苦しく、冷や汗が流れる。
「…………う、ぼふ……」
誰か、液体を吐くような音がした。べチャリ、バチャリと、生々しい音が耳に入る。しかし、目の前の矢坂さんは普段通り。琴音は口を抑えて震えてはいるが、吐いた様子はない。自分も、吐いた覚えはない。一体誰が……。
「……はぁ。いやぁ、油断したな。死んじゃった」
思考が一瞬止まるが、この声は間違いなく怪異隊長、八風舞の声だった。
「は、八風さん!?」
「あれ、夜頼くん?あっちゃー、見られちゃった。ん?じゃあ、琴音ちゃんも居るのかな」
「は、はい……うっ、おえ……」
吐きかける琴音の背中を摩りながら、夜頼は机の上を見上げる。
――そこに見えたのは、口元をべったりと赤に染めた、いつもより少し明るい笑顔をした怪異隊長の姿があった。
「ふ、ふふ……。良い子は寝る時間だよ」
ご機嫌な声でそう話しながら、しゃがみ込んで机の裏へと回ってくる。その時になって、ようやく彼女の全貌を見ることができた。
――胸が血で染まっているなんてものじゃない。肉片が飛び出し、骨すら見えている箇所もある。生きていられるはずがない。しかもこんな、平然と話せるなんてあり得ない。
「ふふふふ……。びっくりしたよね、この胸。心臓が破裂しちゃったんだ」
「な、な……え……」
「舞ちゃん。あまり怖がらせないで」
「ふふ……。ごめんね、心配してくれてありがとう。でも大丈夫、こんなんじゃ死なないよ」
「い、いやいや…………は?」
「何故死なないのか……。どうして私が怪異隊長なのか……。それはね、私が
その真実を聞かされ、呆気に取られる。琴音もそれには驚いたらしく、手で口を抑えたまま、八風の目を見ていた。
「さてさて……。凛さん、手加減は要らないんだよね」
「ええ。ただし殺さないで。聞きたいことも山ほどあるし、死人が怪異化しても困るから」
「ふ、ふふふ……。大丈夫だよ、人間は殺さない。そう、
その笑顔は普段の暖かく、ふんわりと包み込まれるようなものなんかじゃなく、もっと狂気的な、悍ましいものだった。
「あぁ……。懐かしい気分だな……。そう、許さないよ、絶対に許さないよ。ふふ……、殺さずに殺す、生きてることを悔やむぐらい、死にたい、殺してくれって気持ちを、あの時の私と同じぐらい、深く深く、刻み込んでやるんだあ……あは、へへへ……!」
普段の様子からは想像すら及ばない狂気、殺気に、夜頼と琴音は怯えていた。
「舞ちゃん、少しだけ落ち着いて」
「……っと。ごめんね、二人共。驚かせちゃった。私、少しお散歩に行ってくるね」
陽気な足取り、ステップを踏みながら彼女は部屋を出て行った。そうしてようやく、重苦しい空気が無くなった。
呼吸がしやすくなった二人は、床に手をつきながら息を荒げ、額に脂汗を浮かべ、肩を上下させながら息を整えた。
「や、矢坂さん……。平気なんですか」
「ええ。言ったじゃない、私は耐性が強いって」
その言葉が偽りでもなく、そして、文字通り別次元のものだということを理解した。
◆◆◆
――怪奇連盟本部、正面入口。
「狙撃から少し経ってしまったが、今頃そこに人が集中している筈だ。この隙に目標を攫う。鍵は開けられたか」
「ええ、ようやく開きました。いつでもいけます」
ピッキングで入り口を開けたらしい男は、針金やペンチなどを懐に入れ、リーダーらしき男に目配せをした。
「よし、行くぞ」
玄関をゆっくりと開け、屋敷内に十人ほどの人間がしゃがみながら入ってくる。
「……なんだ、足音が。こっちに来てますよ」
「撃て」
「うす」
消音器が取り付けられた銃は、その足音の方向に向けられ、ポス……という小さな音だけを響かせた。
「…………外したな。何してんだよ」
「あれ……すみません」
「はははは……ふふ、外したんじゃないよ、
足音の主は、怪異隊長だった。
「……な、なんだよこいつ!?胸が潰れて――」
瞬きをする間に、彼女は先頭に立っていた男の背後に回り込み、肩に腕を回して耳元で囁くように話しかけた。
「ねえ、人を虐める、傷つけるってさ、どんな気持ちなのか教えてくれないかな」
「は、ひっ……」
「ねええ、教えてよ……。どんな気持ちなの?」
たまらずその腕を振り解き、手に握っている銃を彼女に向け、すかさず発砲した。
――が、その弾は彼女に触れた途端に跳ね返り、そのまま発砲した男の足を抉った。
唐突な激痛、熱さに耐えられず屈み、傷口を抑えようとしたその刹那、喉仏が潰れたと錯覚させるほどの勢いで首を掴む。
「ふふ、ふふふ……あははは。教えてくれないんだね……。じゃあ、虐められる、傷つけられる気持ちを、私なりに教えてあげるねえ、ふひ、ははは……!」
そうして、首を掴まれた男は、片手で高く持ち上げられ、突然微動だにしなくなった。その様子は殺したようにしか見えなかったのだが、同時に、何か異様であることを思わせた。
「ひひ……。まるで人形だねえ。ねえねえ、全身の関節を外されたのに、気絶できず、死ねず、意識をはっきりさせられる気分はどう?痛い?辛い?死にたい?殺してほしい?はははは……!」
――彼女は、男の体の主要な関節を外していた。それにより首、背中、腰、足がそれぞれの自重で下に引っ張られており、結果として体が伸びたように見えていた。
「ふふふ、ふふ……。痛いよね、辛いよね、でも大丈夫。私は君たちと違うから、殺したりしないよ。うん、
高らかに笑う彼女は、その場に男の成れ果てを放り投げる。受け身など取れるはずもなく、まるで軟質材で造られた人形のように、不自然な転がり方をした。そうした途端に、他のすべての人間が彼女に向けて発砲をした。
しかし、その弾丸は彼女には届かない。だが、先程のような跳弾は起こっていないらしく、負傷した者はいなかった。
「みんな、私を虐めるつもりなんだね……。ふふ、知らないなら教えてあげる。虐められるのって、すごくすごく辛いんだよ」
「何言ってんだよ、さっきから意味わかんねえよ!虐めるとかなんとかって、お前が殺したそいつはどうなんだよ!ええ!?」
そう叫びながら発砲を続けるが、やはり当たっていない。弾道は間違いなく彼女を捉えている。それなのに、直撃していない。
理解のできない状況に、全員が足を引いた途端、目の前から彼女が消える。
「があッ」「ぎゃッ」「あ゙あ゙ッ」
辺りで男たちの悲鳴、叫びが飛び交う。
「ふふふ……。この力が私のものでよかったね。じゃないとみんな、死んじゃってたよ」
気がつけば、その場に立っていたのは彼女一人だけ。他の人間はすべて、四肢の関節が逆側に開かれ、同時に首も折られていた。しかし、
「ふふ……。大丈夫だよ……。私、ちゃんと
彼女はそう独り言を呟くと、首の折れた男の近くにまで寄り、笑顔のまま膝を抱えた。
「さて……。君たちには聞きたいことが山ほどあるんだあ。ふふ、話してくれたら嬉しいな」
ただ、表情では笑っていても、目に光がなく、一切笑えていない。
「ああ、そっか、話せないのか。じゃあ治療して貰わないとね。もうすぐ私以外の誰かが来ると思う。その時に戻してもらってね」
そう言って彼女はその場を立ち去った。足元に自身の血痕を滴らせながら……
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