第三章 本部防衛戦
第13話 本部襲撃
暗夜頼、譜奏琴音との関係は良好だ。主な理由は、香奈が面倒見の良いお姉ちゃんとなってくれた事で、居心地が良くなったからだろう。自分は情けないが、これといった事をしていない。香奈を使役しているという事が、ついでに仲良くなる理由になっているぐらいだろう。
それでも二人は警戒する事なく関わってくれた。今後この二人は実動隊として活動してくれるそうだが、自分にとって初めての後輩だ。やはり心配にはなる。この感情は、恐らく梁坂さんが抱いていたものと同じものだろう。
「ところで暁さん。梁坂さんという方は、大丈夫でしたか?随分長い間出られてましたが」
そう問いかけてきたのは、意外にも琴音だった。
「ああ、大丈夫だよ。脇腹を撃たれて瀕死だったって聞いた時は、正直気が気じゃなかったけど、今は傷も治っているらしいよ。無理に動けば痛むそうだけど、安静にしていれば、あと一週間で復帰できるだろうってさ」
「良かったです……。でも、不思議です。銃創?って言うんですよね、確か。そんなに早く治るものなんでしょうか」
「……ごめん、知らない。撃たれた事ないから」
実際、銃創を受けた際にどれだけ深刻で、どれだけ治療に時間がかかるのかなんて全く知らない。
「まあ、今日はもう寝よう。十時も回ってるからさ」
「……そうですね。ありがとうございました」
琴音は両手を膝の前に持ってきて、そのまま腰を曲げて一礼をしてくれた。この様子から、育ちの良さが伺える。
それを見た夜頼も、同じ仕草では無いにしろ、一礼をしてくれた。
「二人とも、おやすみ!また明日ね」
香奈が笑顔で手を振りながら部屋を出る。それに続いて自分も部屋を出た。
目的地……とは最早呼べない程近くにある目の前の部屋の扉を開けて、自分達の部屋、寝床へと戻ってきた。
「はぁ……。良い子ですよねー、あの二人」
「だな。ただ、若すぎる気もするけど。帰る場所がないなら、仕方ないのかな」
実際この機関には、帰る場所がない人が多数いる。多くは怪異に奪われたことが原因となっている。自分達もその類だ。
「まあ、訳ありなのはみんな同じです。ともかく寝るとしましょう」
「そうだな」
そこからは、寝る支度を淡々と進め、布団を敷いて寝るまで長くはかからなかった。体力的な疲れは無くとも、精神的な疲れは誤魔化せなかった為、布団に入るや否や、すぐに眠りについてしまった。
◆◆◆
一方、怪異隊長の部屋では、未だにペンを走らせる音が鳴っていた。時計の針は、二本とも既に真上を指していた。
「ふう……。晴徒くんも部屋に帰っちゃったし、あとは私一人でなんとかしますよーっと……」
怪異隊長の主な仕事、それは機関に関わる怪異の所属、出自、特徴、異能力、それらの管理と、有事の際の対策方法をまとめ上げること。また、発生した怪異の特徴から、対策案を出したり、場合によっては実動隊の誰を向かわせるかの人選まで行う。実質的な立ち位置、内容としては、隊長とほとんど変わらない。
新しく入った琴音の件と、行方不明の椿の件の他にも、様々な怪異の管理が一人に集中する事になっていた。普段ならなんて事ないが、やはり新入りと行方不明者の管理が重なれば、それなりに負担は大きくなっていた。
「んー……ちょっと休憩し――」
目の前の資料との睨めっこに疲れ、椅子から立ち上がった直後、背後の窓が勢いよく破砕し、同時に彼女は胴体を強く押されたように机に叩きつけられた。
「え…………あ……」
体が何故か起き上がらない。いや、上げられない。激痛なんてものじゃなく、ただ、力が一切入らない。
赤い塊……血?わからない。それが視界に入る。
お腹が熱い。お腹?いや、肺?胸?わからない、範囲が広すぎる。
何が起きたんだろう、立ち上がってすぐに窓が割れて、一緒に叩きつけられて……何かが飛んできた?確かに外が見える窓ではある。木も少なくて、見通しが良くて…………
……ああ、なんとなく、わかったよ。そっかそっか、そういうこと、しちゃうんだ……………………
◆◆◆
「お兄ちゃん、何の音?」
夜頼と琴音は、それぞれの布団で寝ていたが、突然鳴り響いたガラスの割れる音に反応していた。
「わからない……。窓が割れた音だとは思うけど」
寝ぼけ眼でそう返事をする。実際、そういう音にしか聞こえなかった。
「ねえ、あの隊長さんに言った方が良いんじゃないかな」
「どうだろう、うーん……」
隊長さんというのは、矢坂さんの事だろう。しかし、ここで聞こえたのだから、きっとあちらも聞こえているだろう。それをわざわざ言いに行く必要はあるのだろうか……。
「私、行ってくる」
「え、行くの。じゃあ、俺も行く」
眠い体を起こして寝間着のまま、場違いな洋風の扉を開けて部屋を出た。
薄暗い間接照明。消灯時間ということもあり、橙色の小さな灯りがぽつぽつと点いているだけの、少し不気味さが漂う廊下だった。
……隣にいる彼女は正真正銘の怪異なのだから、気にするのも今更なのだが。
「ねえ、お兄ちゃん。矢坂さん、起きてるかな」
「さぁ……。というか、来たはいいけど、あの部屋で寝てるかどうかもわからないね。行くだけ行って、居なければ帰ろう」
「うん、わかった。そうする」
薄暗い廊下は少し怖いのか、怪異であるにも関わらず、琴音は少し臆病な性格らしく、夜頼の腕をそっと掴み、足音をなるべく立てないようにして廊下を歩いて行った。
しばらくして、矢坂さんの部屋の前に着いた。扉の隙間からは、少し灯りが漏れている。どうやら居るには居るらしい。
「すみません、今大丈夫ですか」
ノックをしながらそう問いかけるが、中から音は聞こえない。
「……明かりをつけたまま寝たのかな」
「もしかして、電気を消し忘れて部屋を出ているのかも。ほら、音のした場所に行ったとか」
琴音のその意見には頷くものがあった。確かに慌てて部屋を出たのなら、明かりをつけたままになっていてもおかしくない。
お邪魔します、と言いながら扉を開けると、そこに人影はなかった。彼女の言う通り、部屋を出たのかもしれない。
「ねえ、じゃああの、舞さんに報告しようよ」
「八風さん?うん、わかった。すぐそこだもんね」
扉を閉めて、すぐ近くにある怪異隊長の部屋に向かう。そこで少し、いつもと違う雰囲気を感じられた。
「……お兄ちゃん、少し変な匂いがしない?」
「え……。あれ、なんだろうこの匂い」
部屋の近くに来たが、木材の香りが何故か強い。確かに木製の家具は廊下にもあるし、怪異隊長の部屋にも、本棚や机、椅子なども木製だった。しかし、こんなに漂うだろうか。
「気にしすぎじゃないかな」
「そう、だよね。ごめん」
気を改めて、部屋の扉をノックして開ける。
「…………あれ、矢坂さん?」
彼女は部屋の奥にある横長の大きな机に隠れるようにしゃがみ込んでいる。
「床に寝転んで。早く」
こちらを見てすぐ、少し怒ったような声でそう言われる。何を言っているのかわからないが、大人しく言うことを聞いた方が良さそうだという事だけは理解できた。
夜頼と琴音は、言われた通りに床に伏せ、そのまま匍匐するように矢坂さんの元へと向かった。
「どうしたんですか、なんでここに。八風さんは?」
「死んだわ」
その言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。
――怪異隊長、八風舞が死んだ。
「……は?え!?な、なんで!?」
「狙撃されたらしいわ。胸を撃ち抜かれ、心臓は破裂。ほぼ即死ね。ほら、貫通した弾が本棚を壊して――」
「そ、そんな淡々と語ってる場合ですか!?死んだんですよ!?人が!」
夜頼は、人が亡くなっているこの状況で、まるで棒読み、事務的な応対をする彼女に吠えた。しかし、彼女の目は何も変わらない。
「今はそこじゃない、悲しむのは後。まず状況を把握しましょう。冷たいことを言うけど、被害を増やさない為には、淡々と進めて行くしかないわ」
彼女の台詞も一理ある。故に夜頼もこれ以上吠える事はできず、握り拳をさらに強く握る事しかできなかった。琴音に至っては、まだ何が起きたのか理解しきれていない様子で、目が泳いでいる始末。
この状況で全員を守る事に思考を割いている矢坂は、懐から端末を取り出し、どこかに電話をかけた。
「……もしもし、涼太くん?こんな時間にごめんね。さっきの音、聞こえたかしら。……ええ、そうなの。私が思うに、相手は単独じゃなく複数。恐らく全員銃火器を所持してるでしょうね。……そう、静美ちゃんと一緒に戦闘態勢。外敵は発見次第拘束、殺害はしないこと。よろしく頼むわ」
そう言って電話を切り、端末を再びポケットに戻した。
「さて……。二人とも、これからここは荒れる。この屋敷、怪奇連盟本部創設以来、初の防衛戦になる」
「……何を、言ってるんですか」
「怪異を使役した私たちの組織。その力を奪おうとする連中もいるってこと。守る為に使うのではなく、殺す為に使おうとする、そんな連中がね」
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