第12話 隔靴爬痒

 梁坂さんの見舞いをした帰り。日はすっかり落ち、空には月が昇っている。

 結局、彼女が泣き疲れて寝るまで、ずっと側に居た。抱きつかれて泣かれてしまったから、服が暖かく濡れた。しかし今はすっかり冷えてしまった。

 あの場に居たのが自分だけで良かったと思う。そうでなければ、あの人の心の枷はずっと残ったままだっただろうから。

 真っ暗な外とは反対に、壁や天井にある間接照明で暖色に照らされた廊下を歩き続ける。そしてたどり着いたのは、怪異隊長の部屋だ。

「夜分遅くに失礼します」

「あ、修一くん。お疲れ様。どうしたの?」

「えと……椿さんのことで」

 机に向かって座っていた舞さんだが、この話題になるや否や、さっきまで手に握っていたペンをその場に置き、体ごと視線をこちらに向けた。

「ごめんね、まだ何もわからないんだ」

「……すみません、急かすようで」

「気にしないで。私だって、すぐにでも調べたいもん。でも、立場上あまり席を外しすぎるのも良くないし、凛さんにも止められちゃったから……」

 はぁ、とため息をつきながら、大きな横長の机に頬杖をついた。顔に出ていないだけで、疲れているのだろう。

「それに、調査隊も送れないんだよね」

「送れない?人手が足りないじゃなく、ですか?」

 再び顔を上げて、こちらを見上げてきた。やはり疲れているのだろう。よく見たら、目に隈がうっすらと出来ているのがわかった。

「そうなんだよ。だってまさか、実銃が出てくるなんて思ってなかったからさ……。今のところ被害者は雪乃ちゃん一人だけど、これ以上増やすわけにもいかないよねって話になって。何が起こったのか、現場を調べたくても調べられないんだよ」

「なるほど……」

「だから今分かっているのは、君たちが見た情報。銃を持った人間が四人、怨恨性怪異が一体。それ以外は全くの不明」

「厳しいですね……」

「ふふ、厳しいねぇ」

 彼女は心配させまいとしているのか、余裕のありそうな気の抜けた声でそう吐き捨てた。だが、その目の奥にある不安感や焦燥感は隠しきれておらず、目の輝きは以前より曇っているように見えた。

「すみません。もっとちゃんと見ていたら…………」

「……君の力は、乱用できるものじゃない。それで良かったんだよ」

 それを否定しようとした時、彼女は机を挟んですぐの距離にいた自分の口に指を添え、それを阻止してきた。

「それに、その力はかなり危ない。私と凛さん、そして香奈ちゃんにしか教えていないのも、君を守るため。もし全部見抜くっていろんな人が知ってしまったら、君を頼ってしまう場面が尽きないと思うから。そうなれば君、本当に死ぬかもしれない」

 この“死ぬ”という言葉は、あながち間違っていない。実際、梁坂さんを助ける際に力を使用した後、一週間ほど倒れた。それだけ頭と体への負担が大きい。

 もし一回の使用で長く使ったり、乱用したりすれば、そんな物では済まされない。二度と目を覚まさない可能性だって、十分あり得る。

「本当なら調査隊に向いている力かもしれない、それでも実動隊に入れた理由は、さっき話した理由の他に、万が一に備えているからでもあるの」

「万が一?」

「事実、君の力がなければ助かってなかったでしょう?」

「ええ、そう……ですね」

「君と香奈ちゃんの力、正確には異能力じゃなく、神通力の類、六通であることは話したよね」

 神通力、六通。六つあると言われる力のうち、自分は天眼通てんげんつう、香奈は神足通じんそくつうを扱う事ができる。

「そして、その強力さと引き換えに、強力な反動があることも」

「……心得てます」

「事実上使用不可、使うとすれば最後の手段。所謂、実動隊のとっておき、切り札。一度きりのね。使い所は考えてね、今回みたいに」

 確実に逃げなければならない状況、若しくは、確実に仕留められる状況……。自分と香奈の二人が退場しても問題ない場合にしか使えないのは、十分把握している。

 はい、と返事をし、彼女もそれを見て頷いてくれた。

「…………話が脱線しすぎたね。とにかく、今はあの山の調査は不可能。申し訳ないけど、今出来ることといえば、新入りの二人を見てもらうことぐらい、かなあ」

「暗夜頼と、譜奏琴音、ですか」

 目を覚まして間もなく、この屋敷を移動することは勿論あった。その時に全く知らない人が二人いて驚いたことを覚えている。しかも、自分達より明らかに年下なのだから尚更印象に残っている。

「そうそう。未来視の彼と、ポルターガイストの怪異。もう仲良くなれた?」

「ええ、香奈が特に。まるでお姉ちゃんのような振る舞いというか、まあ、見ていて安心できます」

「良かった。にしても、あの子は年下の扱いが上手――というより、可愛がるのが楽しそうというか、えーっと……。そう、この状況がって感じだよね。何か知ってる?」

「いえ、何も……」

 寧ろ、そうだったのか。という感想以外に浮かばない。年下の扱いに慣れているということだろうか。しかし、彼女と出会ってからは基本的にずっと一緒に居る。そんな、年下と会った回数は少ないだろうし、何より世話を見るような機会は一切なかった筈だが。

「そっか、とにかく今は、今後に向けて彼ら二人の面倒を見てくれたら助かるかな。あの子たちも帰る場所、無いみたいだから」

「わかりました。とりあえず、そうします」

「うん、お願い。こっちも何か進展があれば話すね」

 一礼をして部屋から出る。未だ心の靄は晴れないまま、廊下を歩いていく。

 梁坂さんの使役していた怪異、椿さんが行方不明。それについて出来る事が何一つないというのが、たまらなくもどかしい。きっと彼女は、ずっとこんな心境だったのだろう。何も成し得ない、足手纏いと、自分を責めて責めて、閉じこもってしまうのも無理はない。

 だがとにかく、今はできることをするしかない。まずは香奈と合流して、新しく入った二人の面倒を見ることにしよう。

    ◆◆◆

 やって来たのは、自分達が過ごしている部屋の向かいにある、入り口が少し洋風な扉に変えられた部屋だった。

 何故洋風なのか。それは、昔舞さんが使っていた部屋だかららしい。

「香奈、入るよ」

 そう言って部屋の中に入ると、何やら真剣な様子で机を囲む三人が目に入った。

「…………えっと、何してるの」

「えっと、ポーカーです」

「ポーカー……?なんでまた……」

 香奈の手に握られているのは五枚のトランプだった。見た限り、これはスペードとハートの三が揃っている。ワンペアというものだろう。他のカードにはなんの特徴もない。

 相手は夜頼。同じように真剣……な目ではない。どこか自信があるような、そんな目つきだ。

 どんな手札なのかと気になり、後ろに回り込んで見させてもらう。スペードとダイヤの四が揃ったワンペアだ。

 いや、確かに夜頼が勝ってる。しかし、この手札で勝ち誇ったような目は決して出来ないだろう。確か、ポーカーのルールでは、エースが最も強く、キングから二にかけて弱くなるはず。その中で四、さらにワンペアのみ。相手がブタならともかく、それすらわからないこの状況。

 舞さんの言っていた、未来視で香奈の手札が何か見えたということか?

 え、そんな事に使うの?余興で異能力を使うの?

「さて、僕は大丈夫ですよ。香奈さんはどうですか」

「ふふふふ、大丈夫。今度こそ勝ちはもらったよ。どうだ!」

 そう言って、香奈は勢いよく手札を見せ、夜頼も同時に手札を見せた。

「えーっと……。四のワンペアあ゙あ゙あ゙あ゙!」

 彼女は叫びながら頭を抱え、そのまま机に突っ伏した。

「えと、お兄ちゃんの勝ち」

 審判を務めていたのは琴音だった。まるで言い飽きたかのような声色で宣言した。

「無謀ですよ、僕とポーカー勝負なんて。僕が勝負する時は、勝てる時だけなんですから」

「ううう……。やはり、勝てないか…………」

 と言ったが、複数回勝負したのだろう。全く、無謀だな……。

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