第8話 命名
「……見たところ、琴音ちゃんは怪異ね」
「怪異……。お化けとか、そういうのですか」
「うん。人とは違う貴女のような類いを総称して、私たちは怪異って呼んでるんだ」
そう伝えると、琴音はすこし俯き、ほんの少し暗い声で、呟くように答えた。
「……まあ、人間ではないです。怪異って言うんだ……私」
「そういうことになるね。でも、人に敵意は無いんじゃないかな」
「そう、ですかね。さっき襲っちゃいましたけど……」
「まあまあ、それはそれだよ。本当に敵意があるなら、夜頼君も襲ってるはずでしょ」
「そっか……。じゃあ、敵意は無いです」
「そうだよね!じゃあ琴音ちゃんは、友好性怪異だ」
「友好性……。八風さん、怪異にも種類があるんですか」
そう切り出した夜頼の目は、少し懐疑的というか、信じられないといった目つきだった。
「うん。大きく三つに分かれるよ。友好性、体現性、怨恨性――」
「ああ、詳しくは後で聞きます」
自分から聞いたものの、想像以上に複雑な回答が来て困惑したのだろう。彼はその場で手を振りながら、今はいい……といった仕草をしていた。
「ふふ、わかった。それはそうと、夜頼くんは人間ね」
「はい。でも、僕も変な力がありますよ。乱用はできませんが」
「それはきっと異能力ね。夜頼くん、彼女と過ごしてどれぐらい?」
その質問をすると、彼はしばらく黙り込んだ。話したくないとかそういうのではなく、単純に過去を遡るのに時間がかかっているだけらしい。
「……もう、わかりません。年単位は余裕で過ぎています」
「そんなに過ごしていたんだ。気付けなくてごめんね」
「いえ、寧ろ気付かれた方が驚きました。人に察知されないように、二人で暮らしていたので」
「そうだったの……。とにかく、それだけ一緒に過ごしていたら、異能力に目覚めても不思議じゃないね。ちなみに、二人はどんな事ができるのかな」
その質問に最初に反応したのは、琴音だった。
「私は、舞さんも見た通り、物を操れます」
「浮かすじゃなく、操るんだね。さっき玄関の電気をつけたり、花瓶を浮かせたり、絵画を動かしたりしたのは、琴音ちゃんね」
「はい。初めてのお客様だから、歓迎しないとって思って。電気をつけて、花瓶と絵を整えて、綺麗な家でお出迎えしなきゃって」
彼女はそう言いながら、胸の前で両手の指を交差させ、それをそっと握りながら、視線を少し落としてそわそわとしている。
「ありがとうね、嬉しかったよ」
「えへへ……」
少女は小さく笑ってくれた。それを見て少年も少し和らいだようで、心なしか表情にゆとりが出てきた。
「夜頼くんは?」
「僕は……驚かないで聞いてください」
「大丈夫だよ。何?」
「未来予知です」
「へぇ〜……。未来予知!?」
予想していなかった回答に驚きを隠せない。
「驚かないでと言ったのに……。でも万能じゃないですよ。極短時間内に起きる事を見る事が出来るだけですし、何より確定しないので」
「確定しない?」
「例えば、皿が落ちて割れる未来を見たとします。その後、落ちる前にその皿を落ちない場所に戻したり、落ちる先に柔らかい枕や布団を予め用意したりすると、割れません。見えた未来を改変できてしまうんです」
「そういうことね……」
「あなたに敵意がないと確信したのも、この力があってこそです。どれだけ隙を晒そうとも、襲ってくる未来が見えなかったんです」
敵意が無いと見抜かれたのは、仕草や言動、雰囲気から察したものかと思っていたが、そんな理由があったとは思わなかった。
すると夜頼は困惑の表情に戻り、独り言のような小さな声で話し出した。
「……さっき、琴音の攻撃が避けられたけど、あの時、そんな未来は見えなかった。いや、というより、あの後何が起こるのか、全く見えなかった」
理解不能な現象に狼狽える彼は、頭を抱えながら俯いたままだった。
「ふふ、機会があれば話してあげる。じゃあ…………これは答えたくないなら、答えなくていいんだけどさ。最後に教えてほしい事があるの」
「…………」
「何があったの」
その一言は禁句だったのか分からないが、少なくとも不快な質問である事は疑いようがなかった。二人はその言葉を聞くや否や、拳をギュッと握り締め、顔を俯かせていた。
「……話したくないことだよね。わかった、準備ができたら教えてくれるかな」
「……全部話すのは少し嫌。思い出したくもないし、口にするのも嫌。だけど八風さん。あなたには話したほうがいい気がする。じゃないと、僕たち二人、これからも隠れて暮らすしかないと思うから。でも、これは僕一人の問題じゃない。だから、あとは琴音次第」
「私は……思い出せないんです。気がついた時には、もうこうなっていたというか。普通じゃないって気づけたのは、お兄ちゃんが来てからです」
「ふむふむ……。琴音ちゃん、話せる範囲で聞かせてくれるかな」
「わかりました。少し長くなりますよ……」
◆◆◆
彼女の話は、この二人が過ごしてきた日々の事だった。
最初に聞いていた通り、気がついたらこの館にいた……ということらしく、昔のことは思い出せないそうだ。ただ、本当に知らないと言うより、
彼女は当時、誰もいないこの館から離れるということは考えていなかったらしく、目が覚めたこの部屋でずっと過ごしていたらしい。その時には既に、遠隔で物を操る能力は得ていたらしく、それを使ってピアノを弾いたり、物を浮かせて遊んだり、本棚にあった無数の本を読み漁るなど、ひっそりと暮らしていたそうだ。
そんな日々を過ごしていた時、誰もいないはずの館の扉がゆっくりと開かれた。入ってきたのは暗夜頼。彼は当時、全身に血を浴びており、本人も出血があったりと、かなり悲惨な状態だったらしい。
水が使える環境だった事と、本で得た救急救護の知識があったことで、彼は命を取り留めたそうだ。
彼は生まれつき怪異に耐性を持った人間だったらしく、ポルターガイストである彼女の姿を視認する事ができた上、会話も滞りなく行うことができた。
彼はここに来る前、この館の近くにある神社に母親と参拝に来ていたところ、一体の化け物……怪異が現れたらしい。その際、多数の人間が惨殺されたらしく、彼の母親はそこで命を奪われたそうだ。
その際に彼はなんとか生き残り、怪異から隠れるために草むらに身を隠し、木の陰に潜り、岩に身を伏せ、とにかくゆっくりと逃げてきたらしい。最初は血痕が残りはしたが、しばらくすればその跡も残らないほど乾いていたそうだ。
「…………そして、今に至ります」
「長い話なのに、教えてくれてありがとうね」
「いえ……といった具合で、私たちは出会いました。そして、いろんな話をして仲良くなって、しばらくした頃、私に名前をつけてと、お願いしたんです」
「名付けはその時に行われたのね。夜頼くん、由来とかってあるの?」
「……彼女には申し訳ないんだけど、本当に単純です。文字の通り、譜奏琴音とは、ピアノを奏でている彼女を見て思いついた名です。譜を奏でる琴の音……いい響きだったので、そのまま名前をつけました」
「いい名前だよね。私も大好き。でも、名付けをした以上、あなたたち二人の関係性は切っても切れない仲になってるね」
その説明に少し戸惑ったのか、再び二人は顔を見合わせて、目をぱちぱちとさせる。
「どういうことですか」
「怪異ってね、明確な名前がないの。それに人の名前をつけるということは、
「わ……すごい。正解です」
「琴音は最初、背が折れた幽霊といった感じで、確かに透けていました。正直、今の姿からは全く想像できません。二本足で立っていても、背中が後ろに折れ曲がったりしてて。ある程度正しい姿勢は維持できていたみたいですけど、油断したらすぐに後ろに折れていて……」
まるで思い出話を語るかのように言葉を連ねる。彼の表情はさっきほど固くはなく、ほんのり柔らかく、懐かしさに思わず口角が上がったようなものだった。
「暫く過ごしてから、彼女が名前をつけて欲しいと言ってくれたました。それでつけたんです。そしたら、透けていた体の指や足がはっきりと見えるようになって、その内全身が見えるようになりました。それで、今の姿に。というか、どうしてそんな事知ってるんですか。もしかして、他に似たような人がいたんですか」
「お、その通りだよ。香奈ちゃんって子と、哲也くんって子が名前をもらって、人の姿になってるね」
「……八風さんの組織、怪奇連盟では、怪異がいるんですか」
「うん。琴音ちゃんみたいな友好性怪異と仲良くして、悪い怪異を排除してる。みんなを守るために」
その言葉は彼の胸を打ったのか、琴音の表情をそっと見つめ、改めてこちらへと向き直し、真っ直ぐな目で口を開いた。
「その組織について、詳しく教えてください」
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