第7話 館の少女

「この部屋だよ」

 案内されたのは、二階にある子ども部屋らしい扉の前だった。扉はしっかりと閉められているが、ここに至る道だけ、何故か埃などの汚れが薄かった。どうやらこの少年か、中にいる存在……どちらかはわからないが、頻繁にここを往来しているらしい。

「案内ありがとう。入ってもいいかな」

「…………僕が聞いてくる。ごめん、中は見ないで」

「いいよ。ありがとう」

「……理由、聞かないんだ」

「それなりの事情があるんでしょう?」

「………………待ってて」

 そうして少年は扉に手をかける。その途端に、エントランスで鳴り響いていた物音が一斉に止み、シン……と、無音となった。

 彼女は扉と反対側の壁に顔を向け、懐にある携帯を手にしていた。待機中の笹尾に連絡を取るためだ。

 早速メッセージを送ろうとするが、まるでお約束かのように電波は通じていなかった。ため息をつきながら端末をポケットに戻す。

 部屋の中も随分と暗くなってきた。やはり光源なしで屋内の調査は難しい。ライトを装備してきて正解だった。

 しかし、やる事が全くない。部屋に入っていった少年も、扉を閉めたことで何をしているかの音すら聞こえない。

 しばらく無音のまま、忍耐強く耐えていると、扉がゆっくりと開かれ、中から少年が肩を叩いてきた。

「入っていいよ」

「ありがとう。見てもいいのかな」

「……うん。本人が良いって言ってるから。敵意は無いんでしょ」

「そうだけど……どうしてわかるの?」

「…………後で話すよ」

「わかった。それじゃ、失礼しますね」

 そう言って振り返り、開かれた扉の中へと足を運ぶ。

 部屋の中に入ると、崩れたグランドピアノが目に入った。三本あるうちの二本の足が破損した事で、鍵盤が斜めになるような形で崩れていた。ペダルはその衝撃で折れており、使い物にならない。鍵盤も幾つかが破損して外れており、中にある弦も何本か千切れている。

 そして何より、そのピアノの下敷きになっていたのが、一人分の骨。それも、大人とは呼べない大きさのものがあった。ただ、エントランスで見かけたような、異様な折れ方や曲がり方は見当たらなかった。

「琴音、連れてきたよ」

「琴音?」

 すると目の前に、少し小柄な少女がいた。最初からそこにいたのか、それとも突然現れたのか、それはわからない。

 髪は眩しいほどに白く、少しだけ青みがかった様な、透き通る色合いで、肩に少しかかる程度の長さがあった。前髪は目が見えるように分け、それを黒のヘアピンで留めている。

 目の瞳孔は水のように淡く鮮やかで、澄み切った水色をしているが、その明るさとは対照的に目力は感じられず、何か諦観しているような、悲しげな目つきだった。

 服装も少し独特で、髪とは正反対の黒いカッターとパンツを纏っている。

「はじめまして、私は譜奏ふそう琴音ことねと言います」

「改めて、僕はくらがり夜頼よらい。よろしくお願いします」

「琴音ちゃんに夜頼くんだね。私は八風舞だよ。よろしくね」

 軽く自己紹介を済ませるが、気づいた事があった。

 この二人、あからさまに元気がない。生きる意思が薄いとでも言えばいいのだろうか。何を理由に生きているのかわからないまま、今日までひっそりと生きてきた。そういった雰囲気が、このやり取りで感じられるほど、生気が薄い。

「八風さん、失礼だけど確認させてほしいんだ。何しに来たの」

 そう問いただしたのは暗だった。彼の目は鋭く、答え方を間違えると敵意を向けられる。そういった目つきだ。

「この館に幽霊が出るって聞いたんだ。それの調査だよ」

「興味本位で来たってこと?」

「ううん、仕事」

「仕事?オカルト雑誌の記者か何かなの」

 彼の目はさっきより疑いを含んでおり、隣にいる彼女の目つきも少し鋭利になった。

「まさか。みんなを守るために、悪いお化けがいないか調べに来たんだ」

「でも八風さん。見たところ丸腰じゃない。もし悪いお化けがいた時に戦えるの?万が一に備えて用意とかしていないの?ますます怪しいよ。敵意は無いとしてもね」

「ふふ、随分疑われてるみたいだね……。大丈夫だよ。私、丸腰でも強すぎるぐらいだから」

「……なら、証明できるよね。ここは僕たちにとって大切な場所なんだ。勝手な理由で入って、土足で荒らしてほしくない。あなたの話が本当であることを示してもらうためにも、僕たちはあなたを試すよ」

「おっと、交渉失敗かな」

「琴音、いける?」

「うん。本気でやる」

 幼い二人組は、その場で横に並び、こちらに鋭い視線を向ける。そして、あたりに散らばっていたカッターの刃や鋏等の刃物の類、鉛筆やボールペン、万年筆のような尖った物が一斉に浮き上がり、その末端部分をこちらに向けてきた。

「おお、物騒だね。あ!私を殺すつもり?」

「……悪いけどね。ここで人が死んでも、誰も気づかないし」

「おっけー」

 置かれた状況は良くない。それでも笑顔は絶やしていない。むしろ抱かなければならない危機感などをまるで感じさせない彼女は、まるで楽団の指揮者かのように両手をスッと前に出し、目を瞑った。

 数々の飛翔体、その全てが彼女の体目掛けて飛んでいたのは言うまでもない。その軌道は寸分違わず心臓か頭部を目指しており、乱される要因など一切なかった。

「ほいよ」

 ――なのに、彼女が突き出した指を、ヒョイ……と、風を撫ぜる様に軽く振ると、その全てが衝突する寸前、唐突に軌道が捻じ曲がり、彼女の側凡そ数ミリの距離を掠めるようにして通り過ぎた。そして、彼女の側を通過した物体はそのまま、扉を抜けた壁に音を立てて、深々と突き刺さった。

「な、なんで?お兄ちゃん……私、ちゃんとやったよ?」

「わ、わかってる……。今、何をしたの」

「うーん……内緒っ」

 目を開けた彼女は明るい笑顔のまま、人差し指を口元に当て、軽く腰を曲げた。

「思わせぶりな事を……」

「ごめんね、実は上司との約束で、同僚以外には話せないんだ。話した人はまだいないけど」

 そう言って、彼女は手を後ろに回して組み、胸を張って二人に微笑みかけた。

「…………疑ってごめん、本当に調べに来ただけなんだね」

「気にしなくて良いよ。知らない人が突然来たら、誰だってびっくりするよね。こっちこそ、ごめんなさい」

「謝らないでください、私もとても悪い事をしてしまいました。私が一番悪い子です……。ごめんなさい」

「あなたも謝らなくても大丈夫だよ。怪我も何もしてないし、元々殺す気だって聞いてたし平気だよ」

「……それで平気なのはきっとあなただけだ」

 ふふ、と小さく笑いながら、彼女は二人の元へと歩み寄ると、その場でしゃがみ込み、二人の顔を交互に見つめた。

「改めて、怪異対策奇縁機関連盟……怪奇連盟の怪異隊長、八風舞です。ここのお化けの話、教えてくれたら嬉しいな」

 二人はお互いの顔を見つめ合う。困惑と動揺が入り混じる表情で。

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