第二章 謀略
第6話 街外れの館
――怪奇連盟本部、怪異隊長待機室にて。
「ふう……。晴徒くん、進捗は?」
「芳しくないです。すみません」
暁達が怪異排除に向かう数時間前。窓から差し込む斜陽に目を眩ませながら、目の前の資料、モニターを交互に見比べる人物が二人いた。八風と笹尾だ。
矢坂が二人に指示したのは、ここから少し離れた土地にある洋館の調査だった。
街外れの館から夜な夜な音が聞こえるという、いかにもというか、普通というか、ありきたりな内容の話ではあったが、その館自体は存在する。ただし、住んでいたはずの住人の情報は不明となっている。そこが気になるらしく、調査をする運びとなったそうだ。
直接赴くでも、資料で調べるでも、方法はなんでも良いから調べてくれという、漠然としたものだった。
「謝らなくていいのに。少なくとも、成果はあったんでしょう?」
「些細な事です。矢坂さんの話によれば、心霊現象が起こると噂の街外れの館……実際に立ち入った話は見つかりませんが、目撃情報が一件だけ。オカルト系の掲示板に書き込まれていました」
「お手柄じゃないの。どんな内容?」
「館の前に、一人の少年がいた。幽霊とか、心霊とか、そんな類じゃなく、本当にただの人間だった……。以上です」
「ふーん……少年かぁ」
「成果とは言えないと思います」
「そんなことないよ。あの館が無人ではない、その可能性が高まったというだけで、十分な成果だよ。お疲れ様」
「ありがとうございます」
「さて……。その上でどうしようか。今動けるのは私たちだけだもんね……」
「今は警備も十分です。席は外せると思いますが」
「うーん……。凛さんの右腕、まだ帰ってきてないよね」
「調査隊隊長の
「そうなんだ。じゃあ――うん、私一人で行ってくる」
「わかりました、何かあったら連絡してください」
「ありがとう。凛さんに一言伝えたら行ってくるね」
「お気をつけて」
◆◆◆
街外れの館。ここに来るまでには舗装されていたであろう道が続いていたが、今は手が入れられておらず、ひび割れが起きていたり、一部は隆起していたりと、とても快適に進める道とは言えなくなっていた。そんな道をしばらく進むと、周りにあった木々が開けた場所に着いた。そこが館の入り口、駐車場のような空間である事は想像に難くない。その先には、白と緑が入り混じった洋風の館が建っていた。
広い庭には、人が歩く為の石畳のようなものが敷かれており、それ以外の空間には花などが植えられ、彩鮮やかな道となっていたことが窺える。ただし、今はその彩りとは無縁の、一面緑の草原と化していた。
館の玄関口にまでやってくるが、今のところ怪異が絡んでいるような現象、証拠は何も残っていない。というより、人が出入りしている形跡が何も無かった。仮にいたとしても、頻繁に出入りはしていないか、他の道を使っているとしか思えない程だった。
そんな館の前にやって来たのは、怪異隊長の八風だった。
「さあて、調査調査っと」
ここには元々富豪が住んでいたらしい。話によれば三人家族で、使用人を含めて十数人が住んでいたとのことだが、それも話の出どころが不明ということで、信憑性がない。
ある頃から住民の姿を見なくなり、気がつけば館の庭には雑草が生い茂り、蔦が壁を這い、人が住んでいる様子は無くなっていった……とのことだ。果たして、この話が嘘か誠か。この目で見るまでは判別のつけようがない。
遠目で見えた、白と緑の外壁。近くに来て分かったが、この緑は全て植物由来の色だった。
「確かに大きいなぁ……。うちの本部と同じぐらいかな。さて、少年はーっと……。まあ、簡単には見つからないか」
彼女はまるで散歩や観光にでも来たような、軽い足取りで館の入り口まで歩いていく。日が落ちて間もなく、既に空は暗くなり始めていた頃だった。
「ごめんくださーい」
律儀に挨拶をして、館の中にいるであろう少年を呼ぼうとするが、当然返事はなく、ただ自分の声が辺りに反響するだけだった。
「まあそうだよね……。仕方ない、お邪魔します」
そう言って一礼をした後、玄関の扉に手をかける。予想通り、鍵はかかっていない。
扉を開けると、シャンデリアなどが出迎える、広々としたエントランスが迎えてくれた。奥には大きな階段が左右に建てられており、いかにも洋館といった造りだ。
そんな高価な造りのこの館だが、床には埃や塵が積もっている。そして、荒らされた形跡がある大きな赤いカーペットが目に入った。捲られて折り返しになっていたり、何か液体が染み込んで変色していたり、値の張る品物である事は想像に難くないが故に、勿体無いと思ってしまう。
「……成程。怪異ね」
そう判断できたのは、臭いと、視界に入った一つの遺体が理由だった。この館の外からはわからなかったが、この屋敷には死臭が漂っていた。ただ、かなり時間が経っているのか、臭いはかなり薄い。慣れればなんてことは無いと思えてしまうほどだ。
それと遺体は、四肢を裂かれた後に白骨化しているらしく、一部の折れた骨の様子も、何か異質な力で変形させられたように曲がっていたりと、異様な状態だった。
ふと、部屋の中から音が聞こえた。それは瓦礫が崩れたりとか、食器が割れるとかそんな音ではなく、もっと違う何かだった。
「あ……これ、ピアノだ」
その音は間違いなくピアノだった。ただし、調律は狂ったもので、音が響く程に不安を煽るような、そんな不快な音色だった。
「はっはーん、ポルターガイストね」
聞いていたのか分からないが、その一言に返事をするかのように間接照明が明滅し始め、廊下に転がる花瓶などが浮き上がり、埃で塗りつぶされた絵画なども、壁に掛けられたままガタガタと揺れ始めた。
「うん、図星だね。でも悪い子じゃないな……この惨劇とは別の怪異かな」
この館の人間を殺した怪異と、今居るであろう怪異は全く別の存在だと思ったのは、この今起こっている現象から、殺意が全く感じ取られなかったからだった。
殺す気でいるなら、瓦をこちらに飛ばしたり、刃物類を投げつけたり。やろうと思えばいくらでも手段はある。
しかし、この怪異は部屋の電気をつけ、花瓶を整えて絵画の角度を整えようとしているようにも見える。少なくとも、追い出そうとしている動きには見えなかった。
「ピアノの奏者、ポルターガイスト……。さあて、どこかな」
「待って」
その場で聞こえた、声変わりをして間もないような声。少し驚きながら声のした方向を向くと、膝を抱えて座り込んでいる一人の人間の姿が見えた。
「わ、びっくりした……。ん?おや、君だね。この館にいると噂の少年は」
「噂なんか立ってたんだ……。うん、多分そう。僕以外人間はいないから」
「
「……着いてきて」
少年はゆっくりと腰を上げて立ち上がった。長い間髪を切っていないのか、肩にかかるほどに伸びており、後ろでまとめているのがわかった。
「こっち」
そういって館の案内が始まった。ポルターガイスト現象は、未だ止まない。
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